第3話
「……先見の巫女は何と?」
王城の廊下を歩く一人の男。
彼はこの国の大臣である。
急いでいるのか、歩きながら補佐官の報告を受けていた。
「はっ……いよいよ姫様が玉座に座るべき時が来たとのことです。が……」
報告者の歯切れは悪い。
「ふむ、それは歓迎すべきことではないか。新たな女王と共に暗き時代に終止符を打つべく戦いの御旗を掲げる良い機会にもなろう」
口髭を弄りながら、姫が女王になった時の官職について思いを馳せる大臣。
並み居る武官派を抑えて文官派の代表として女王の補佐を自分がするべきだと思っている。
「……はい」
他の国に比べまだましだが、国内は混乱して疲弊している。暗き時代に終止符を打つべく戦いに身を投じるのも良いが、今は国を立て直すべきときではないかと思う報告者。
とはいえ、戦いが終わらないと復興など夢物語であることもまた知っている。
侵略の脅威に晒されながら上手くいくはずもない。
もっとも大臣たる目の前の男がそこに考えが及ばないはずもないとただ頷く報告者。
「先代の女王がお隠れになられてからはや数年、後継のあの大臣に好き勝手にやられていたが、これを機に我が派閥も再び勢いを取り戻せねばな。ここはぜひとも王配を我らより出さねばなるまい。盛大な女王就任のお披露目に、王配の発表、新たなこの国の体制に向けて忙しくもなろう」
自分の構想に興奮する大臣。その様子を見て、この男の頭は権力の事ばかりかと心の中で溜息を吐く。
「大臣様……そのことなのですが」
勝手に盛り上がる大臣に、報告者が言いづらそうに口ごもる。
「王配についても合わせて言がございまして……ディッテニィダンジョンにて良き巡り会わせを受けるであろう、ということを視たそうでございます」
つまるところ、大臣の思惑とは別の力が働いていることを報告者は示唆した。
当てにしている先見、予言の中に女王の夫についても言及されていたとのことで、大臣の思う通りにはならないということに他ならない。
「ディッテニィダンジョン……一体何処のダンジョンなんだ?」
冒険者ではない大臣は名前を聞いてもまったく心当たりがなく、きょとんとした顔で報告者を見ていた。
***
「私は先見の巫女の言に従おうと思う。……そなたは反対かもしれないが」
淡いティールブルーの長髪の少女……成人間近の溌剌さから色気へと変わる曖昧な雰囲気を纏った女性は同じ部屋に居る将軍にそう言い放った。
髪の毛と同じティールブルーの瞳には強い意志が感じられる。
老いが見えてきた白髪の将軍は彼女の意思に一応の反対の意見を述べる。
「無駄とは思いますが、某の意見を具申いたしますと……先見の力に振り回されすぎではないかと。神殿の発言力が大きくなりすぎるのも危険です。何より我々は我々の力でこの地に生きているのでございます。神は我等の上におわしますが、四辺総てを統べるものではございません。この意識が与えられたのは戯れかもしれませんが、こうして我々は我等の意思を持って魔物と対峙しております……」
先見の力……それは神々の指示ではないかと、それに妄信的に従うのは自分の意思でこの地を収めることに反していることになるのではないかと。
神々の操り人形になるのが本当に正しい道なのか、神を疑うのは異端になるかもしれないが、将軍としては神々さえ痛みわけになった邪神の眷属たる魔王他と対峙するならば、神々の知恵だけに頼っても勝てないのではないかと、そんな風に考えている。
総てを神が見通し、総てを神が統べるなら、何故魔王が生まれてしまったのか。その魔王との戦いで何故神は痛み分けをし、この世界から去ることになってしまったのか。
将軍は神の完全性については信じていなかった。
それ故に、先見の予言も素直に受け入れることに抵抗を感じている。
「それでも、私はダンジョンに向かおうと思っている。今私が動かなければこの国はずっと不安定なままだ」
そんな将軍の意思を知ってなお微笑む少女。
「……わしが後見人としてこの国を治めるといってもそろそろ限界ではございますが」
女性の指摘に将軍が顔を歪ませる。武人として優秀な彼ではあったが、その影響力で不満を抑えていられるだけで、政治的手腕はそこまでではない。
代理として国内政務を取り仕切るには限界があった。
それならば、しかるべき人物に権力を渡して統治をという意見もあったが、王配の座を虎視眈々と狙っている者、なし崩し的に王になろうとするものなど、それはそれで上手くいくまいということで仕方なく預かっていたのだ。
「正直、解放されるというのは助かりますが……」
ちらりと女性の方を見る。先見の力に従うというのは、人としてでなく神の僕として意思を殺して生きることではないか。
誰もが思うとおりの生き方など望むべくもないが、それでも我らが選べること選ぶことが大事なのではないかと将軍は常々言っていたのだ。
「レリアさま、どうが自分を犠牲にすれば解決するなどと思わぬようにこの老骨から言われていただきます」
「……ありがとう、だが私はもう決めたのだ。騎士として死ぬこともあるいは考えていたのだが、女王としてこの国を照らす光となれるならこの身など安いものだろう……なれるのであれば、だが」
「ですから、そのような……」
レリアの決意の篭った瞳に射抜かれて将軍は言葉を継げなかった。
将軍の指摘することを解った上で、構わないと彼女は言っているのだ。
「頑固ですな、姫様は……」
「そうだな……一体誰に似たのか、将軍は心当たりはあるであろうか」
そういいながら将軍の方を見る。
「……こういうことになるなら、姫様に剣の道など勧めなかったのですが……」
「ふふっ、先見の巫女に将軍もお伺いを立てればよかったかもしれん」
「……はぁ」
将軍が参ったという表情でレリアを見つめる。
「解りました。わしの負けです。姫様がそう決めたのならわしはそれに従いましょう」
その言葉ににっこりと笑うレリア。
「それにしてもディッテニィダンジョンとはいったいどこのダンジョンなのだろうか? 聞いたこともないダンジョンなんだが」
先見の予言の言葉で具体的に名前を挙げられていたダンジョンについて疑問を持つレリア。
「……ああ、それでしたら……」
観念した将軍は、先見の予言に従って準備を始めた。
***
「ねえ、貴方。そう……貴方よ」
先見の巫女よりの先見の言葉を承る青年は呼び止めに頭を巡らす。
見ると自分より頭二つ小さい少女がこちらを指差している。
「ねえ、お願いがあるのですけれど……」
レリアの妹である王女サーラは報告官を呼び止めていた。
姉と良く似たティールブルーの髪と瞳で、姉の小さい頃にそっくりだと言われ、将来は姉と同じような美人になると噂されている。
たまたま、先見の場に立ち会ったことで大体の内容を把握している彼女はどうしても姉に伝えたくないことがあったのだ。
先見の内容は次の通り。
『時は来た。それだけではない……。この国にとっても重要な未来が待ち構えている。運命の地は運命のダンジョンにて。ディッテニィダンジョンに向かえ。総てはそこにある。多くの者と共にそのダンジョンに向かうことでこの国に新たな女王を迎えることが出来るであろう。おそらく……たぶん……だといいな。騎士は自らの身を持って王の証に触れて、この国を救うべく旗を掲げるであろう。その元に勇ましき者たちは集うであろう。乱れた力とて恐れることなく共に手を取るべきだ。邪に犯された存在にも救いの手は伸びるであろう。セイなる棒が鮮血の救いとなりうるかもしれないし、違うかもしれない。変わりゆく勇ましき者たちを見捨てるな、勇ましき者たちとともにあれ。あ、それと運命の地、ディッテニィダンジョンには女王の運命の相手も待つであろう。共に手を取り行くこと、その先にこそ光の道標が見えてくるであろう。この先見を信じるか信じないかは、貴方次第です……』
先見の巫女は見えてくるイメージに従って言葉を口にするが、ぼやけているものあってどうしても雑音が混じったようなものになっているようだ。
報告官はそれを過去の記録と照らしつつ、おそらくその先見に沿うようにとある程度整えて報告を上げるのだ。もちろん、原文も添えて。
「はっ、姫様しかし……」
「私ね、聞いてたの。姉様の素敵な人が現れるんでしょう? でもでも、先にそれをばらされるのって醒めると思わない? 私はそういうのって驚きが大事だと思うの」
夢見る王女様サーラは運命の相手の部分だけレリアの耳に届かないように出来ないものかという相談を持ちかけたのだ。
「いえ、しかしそういう訳にも……」
「運命の相手がそこで待っている。どきどきしながらダンジョンに向かう姉様ももちろん素敵だけれど、やはり出会いは劇的でないと。運命の相手ですもの、こんな先見の言葉などなくてもきっと二人は結ばれるに決まってますわ。でしたら、こんな先見で知らせてしまうのは無粋だと思わなくて?」
サーラが熱弁を振るう。彼女はレリアを慕っている。その姉に幸せになってほしい、素敵な人と結ばれてほしいと切実に願っていた。
先見の言葉などなくても、きっと運命は二人を結びつける。そう彼女は信じているし、その結びつきに茶々を入れるようなことをしたくないのだ。
「だって二人は運命の相手……きっと身分違いの恋に身を焦がし、そして結ばれる……いいですわ」
うっとりとした表情のサーラ。近頃夢中になっているロマンス小説を、先見の言を重ねて見ているようで、姉にもそんな甘い出会いと燃えるような恋があると信じているようである。先見の言葉にない身分違いの恋という設定が彼女の中で追加されていた。
「……しかし」
「しかしもかかしも駄菓子もおぬしもないの! いいわね! そうでないと姉様が可哀想だわ……」
「出来ません」
だが、報告官も仕事である以上そう答えるしかなかった。
「けちっ、ちんちんけちんぼー!」
おそらく意味を良くわかっていないであろうがやや問題をある発言をしてサーラがべーっと舌を出してかつ報告官の脛を蹴る。
「っいったっ!」
ぷんすかと怒りながらも去っていくサーラ王女。
それを見送りながら、まだまだ子供っぽさがあるけれど我が儘を強引に通したりしないのが彼女の良い所だと報告者は思っていた。
主張はするものの物分りがいいというか、しつこく食い下がらないのだ、彼女は。
「……」
でも脛を蹴るのは止めて欲しいとも思う報告官。
弁慶の泣き所に入ったのが言葉が出ないほど痛い。
しばしの間、報告官は痛みに耐えてから治まるのを待っていた。それから再び報告の為に歩き出した。
……だが、その後、結果としてサーラの希望は叶えられることとなった。
文官派閥の大臣が王配に関して武官派閥に伝えなければ、あるいは自分の思うものが運命の相手として滑り込ませられるのではないかという思惑で圧を掛けたのだ。
かくして、レリアは将来の夫との出会うかもしれないことに関して、知らされないままダンジョンに向かうことになる。
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