第13話
「砂地にサメ、今晩の夢に出てきそうだ」
「生きて帰れたらの話ですけどね……」
斉藤がぼやき、林が現実的な話に戻す。
仙台支部のエージェントふたりを襲ったサメの魔物は林のスキル「
サッカー場の数倍はあろうかという砂地地帯において、サメが砂の中を
2つの背びれが砂地地帯をゆっくりと回遊している。
仙台支部のエージェント宮城史郎によると、この砂地へ踏み入ると同時にサメの魔物ツシェーラスは反応したそうだ。
他のふたりはサメの魔物に喰われる前に石化したように見えたと宮城は話す。石化する前にちいさな影が見えた気がするという。
宮城は他のふたりのエージェントを止めたが、聞く耳を持たずにやられてしまったそうだ。宮城自身は恐怖に駆られたまま、この部屋から一歩も外へ出ていないとのこと。
「砂の中だから攻撃は難しい。その上、石化能力持ちって、そりゃ普通詰むわな」
「ええ、手強い相手です。さすが最外縁に住む魔物」
斉藤が腕を組んで考え込み、林は幼女の姿で背伸びをしながら背びれを部屋から出ずに覗き見ている。「でも……」と林がもう一度口を開き、エリアボスではないのが幸いでした、と付け加えた。
しかし。
「では、行きますか?」
「おいおい田中……俺たちの話をちゃんと聞いていたのか?」
「ええ、でも特に
田中は、これからさらに酒造所の調査に行かなければならない。いつまでもこんなトラップダンジョンに構っている暇などない。その理由としては明日の夕方までには帰るから、と妻と娘の亜理紗には伝えてある。そのため、何がなんでも明日の夕方までに家に帰らなければならい。
身構えることなく悠々と砂地へ侵入した。
同時にサメの魔物「ツシェーラス」の背びれが反応し、ゆっくりと大きく弧を描きつつ進路を田中へと向けた。
「アウェーで分が悪いなら、ホームにすればいいのです」
武器の相性が悪ければ違う武器を手に取ればいい。
日中、敵わない相手でも夜目がきかず夜戦に弱い場合だってある。
そして砂地が得意な魔物であればその砂地をなんとかすればいい。
田中は、氷の魔法で一帯の砂地の上に薄い氷を張った。
ツシェーラスはその氷を割りながら、こちらへ向かっていたので、途端に失速した。互いの距離が残り5メートルを切ったところで、手前の氷が割れ、そこから何かが飛び出してきた。薄い氷でしかないが、小型の魔物には突き破るのに飛び出す勢いを削いでしまったらしい。頭部に長い針のようなものを付けた羽のついた魚。見た目的にはトビウオにカジキの角をつけたような見た目をしている。
田中は、角の先端に触れないよう気を使いながら、田中を挟んで前後からほぼ同時に地面から飛び出した魚の魔物を真横に真っ二つにした。
続いて前後のツシェーラスが田中を襲う。だが氷の膜により、うまく動けず田中から逆に棒手裏剣と呼ばれる忍具を頭部に刺された。
「
田中がすれ違っていくサメの魔物が砂中に潜る前に棒手裏剣を導雷針代わりにし、紫電が2匹のサメを襲った。
「もう大丈夫そうです。先を急ぎましょう」
田中は呆気にとられている斉藤や林、宮城と分析班の男へ声掛けして、前に進み始めた。
「想像以上だな『最果ての鬼』」
「なんです? その最果ての鬼って」
「田中の異名さ、ドルドアンソー事件を解決した立役者さ」
斉藤が、この業界に入ってそこまで日が経っていない林へ説明した。
田中一郎は、一時期「神籬」からイタリアへ派遣されたことがある。その理由は、本社がアメリカにある巨大軍需企業「ドルドアンソー社」が起こした事件の捜査のため。その事件に国際ダンジョン協会に加盟している神籬の一員として参加した。イタリアのナポリ湾に浮かぶイスキア島で発見された黒魔石A00115……通称「テレポート石」。このテレポート石を巡ってロシアや中国といった複数の国家が秘密裡に黒魔石をイタリアから持ち出そうとした。だが、ドルドアンソー社がテレポート石を載せた輸送ヘリごとミサイルで撃ち落としてしまった。ヘリはナポリ市街地へ大量のテレポート石が貯蔵されているダンジョンコアと一緒に墜落してしまい、それから72時間、複数国家が入り混じった市街戦が南イタリア最大の都市で勃発した。
各国のエージェントやドルドアンソー社の調達人を無力化させながら、ダンジョンコアを手に入れたのはひとりの日本人、田中一郎だった。田中はすぐさまダンジョン多国間条約に加盟している各国家間につながっている政府首脳オンラインに映像をつなげ、世界中の盟主や指導者が視聴している中で、ダンジョンのクローズド処理を行った。
クローズド処理というのは、ダンジョンをこの地球上から消し去ること。異空間なのか別惑星なのかは定かではないが、二度とそのダンジョンが地球上のどこにも再生しないことだけは確かであった。
ナポリ市街戦での活躍や世界の命運にも影響を与えかねないダンジョンコアの破壊を敢行した田中は英雄視される反面、陰では「最果ての鬼」と揶揄されるようになった。
当然、田中はそれをひとりで成しえたわけではないが、映像に映り込んでいたのが田中ひとりなので、噂と噂がくっつきグレードアップしてさらなる誇張した噂となり、ダンジョン裏業界では一躍、有名人となってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます