第30話

 翌日、あたしは瑠佳と落ち合うべく駅前に向かっていた。

 絶賛梅雨時期ということもあり、お昼前の空はご機嫌があまりよろしくない。


 しとしとと降りしきる雨をビニール傘でさえぎる。

 持ち手を気持ち上げて反対に傾けながら、あたしは駅への道を歩いていた。


「手つかれた? 持つのかわろっか?」

「いや、いいよ、だいじょうぶ」

「そう? つかれたら言ってね?」


 すぐとなりで微笑んでくる。

 肩がちょいちょい触れる距離には、未優がいた。


 未優がいる。

 未優はいる。

 そう、未優がいた。


 昨日、目包丁で顔面を刺されたあたしは、「アッハイそうですね今すぐ瑠佳に断りを入れますね」とやろうとしたのだが、未優様は「約束したなら行けばいいじゃん」とおっしゃった。そして「面白そうだからわたしも行こうかな」とおっしゃられた。


 ん? 後半おかしいな? と思ったけど、圧に逆らえなかった。

 未優様のお言葉はすべてに優先される。


「今日一日中雨かなー?」


 空を見上げる未優の足取りは軽く、顔もにこにこだ。

 てっきり半ギレでついてくるのだと思っていただけに、不気味ですらある。

 

「……未優、今日はなんか機嫌いいね?」

「なんで? 悪くなることある? 友達と遊びに行くのに」

「で、ですよねー」


 ……今の返しでちょいイラっとしてない?

 けど今の言い方だと友達、に瑠佳は含まれていない可能性がある。あたしと瑠佳の約束に、自分のデートをぶっこんできたとも取れる。

 

 その証拠に未優の格好はちゃんとよそ行きの服だ。 

 襟付き袖付きかっちりめのシャツにちょい長めのスカート。エロカワどころか清楚系で決めてきた。


 かたやあたしはいつもの薄手のパーカーにショーパン。スニーカー。動きやすうい。


「あ、ゴミついてる」


 未優はあたしの肩を手で払った。

 そのまま肩をじっと見たあと、急に鼻を押し付けてくる。


「すんすん」

「……あの、ちょっと?」


 ここは普通に往来です。

 車がたくさん通る車道があります。その横の歩道を歩いてます。人とすれ違います。たまに追い抜かれます。

  

「ふふ、みさきの匂いだね」

「な、なんですか?」

「いや、ちゃんと洗ってるのかなって思って」

 

 あたしって体臭あるのか? 自分ではわからない。

 するとしてもそこはかとなくスーパー美少女スメルのはずだが。匂いもスーパーなはずだが。いやそれはあかんやつ?

 

 にしても、今日の未優はやたらに距離が近い。

 相合い傘中というのもあるけどそれを抜きにしても近い。だってほぼ肩ぶつかってるし。


「ふぁ~~」

 

 未優はとつぜんあたしの二の腕に手を絡めてきたかと思えば、頬を押し当てるようにして匂い出した。

 いやいやいきなりなにしてんのこの人。

 未優様ご乱心である。

 

「あ、あの~……みんなの前ではベタベタするなみたいに言ってませんでしたっけ?」

「学校じゃないからいいよ」


 もし学校の人に見られたら一緒では?  

 と思ったが未優様理論ではOKらしい。

 あたしの質問がお気に召さなかったのか、未優はぱっと腕を離して顔を上げた。


「だってどうせベタベタするんでしょ?」

「はい?」

「瑠佳ちゃんと」


 そこはガッツリ詰めてくるらしい。

 なにか勘違いされているようだが、あたしたちにそういう他意はない。

 昨日だってポテトかじりながら、


「明日雨らしいねー」

「ねー」

「みさき明日さ、ヒマなら遊ぼうよ」

「ん、遊ぶっていっても、雨じゃん?」

「うちにマンガ読みに来る? ゲームやろうよ」

「あ、いいねー」


 てな具合に決まった話だ。べつになんの問題もないやり取りのはずだ。これもちゃんと説明した。でも納得いってないらしい。


「だっていきなり家に誘うとか、さすがにどうなのって」

「いやいや、同性だよ? そこ間違わないで? だいたい瑠佳は、べつにそういう感じじゃないし」

「そういう感じってなに?」


 言いにくいことをズバッと聞いてくる。

 

「いやその、友だちと遊ぶのも禁止とか、そういうわけじゃないでしょ?」


 なぜあたしの行動を制限されなければならないのか。

 そもそもあたしたちって、今どうなってるの?

 幼馴染なの? 友達なの? 恋人なの? ご主人様と下僕なの?

 

 結局そのあたり、うやむやなままだ。

 あたしは未優が好き。未優はあたしをいじめるのが好き。

 ちゃんとそうお互いの意思を伝えあったはずなのに。


 ……ん? いじめる、とかいう余計な単語が間に入っているな。

 字面だけ見ると主人と下僕の線が濃厚だ。

 だとしたら未優が正しい。あたしが全面的に悪かった。だから今日は断ろうとしたのに。

  

「じゃあ遊ぶのはいいよ、百歩譲って。でも、もしそういう感じだったらどうするの?」


 未優のそれはもうかわいらしい黒目がぎょろりとあたしを見た。

 瑠佳がメスでありながらオスの視線であたしを見てるってこと?

 それはないない。それを言うならむしろあたしのほうがメスでありながら瑠佳をオスの目で……おっと冗談ですあっしはみゆたん一筋ですから。

 

「そ、そのときはきっぱりすっぱり断るよ? 毅然とした態度でね」

「それがみさきにちゃんとできるのかなぁって。強引に来られたら抵抗できなそう」

「ははは。そんなわけないでしょ~……」


 仮にも元男が? 女子に無理やり襲われてされるがままに?

 なかなか笑わせてくれる。

 

 ……がしかし。実は前科ある。

 ふざけてトイレで壁ドンされたときはかなり焦った。頭真っ白で固まった。てか誰でも焦るでしょあんなの。

 ま、その手はもう食わないけどね。フラグとかじゃなしに。



 やがて駅が見えてきた。  

 それなりに電車の乗り換えが起きるため、このあたりではまあまあ栄えている。

 大きな百貨店の建物が隣接してそびえ、駅中と地下にもショッピングモールが軒を連ねる。


 雨で外で遊べないせいか、いつもより混雑が予想される。

 でも今日はそっちにはいかない。

 

 駅の正面入口に上がっていく階段下が待ち合わせ場所だった。

 壁を背にスマホいじいじの人たちが何人もぼっ立ちしている。みんな待ち合わせっぽい。集まって話し込んでいるグループもいる。


 庇の下に入って傘を閉じる。

 そのときあたしの視界にひとりの美少女が目に入った。


 おっ、かわいい……。

 スーパー美少女のあたしには美少女センサー能力がついている。人がたむろする中にも、すぐに美少女を見分けることができる。


「え、まじ~? それはないっしょ~」

「すげぇ~全然見えない」


 壁際に立った彼女は、二人組の男に言い寄られているようだった。

 見覚えのあるサイドポニー。いつもよりリボン派手め。膝上スカートにキャミソール、カーディガン。


「ねえ、あれって……」


 未優があたしの袖を引いた。

 あたしのセンサーに引っかかった美少女は瑠佳だった。

 チャラそうなナンパ男に絡まれるというラブコメ的テンプレイベントに遭遇している。

 などと悠長に観察している場合ではない。すぐに助けねば。

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