第5話


「お父さん、ありがとう!」

「ちゃんと白銀兎がいると思うから」


 田中一郎は、妻の百合子に個人ダンジョンを職場の人からタダ同然で譲ってもらったと話した。妻は娘の亜理紗に学校の成績を今よりもっと上げることを条件に許可してくれた。


 週末土曜日の朝。

 さっそく亜理紗が、スマホにダウンロードしておいたダンジョン配信アプリ「Stream Of Dungeon」を起動させて、自分の部屋へダンジョンゲートを出した。


 田中一郎は隣室からモニターでそれを見ている。

 中学校の同じクラスメイトしか視聴できないよう非公開設定をされている。

 だが、田中の本職はダンジョン捜査。

 名前表示、人数をカウントされないよう特定管理者権限で動画を視聴している。


 ダンジョン自体は、なにも危険ではない。ただ父親としては娘がダンジョン攻略をしているところを遠くから見守れたら満足だった。亜理紗はダンジョンに潜って今日で3日目。昨日、白銀兎を探せたと喜んでいたが……。


 ダンジョンに入るとスマホは3つの黒い球体に代わり、それぞれがカメラの役割を自動で行う。


 ところでクラスメイトのひとりに配信者の補助を行うモデレート権限で視聴している者がいる。モデレーターは配信者に代わりコメントを削除したり、視聴者をブロックしたりする権限を持っているのだが、非公開設定で配信しているのにモデレーターが必要なのか?


 亜理紗が無理しないように識別番号Cナ20000番台の中で初心者でもソロで発見できるようエリア1に白銀兎がいるダンジョンを選んでおいた。


「ほら、あれが白銀兎だよ」


 数学苦手マン

 :スゲー、いいな亜理紗

 アルマ二郎

 :これ、公開したら金稼げるんじゃね?

 ハチワレ猫ちゃま

 :いや、顔出ししたら身バレするからよく考えないと……

 haNaVi【M】

 :亜理紗ちゃん、近くに森はある?


「えーと、たしかここへ来る途中の近くにあったよ」


 haNaVi【M】

 :森の景色も見たいなー


「ええっと……」


 アルマ二郎

 :何が楽しいん?

 haNaVi【M】

 :だってダンジョンと言えば森でしょ? 

 ハチワレ猫ちゃま

 :亜理紗、無理しなくていいからね

 haNaVi【M】

 :大丈夫だよー、エリア1だから、ね? 亜理紗ちゃん 


 ログインしているのは全部で11人。

 だが、主に書き込んでいるのは男子ふたりと女子ふたりの4人。


「……うん、わかった。ちょっとだけ見てくるね」


 なんだと?

 白銀兎がいるエリアにある森では高確率でマズいのがいる。ゲームオーバーになるような危険という訳ではない。だが、父親としてはなんとしてでも止めなければ・・・・・・……。


 亜理紗に渡したダンジョンに細工をしておいた。


 バックドア……ダンジョンへの入室履歴の残らない秘密の抜け穴。

 さらにプレイヤーとしてではなく、ダンジョンの住人……NPCに扮して接近を試みる。


 森を発見した亜理紗は、薄暗い森に少し入ったところで足を止めた。


「もうこの辺にしとこうかな?」


 haNaVi【M】

 :えーッ、ダメだよもっと奥に行かないと?

 ハチワレ猫ちゃま

 :もういいよ亜理紗、引き返そ?

 アルマ二郎

 :ツマンね。白銀兎以外は普通のダンジョンだなw

 数学苦手マン

 :あー、俺もダンジョンやりたくなってきた!


「華ちゃん、ゴメンね、私そろそろ……」


 亜理紗が引き返そうとすると、木の上から音もなく何かが落ちてきた。亜理紗は見上げた瞬間、落ちてきたものに飲み込まれてしまった。


「ゴポッ、ゴポゴポッ!?」


 アルマ二郎

 :あれ? 公開設定に変わってんじゃね?

 ハチワレ猫ちゃま

 :亜理紗!?

 数学苦手マン

 :おい、華。おまえが公開設定に変えたのかよ? 

 haNaVi【M】

 :えーッ、私、なんかイジっちゃったの? ゴメンわかんない


 亜理紗が飲み込まれたのは武器や鎧を溶かすタイプのスライム。人体は溶かさないので死ぬことはないが、服を溶かしてしまう。


 名無し

 :お、なにこの倫理コードを攻めてるライブは?

 名無し

 :これって違法だろ? けしからん、俺が許す

 名無し

 :↑誰やねんwww

 

 公開設定になった途端、視聴者数が爆発的に伸びていき、書き込みの流れる速度がどんどん速くなる。


 アルマ二郎

 :亜理紗、秒で有名人の仲間入りw

 数学苦手マン

 :イヤ、ヤバいだろ? これは……


 亜理紗の服が溶け始めた瞬間、黒い影が画面を横切ると亜理紗の姿が取り込まれたスライムの体内から消えた。


 名無し

 :うぇ? どこ行ったw

 名無し

 :皆、今、どんな気持ち?

 名無し

 :聞くなや泣


 3個の黒い球の反応を振り切る速さで亜理紗を抱えて離脱した田中一郎は、亜理紗を安全なところへ降ろしてスライムの下へ戻る。


「死ぃぃぃぃねぇぇぇぇやぁぁぁぁぁあ、ごるぅぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!!??」


 名無し

 :なん……?

 名無し

 :エフェクト入った?

 名無し

 :いや、ガチぽい


 森が爆発して、数百メートル先まで地面が抉れ、割れている。


 名無し

 :オーバーキルが過ぎるwww

 名無し

 :ちょッw 待てってw これってトレンド入りする案件

 名無し

 :勘のいいガキは嫌いだよ


 一般の視聴者が好き勝手に書き込みしている横で、クラスメイト達も同様に書き込みを続けた。


 数学苦手マン

 :今ので問題解決した?

 アルマ二郎

 :いや、無理くね? だって今の視聴者数見てみ?

 haNaVi【M】

 :989Kだって。私のせいじゃないよね?

 ハチワレ猫ちゃま

 :華……アンタ自分のやったこと、ちゃんとわかっ……


 クラスメイトの書き込みは途中で中断した。

 木の裏に隠れた田中一郎が、亜理紗の黒い球に座標を合わせて雷を落とした。これでダンジョン配信アプリ「Stream Of Dungeon」を強制シャットダウンさせた。


 気を失っている亜理紗を抱えて、ダンジョンゲートまで戻り、娘をゲートの外へ送り出して、一郎はバックドア側からダンジョンを出た。








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る