第34話


 ダンジョンの中に転移した亜理紗はさっそくA-3のマスと呼ばれる部屋を観察する。殺風景な何もない真っ白な部屋。正面と左右にいかにも重厚そうな黒い扉があり、真後ろには扉がない。ダンジョンの中へ転移する前のスマホで見た地図でいけば、扉がない面が後ろ。その対面が敵チーム向き。左右がマス形状の中でいうA列だと予想ができた。


「俺、A-7だけど、お前らどこにいんの?」

「待て! 誰もしゃべるなっ!?」


 雷汰は3部屋も離れている分、ちいさな声が右側から聞こえた。すかさず鬨人が亜理紗のすぐ左隣の部屋から注意を呼び掛けた。


「雷汰、俺とお前だけで一度整理するぞ?」

「え? 別にいいけど」

「まず俺ら5人・・の顔を向こうは知らない」


 声で性別やある程度の年齢、多少なりの性格などただしゃべるだけでも情報が漏れてしまうリスクが高い。そのため、もうバレてしまった鬨人と雷汰だけで話し合うことにしたようだ。また鬨人は5人目の助っ人が誰なのかもわかっていないが、ここはあえてハッキリと5人いると大きな声で言ったのはあくまでブラフ。相手に聞かれていることを前提に今できる限りの虚勢を張るためのもの。


 ふたりの話し合いを亜理紗は黙って聞くことにした。


「まず誰がボールを持っていても仲間にも話すな」


 声の方向で狙われる可能性があるから、と鬨人は説明する。


「こんなの全員G列に向かってまっすぐ行きゃいいじゃん」


 雷汰の指摘は理に適っている、と思う。

 相手がどう動くはわからないが、縦に8マスあって5人いるのだからまっすぐ行けば単純に考えて8分の3の確率で奥のG列にたどり着ける。


 どちらにせよ鬼じゃない方のチームに分が悪いシステムだと思うので運を天に任せるのもしょうがないという考え方。


「ふたつだ。マスをまず2つ前に進むんだ」


 鬨人が言うには、Aから2つ進んでC列に移動しても、相手も1ターン1マスしか進めないため、G列からE列までしか進めない。なので2ターン目までは鬨人の指示に従うことにした。


「聞いたかおい! 俺らも真似しちゃおうぜ?」

「いいじゃん、行っちゃうべ!」

「かわいい女の子いねーかな? 楽しみ」


 鬼チームから声がした。

 声が3人聞こえたが、3人とも大人の男。大人のわりに口調が軽いため、すこし無作法で品がないと感じた。


 1回目の移動では、鬼チームが先に動いて、次にこちらのチームが動くターン制になっていた。ただ、2回目はこちらが先に動くことになる可能性もある。他に気づいた点は、相手チームが全員、マスの移動が終わらないと相手側に回らないシステムになっているところ。また、黒い扉は味方チームも敵チームも全員、「ギギギッ」と錆びついた音がしたので、この音を元に作戦を立てられる気がした。


 2回目のターンでも鬼チームが先に動き、こちらは後だった。確実に鬼チーム側の扉の音が近づいており、正直、亜理紗の2つ先にいるんじゃないかと不安になった。


「ここからは向こうの音を頼りに動いてくれ」


 鬨人は相手も近いのでこれ以上はもう声を出さずに行こうと提案して誰も異論がないため、その案でいくことになった。


 3ターン目、亜理紗の右前あたり……マスの目でいくと6、7、8あたりのドアの音が鳴っていき、亜理紗の部屋のすぐ手前の部屋で扉が開く音がした気がした。


 今、亜理紗はC-3という場所にいるはずだが、左隣C-2には鬨人がいると思う。なので右隣C-4の扉を開けた。


 誰もいない。先ほどからすぐ右隣にも扉の音が聞こえていたので、雷汰以外の仲間がここにいたはずだが、前かさらに右隣、もしくは後方にさがったのかもしれない。


 そして、接触が予想される4ターン目。

 遠くで雷汰の悲鳴が聞こえた……。


「ひぃ、コイツ武器を持ってる・・・・・・・!」


 なっ……。

 武器を?

 そんなルールはいっさい説明がなかった。


 でも、武器を持っててもプレイヤー同士は倫理コードが機能しているから、ダンジョン内ではPvPはできないはずなのに……。


「いだぁ、がはぁ!」


 倫理コードが機能していない。

 殴打しているであろう打撃音と雷汰のうめき声が延々と聞こえる。


「コイツら、中学生だぞ! 俺、ガキをいたぶるの大好き!」

「お前らルール違反だろ? 雷汰を放せっ!」

「バーカ、これがルール・・・・・・だろ?」


 今、気が付いた。

 完全に自分たちが騙されたことを……。


 これはただのゲームではない?

 もし鬼じゃない側の人間を狩るゲームだとしたら……。

 配信って鬼ごっこのスリルを視聴者に与えるのではなくて、捕まった人間がメチャクチャにされるのを見るためのものだったら……。


「Dゲームって、ダンジョンゲームじゃなくて、デスゲームの方な?」

「どうせ、ゲームだからビビるなや、現実世界で死ぬわけじゃねーから」


 鬼チームの男たちが答えを吐いた。

 もしかして、これが例の違法ダンジョン?

 夜の街などで若者を中心に取引されていて、テレビとかWebニュースでも大きく取り上げられている。相手を攻撃したり、性的暴行も防げない危険なダンジョンだと……。


 あちこちから鬼チームの男たちの品のない声が聞こえる。それでハッキリとわかった。亜理紗のすぐ前のマス。D-4にも敵チームのひとりがいる……。


「俺が相手だ! D-2に来てみろよ!」


 鬨人が雷汰をやられて激昂し、鬼チームを挑発する。

 その直後に亜理紗の前のマスの人間が鬨人側に移動したであろう扉の音が聞こえた。


 もう一度別の扉の音が聞こえた直後、鬨人が自分のマスに入ってきた相手と争い始めた音がした。


「くそっ、ガキのくせに強ぇーな。武器が無かったらコッチがやられてた」

「これでふたり、でも、まだボールが見つかんねーな」


 鬨人がやられた。


 亜理紗は呼吸が浅く荒くなっていく自分を落ち着かせようと押し殺しながらゆっくりと息を整える。


「ガッガッ……」


 一瞬で頭の中が真っ白になった。

 右側のこの部屋の扉を誰かが開けようとしている。

 再び呼吸が乱れ始めると声が聞こえた。


「声は出さないで!」


 この声を誰よりも聞きたかった……。

 オガ君……最強の助っ人として、父、一郎に泣きついてオガ君を自分のスマホに一時的に移動してもらい、このダンジョンまでついてきてもらった。


「ありぽよだったら、扉を3回叩いて」


 言われたとおり、真っ黒な扉を3回叩いた。

 その直後に壁の向こうからボール……金色のボウリングの球のようなものが亜理紗のマスへ投げて寄越してきた。重そうに見えるが拾って手に取ってみるとテニスボールくらいの重さしかなかった。


「後ろのマスに下がってなよ、俺が鬼チームを全員潰してくるから」



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