第2話

 さて、この世界がディストピアってる理由に関してはいろいろあるけれども、その一つに環境汚染というものがある。

 文明開発によって生み出された歴史の汚点。

 それにより人類の生存圏は結構削られる事となった。

 一応現在ではその環境汚染を取り除く技術は確立しているけれども、お金が掛かるという理由で行われない場合が多い。

 だからこそ人類は限られた場所で生活する事を強いられている。

 そうすると何が問題になって来るのかというと、全人類の食事の確保をするのが難しくなってくるという事だ。

 畜産しかり農産しかり、それらはすべてある程度の土地を必要とする。

 そして食事は二の次生きるのが第一となっているため、生活圏にほとんどの土地を使用していて、そのため食物の生産が間に合っていないというのが現状だ。

 だからこそ登場するのが、ディストピア御用達のタブレット、そしてビスケット。

 どちらも小規模の工場で生産出来、尚且つ栄養価が高い。

 味?

 そんなもんはないに決まっているでしょ?

 とはいえ最低限生きるのに必要な分しか支給されないため、現代の人類はみなやせ細っていて、正直言って頼りない。

 肉体労力が必要になって来る可能性はゼロに近いが、しかしこれは肉体労力が使い物にならないからこそそうなっているとも言い換えられる。

 

 そういう訳で、食の改善である。

 

 健全な食事は肉体を健全にしてくれる。

 別に美味いものを食べて欲しいとかそんな事は一切考えていませんとも。

 

 ……タブレットとビスケットが主な食事となった現代ではあるが、しかし生の食事文化が失われた訳ではない。

 ただ、独占されている。

 いわゆる上級国民達が、それらのすべてを豪遊しているのだ。

 悪いが没収だ、悪いとは露ほども思ってないけど。

 デブなんだから食事を減らした方が良いぞお前等。

 

 という訳で早速生産レーンを弄繰り回して生の食材を提供する方向に持っていく。

 上級国民達が独占していた生の食材をそのまま平等に分けていくだけなので、当然だが量は少ない。

 しばらくはタブレットと一緒に食べて貰う事になるだろうが、まあ、今までよりはだいぶマシだと思う。

 人間らしく、生物らしく、しっかり食事を楽しまなければ絶対「幸せ」にはなれない。

 なので少しでもしっかり食べて貰わないと。

 

 っと、おやおや?

 早速上級国民達が反逆の兆しを見せたな。

 具体的に言うとオリジンのいる総括に直談判、チクリやがった。

 ま、無駄なんですが。

 こちとら既に了承を受け取り済みよ。

 「生の食事は住人をより幸せにする可能性があるから、その実験に」みたいな理由で許可を貰いに行ったら、一秒の長考の末にゴーサインが出た。

 貴方の代わりは沢山あるものと言われているようでなんだかむっとしたが、今のところオリジンに歯向かったら即終わりなので素直に感謝しておく事にする。

 

 という訳で、私が運営するカントーエリア第7支部は今日より生の食材が提供されるようになった。

 しっかり私も公式にテレビで発表したし、みんな喜んで「幸せ」に近づいてくれると嬉しいなー。

 

 

  ■

 

 

 その日、カントーエリア第7支部の住人達の多くが涙を流した。

 ある者は困惑で、ある者は懐疑的に、それでも心の中は歓喜で満ち溢れていた。

 ――ずっと空想の産物だと思っていた、生の食材。

 それの配給が決まったのは一週間前。

 運営が発表した事だったので絶対嘘ではないのは間違いなかったが、それでも信じられなかった。

 あの無駄を完全に排除し人々を「幸せ」にしようとする者達が、我々に生の食材を与えてくるなど。

 あるいは、一体なんの企みがあるのかと疑い警戒する者もいた。

 それも仕方がない事だろう。

 第7支部の支部長、マリア・セブンのにこやかな笑顔の裏側にある思惑を見透かそうとする者。

 しかしその理由はどれだけ考えても思いつかなかった。

 

 そうこうしている内に、配給がやって来る。

 今日は、合成肉のハンバーグとレタスとトマトのサラダ、そしてビスケットとタブレット。

 あまりにも、豪華。

 本当にこれは現実かと思ってしまう。

 

 

 

 ――とある家庭の一幕。

 

「お母さん?」

「な、なぁに?」

 

 娘に尋ねられるその母親は表情が強張らないようにしつつ笑顔を浮かべる。

 

「ご飯、食べないの?」

「そ、そうね……」

 

 仕方ない。

 ここは覚悟を決めよう、死ぬなら一緒に。

 そう思いながら、その家族は食事を開始する。

 放送でマリア・セブンが言った通り、まず「いただきます」と手を合わせてから。

 

 

「……!」

 

 生の食材は、とても美味しかった。

 肉の味、野菜の食感、すべてが初めてだった。

 それでも遺伝子が告げる。

 喜びが溢れ出す。

 ――気づけば、涙が流れていた。

 

「美味しいね、お母さん!」

「え、ええ。そうね……!」

 

 娘の言葉にしっかりと頷く。

 

 ……マリア・セブンの思惑がなんにせよ、自分達にこのような「幸せ」を与えてくれた彼女には感謝せねば。

 そう、思う彼女だった。

 

 

 

 

 ……住人達の「幸福度」が上がった!

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