第一幕 円環は繰り返す
第02話 再演
ふと目が覚めると、快適な寝台に横たえられていた。
飛び起きると、そこは実家にある自分の部屋だった。
姫君のように豪華ではないけれど、清潔で好きなものばかりに囲まれた、私の部屋――。
「なんで……」
大神殿へ向かう前と何一つ変わっていない、懐かしい自室。思わず涙があふれて、私はふかふかとした上掛けを、ぎゅっと握りしめた。
(わたし、助かったの? それとも、
しかし寝台から立ち上がるとすぐに、いつもの姿見が目に入って愕然とした。
髪が、真っ白になっている。
「やっぱり、夢じゃなかったの……?」
フラフラと部屋の扉を開けると、廊下をゆく母と鉢合わせた。
「あら、おはよう……って、どうしたの!? その髪!」
「かあさま……」
懐かしい姿に、再び涙があふれだす。私は母に思いっきり抱きつくと、そのまま泣き続けた。母は驚きつつも抱き留めてくれると、白い髪を優しく撫でる。
「なんてこと、これも昨日聖痕が現れた影響かしら……。髪が白くなるなんて聞いたことはないけれど」
「聖痕が、昨日!?」
私が驚いて顔を上げると、母は優しくうなずいた。
「ええ。あなたは昨日聖痕が現れて、次代の聖女候補に認定されたのよ。まだ混乱しているのかしら。かわいそうに、よほど重圧だったのね……」
「今日は何年何月なの!?」
母が答えた日付は、聖女選定の儀が始まる約一年前。聖痕が現れた、その翌日のものだった。
(まさか、ぜんぶ夢だったの!? でも……)
髪をひと房手に取ると、真っ白の毛束が目に入る。
(夢じゃ、ない。もしかして、時間が巻き戻った……!?)
聖女に伝わる伝承の一つに、時間を巻き戻して国を滅亡の危機から救ったという話がある。だが当然ながら巻き戻った人々がその事実を認識できるはずはないし、私もこれまで、よくある
(でも私が死んだことで大結界が破れたのだとしたら、あのあと国が滅亡に向かった可能性はある。本当に、巻き戻ったのかもしれない!)
「ティーナ、本当に大丈夫!? 今日はまだ部屋でゆっくり過ごすといいわ。何か温かい飲み物を持って行ってあげるから」
どうやら、ひどい顔色をしていたのだろう。心配そうに
「ううん、大丈夫。あ、でも、飲み物は欲しいなぁ」
「分かったわ。でも、あまり無理はしないのよ」
「はい!」
笑顔でうなずき部屋に戻ると、急いで侍女を呼んで身支度を整える。そこに届いたハチミツ入りの牛乳を飲み干すと、私は大神殿へ直行した。
(もう一度、最初からやり直せるんだ。なら絶対に、私の家族は死なせない!)
* * *
「――ですから、わたくしなどでは、とても聖女のお役目は務まりません。どうぞ選定の儀は辞退させてくださいませ」
礼拝堂で大神官の前にひざまずきながら、私は深く頭を下げた。いつの間にか周囲は十名近い神官たちに取り囲まれていて、私の背中を冷たい汗が伝ってゆく。
私の陳情が終わるやいなや、神官の一人が口を開いた。
「女神の恩寵を得ながら責任から逃れたいなどと、なんたる不心得者よ。辞退すると言うのなら、お前とその一族は神殿から破門となるぞ!」
「その通り、これは王命でもある。貴族でありながら背くなど、王家への反逆罪である!」
どうやら、王宮から派遣されていた選定の儀の担当官もいたようだ。だがこれは、絶好の機会だ。教会に深く根ざしている彼らであれば、聖女がやり直して破滅を回避したという伝承のことを知っているだろう。
「実はわたくしは、この選定の儀は二度目なのです!」
この機を逃すなとばかりに私が前の周回で見てきたことを訴えると、老齢の大神官は白く長い眉毛を持ち上げ、目を見開いたようだった。
「なんと……」
「信じて、いただけますか……?」
「……なんと、不届きな!」
前周では感情を露わにした姿など一度も見たことがなかった大神官は、怒りに震えながら続けた。
「そもそも誰しもが最上の誉れと思う聖女選定を辞退したいなど、不自然極まりないと思ったのだ。伝承を利用して自らがすでに聖女であると詐称するための、布石だったのだな!」
「ち、違います! 本当に、辞退できるのであれば、わたくしはそれでいいのです!」
「女神より恩寵を
* * *
とぼとぼと大神殿を出た私は馬車に乗り込み、自宅へと向かった。我が家は一応子爵の家系ではあるけれど領地を持たない法服貴族で、父は王宮に勤めるただのしがない文官だ。神殿を破門になっても、王家の反逆罪に問われても、我が家はたちまち一族ごと破滅してしまうだろう。
辞退できないならば、せめて何か準備をしよう……そう考えてもみたけれど、何をすればいいのか分からない。だからといって下手に『やり直している』なんて相談したら、よくて重圧で病んだと思われ、悪ければまた大神官たちのように『聖女になりたいがゆえの詐術』だと思われてしまうだろうか。
結局オロオロと途方に暮れたまま、私は二度目の選定の儀を迎えてしまった――。
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