姫騎士様と二人旅、何も起きないはずもなく
踊りまんぼう
第1話
ゴーン、ゴーンと教会の鐘の音が青空に響く。昼時の鐘だろうかと鐘楼へと視線を向けるのは黒目、黒髪の整った顔立ちの青年冒険者。
くたびれた装備はベテランというべきか、貧乏のために新しくあつらえないというべきか。
「転生して三年……ざまあもなければ成り上がりもない」
そんな平凡な人生……本当に平凡かは正直微妙だが、ともかく目覚しい変化はない。
積極的に動かなければこんなものだということをセイは実感していた。
転生前とそれほど変わらない。冒険心もなく臆病で、平凡で、それほど変化ない日々に埋没することを選択し続けるだけ。
今日は、簡単な薬草取りの仕事を請け負ってそれをこなしている。
彼にとっては日常で、危険があまりない仕事である。
薬草袋には依頼通りの薬草が詰まっていた。
駆け出しの冒険者がこなすような安い依頼だが構わないし気にしない。
仕事自体は重要なものではあるが、ギルド協会に身を置くようになって三年も経った奴がこなす仕事ではないと揶揄されることも多い。
けれど他に比べて安全である、それが彼にとっては重視するべき点なので、周りの冷やかしは気にならない。
「昼飯代くらいにはなるか……」
薬草摘みの仕事はそんなに人気がない。重要ではあるが、基本常設依頼で、単純に報酬が安いというのが上げられる。
セイが口にしたように、種類にもよるが近郊で採取が可能な物は買い取り価格が低く、昼飯代くらいの安さになるものも少なくない。
それも当然で、近郊の森だと魔物との遭遇の確率は極めて低く、農家の子供の小遣い稼ぎみたいなものと言われているくらいなのだ。
言われているだけで、魔物が徘徊する森に子供を向かわせる親はいないのだが、ともかくお手軽でお気軽な仕事と思われている。
それでもセイが積極的にこの仕事をこなす理由は、彼がパーティを組むのが苦手だからという他ならない。
苦手というだけでまったく組まないということはないのだが……。
男だらけのパーティに臨時で入ったこともある。
華がなく汗臭い、体育会系のノリが強いところが多いが混成パーティーほど、気を使わなくてもいいので何度か迷宮攻略に随行させて貰ったこともあった。
こういう冒険も悪くないと思っていたら……興奮したパーティメンバーに襲われそうになった。今でも時々思い出すくらい、嫌な思い出だ。
転生前の世界では……成人した日本人女性が海外で成人前に見られることがある、と聞いたことがある。
セイも生まれ変わったとはいえ素体が元の身体へと寄せていったのだろう、この世界においては割合と華奢で可愛く幼いと思われがちな身体となった。
もっとも男ではあるし、そんなに低身長でもないのだが……。
ダンジョンの催淫の罠だか何だかに掛かったパーティメンバーに『俺、前からお前のことが……』から始まる告白をされることになってしまって、逃げた、逃げ出した。
結局、そのパーティとはそのまま縁を切ることになった……今思い出しても悲しい記憶だ。
そういう思いをしたくないと、女っ気がないパーティに、女性メンバーを一緒に参加させたらどうなるか? 答えは簡単だ。お察しの通りである。
そうでないケースもなくはないだろうが、オタクサークルの姫のような扱いを受けたりとか、逆に……男達のいいようにされたりとか、ともかく良い話を聞いたことがない。
元からの混合パーティだと、リーダーのハーレムだったりで、新参が入ったところで添え物扱いだったりで碌な事にならなかった。
じゃあ、信頼できる仲間を一から集めればいいじゃないか……とも思うのだが、今所属しているギルド協会でパーティに入らずか、入れずか、解らないが、ともかくあぶれているソロは大抵訳ありの者しか居なくて、信頼を育むにはいたらない。
元日本人の異世界人ということは公言していないものの、正直、非常識枠の一人としてセイも見られているようだ。この世界の常識的な習慣、慣例を知らない、辺境の偏教育者という扱いを受けているみたいだった。
なんとか三年、生き延びたが、確かに慣例とか習慣とかで、ここでの常識とは違うことをしてしまって奇異の目で見られたことも珍しくない。
更にはこの世界では珍しい見た目、黒髪黒目で整った容姿が目立つ……幼く可愛い枠に収まることも多いのだが……。
件のパーティでは『艶やかな黒髪はぁはぁっ』とか言われた嫌な記憶があるが今はおいておこう。
そういうこともあってなかなかパーティに入れて貰うにも難しいものがあるのだ。
結果として、セイはソロでの活動がとても多く長くなってしまっていた。
危機管理、荷物管理の問題で、遠征にもなかなか行けないし、迷宮は臨時に加わることはあっても長期攻略組には遠慮したい。
ソロだと野営の見張りも自分一人。当然ながらろくに休憩も取れないので、長期間の依頼には向かずに、近場の安易な依頼を地道にこなすほかなくなるのだ。
そんなこんなで今日も今日とて薬草を納品するセイである。
「ありがとうございます。いつも丁寧な仕事で薬師の方々から評判ですよ」
そういって依頼掲示板より多めの報酬を受け取るセイ。
この世界に来たときに、ストレージと呼ばれる異空保管庫のギフトスキルを貰ったセイ。
他にも用途が解らないスキルが幾つか貰ったが,使い方があまり解っていないのだが、スキルの情報がない分、おそらく珍しいスキルだろうと思われるのだが……。
それはともかくとして、である。
ストレージも珍しいスキルらしくて、彼としては目立ちたくないのでこっそりとしか使っていない。
スキル持ちの荷物運搬人として貴族に使い潰されることを危惧してのことである。
そういった彼の事情はさておき、そのストレージスキルのおかげで荷物を痛めることなく保持できるので、状態の良い新鮮な薬草をセイは納品している。
そのため、依頼主の評判が良く追加報酬が貰えているのだ。
さらにそれにくわえて、薬師の人たちに、どんな感じの状態の薬草を、どういう風に採集すれば良いか、教えを乞うてあらかじめ予習というか準備をしていたことも功を奏したようだ。
そういった点で仕事に対して真面目なのは前世の影響なのかもしれないが、こうして評価され報酬にも反映されているのは心地よかった。
ギルド協会で精算して、報酬を受け取る。
これから、この後には特に予定を入れていない、自由時間だ。
何をするでもないが、とりあえず腹を満たそうと食事処に足を向けるとすでに多くの冒険者や街の人達が思い思いの時間を過ごしていた。
「さて……どうするか」
セイは、食事処のテラス席に座る。無論、一人だ……慰めの言葉は要らない。
空は抜けるような青さで見ていて気持ち良い。
さっそく日替わり定食を注文してからこれからの予定をどうすべきか考える、
考えるが思いつかず空を見上げていると、今日はもうこのまま予定も入れずにただぶらぶらとするのでもいいか、などと思い始める。
「お兄さん、注文の品、置いとくね」
朗らかな声が響く。髪をポニーテールに纏めている少女が給仕としてセイのテーブルに来ていた。
空を見上げている様子が不審に見えたのか、ぱっと定食を置いて逃げるように立ち去る。
忙しいし、訳ありっぽい冒険者に絡まれて怖い思いをしたくないだろうし、そういったそっけない振る舞いが正解のように思えてくる。
荒事を生業とするものが多くなると治安は悪くなる、そういうものだ。
冒険者同士の小競り合いや、難癖をつけられたり、無茶な要求をされたりと、揉め事は珍しくない。
「ありがとう」
去っていく背中にそう声を掛ける。昼時の忙しく騒がしい時間だ、その声が届いたかとどうか解らないが仕方ない。
気を取り直して、運ばれてきた料理に目を向ける。
本日の日替わり定食は肉野菜炒め定食。材料をたまたま安く仕入れることが出来たのか、日替わりというわりに日によって変わらずに、ここのところこの定食ばかりが日替わり定食として出てきている気がする。
まあ飽きない味なので問題ないだろう、と今のところ思っているが……。
自分以外の転生者が存在している、いたおかげなのか、あるいはこの世界の人たちが努力してなのか、知らないが、しっかりとした味付けの肉野菜炒め定食が提供されている。
そのため連続で日替わりとして出てきているものの、セイは不満を覚えずに食事を終えた。
ちなみに、肉野菜炒めの野菜だが、元の世界と似たような野菜が多い。
味もだいたい想像通りにものではあるのだが、品種改良とかの面で大きな違いがあって、灰汁や苦味が強い。故にしっかりと処理しないと食べるときにしんどいものが多い。
野営などで自炊をした時、その違いを知らずに失敗することが多かった。
「……ふうっ満足満足」
ぺろりと定食を平らげて席を立つセイ。
食事処を後にして街をうろつく。
「そろそろ装備を新調するべきかなぁ……」
今使っている剣も、鎧などの防具類も、ギルドに併設されている武具屋で買ったものだ。
安物ではないが、中古品で、冒険者になって三年。
冒険するにしろ、さらなる安全確保にしろ、今装備している物よりも良い物が欲しくなるというものだ。
そう思って試しに店を覗いてみるものの、やはり高い。買えない金額ではないが、あれこれ考えると保留したくなる。
今の装備に不満があるわけではないのだが、命を預けるものだし、長く使うものだ。疲弊している可能性だってある。
ここらで一丁奮発して……いや、止めよう。
いつ何時、何が起こるか解らない。ソロゆえの後のなさ危うさが、消費を躊躇わせる。
冒険で大怪我をしたら……働けなくなったら……不安はいくらでもある。
魔法の存在する世界だし、四肢の欠損もある程度なら取り戻し回復できる。
もっともそんな奇跡は安売りはされていないため、貯蓄が重要となる。
そういった事情で、いざという時への備えを考えると財布の紐は自然と固くなってしまうのだ。
「そろそろ……本気でパーティでも組まないと駄目か」
空は青く、心は曇り。今日もセイはそんな調子だった。
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