十二支物語
由永 明
第1話 子(ねずみ)鏡の中の私
やれやれ今日はひどいめにあった。午前中は隣のミケに追いかけられて尻尾をかじられそうになったし、午後はこの町のボス猫のクロにからまれてまいったよ。そんなときは逃げるが勝ちなのさ。
鏡に僕が写ってる。目がパッチリでヒゲが長い。毛並みもよくてネズミ界ではいい男、だと自分では思ってる。
「やい、そこの色男!」
誰がしゃべったんだ?
「今鏡をみてる君のことだよ」
「僕に話しかけてくるのは誰だ?」
鏡には自分が写ってるだけ。他には誰もいない。もしかして、鏡の中の僕がしゃべってるのか?
「そうだよ、僕はきみ、きみは僕」
「鏡の中に、もう一人の僕がいるのか」
「そうとも言えるな」
「おかしな話だが、きみがそう言うなら信じてみようじゃないか」
なんとなく鏡の中の僕のほうが貫禄があってふてぶてしいな。
「ところで、今日は楽しい一日だったかい?」
「そうでもないよ。現実には楽しいこともあるけど、大変な目にあうこともあるのさ。特に猫には気をつけなくちゃいけない、今日もミケとクロにいじめられたよ」
「現実は厳しいんだな」
「そうなんだよ、ミケはかわいくて色っぽいけど性格悪くて嫌いだね。僕を見つけるといつも化け猫みたいに毛を逆立てていじめるんだ。ボス猫のクロは大きくて尻尾の長さが自慢なのさ。今日は虫の居所が悪かったみたいで、たまたまそこを通りかかった僕が八つ当たりされたってとこだ」
「ところで鏡の国は居心地いいのかい?」
「そりゃいいさ、だって猫はいないもの。猫が鏡に映ることなんてめったにない」
「うらやましい話だ。猫のいない世界で暮らしてみたいよ」
しめしめ、こいつ話に乗ってきたよ。あとひと押しだ。
「そうだろう、鏡の中はのんびりしてればいいだけの世界だよ。どうだい、ひとつきみと僕と立場を交換してみないか?」
「ということは、現実の僕が鏡の中に入って、鏡の中のきみが現実に生きるということ?」
「そのとおり、鏡の中の世界を経験してみたいだろう?」
なんだか、わけのわからない話になってきた。テレビだと、これはフィクションですとかテロップが流れる場面かもな。僕は夢を見てるんだろうか。しかし、現実だろうとなかろうと、なんか楽しそうなことが起きてる。ちょっと鏡の中の僕をからかって話に乗ってみようか。
「そうだな、鏡の中の世界を経験してみるのも面白いかもな。しかし、僕が現実の世界に戻りたいと思ったときはどうすればいいんだ?」
「現実の世界で生きるようになった僕が、鏡に写ったときに入れ替わればいいだけさ」
「簡単だな、それならやってみようじゃないか」
「では、きみが鏡の中に飛び込んでくれ」
「それ!!」
鏡の中には確かに猫はいないな。これで安心して昼寝もできるというものだ。しばらくは呑気な暮らしを満喫しようじゃないか。ところであいつはどうしてるかな。
やっぱり現実はいいな。世の中は広くて刺激的なことがたくさんある。この家はネズミが好きなごちそうがたくさんキッチンにあるから、好きなときに食べ放題さ。このまま入れ替わって暮らしたいものだ。そのためには、僕が鏡に映らないようにすればいいだけさ。
そろそろごはんの時間だな。現実に暮らしていればキッチンをあさって、好きなものを食べられる。その後はリラックスして昼寝も楽しめるわけさ。なんだか現実に戻りたくなってきた。はやくあいつが鏡に映らないかしら。
おいしいごはんに、うっとり昼寝もできるとはいいことばかりだな。腹ごなしに散歩でもしてくるか。
やや!あれがミケか?オスだから違うな。それともクロか?いや黒くないから違うな、こっちにきたぞ、目付きの悪い凶暴そうなやつだ、逃げろ!追ってきたぞ、かじるつもりだな!チュ~~!!
やけに力が強い、しかもかじられた場所が悪い、僕はこのまま天国に行くんだろうか?そうしたら鏡の中のあいつはどうなるんだろうか・・・
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