咎王子と輪廻の砂時計

しろま

序章 罪と契約

蠱惑的な笑みを浮かべ、女は言った。


「さあ、言いなさい。あなたの願いを―」


あるところに深い鬱蒼とした森があった。


森の奥には不意にぽっかりとひらけた空間があり、その中央には深緑の水をたたえた小さな沼と、それを取り囲むように季節外れの黒百合が咲き誇っていた。


空から差し込む木漏れ日が、水面で乱反射して鏡のようにきらめいている。



その沼のほとりで、男が一人気を失い倒れていた。


どのくらいそうしていたのだろう。意識を取り戻した男は鉛のように重い体を起こし、あたりを見回した。そしてすぐに違和感を覚える。

確かに先程まで自分は、カスティージャ平原にて戦っていたはず。


男は血まみれになっている己の体と、手に握った折れた剣を確認すると、再びおかしなことに気がついた。


(……傷が塞がっている)


あのとき、敵軍の魔道士の攻撃で腹部に大きな穴をあけられ、肩には矢を受けた。

その証拠に身につけている鎧は無残に砕けていた。


衝撃も、痛みもまだ覚えている。それなのに何事もなかったかのように修復されているとは、どういうことだ。


夢か現か幻か。


どこか幻想的な光景の中、男はふと自分はすでに死んでいるのでは。とぼんやりとした頭で思い至るも、すぐにその可能性を否定する。


(もしここがあの世だとしたら、こんなに美しい場所なわけがない。私の行き先は地獄だろうから)


男は自分自身を嘲るように小さく笑った。そして再び状況を整理しようとしたが、

深手を負ったあとの後遺症なのか、どうしてもその後の記憶が思い出せない。



闇の中で弧を描く赤い唇と、女の声―



断片的な記憶。女は何かを言っていたような気もするが、それさえ不明瞭で聞き取れない。

思い出せるのはそれだけなのに、妙に満ちたりた気がするのはなぜなんだろう。


同時に何か大切なものを失ったような、喪失感を覚えるのもなぜなんだろう。




そのとき、遠くのほうで鬨の声が上がるのが聞こえた。まだ戦は続いているようだ。



行かなければならない。自分にはその責任があるのだから。



男は立ち上がり、その場を後にしてふたたび戦場へと赴くのだった。

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