#008.繊細な馬鹿

 (恐怖を抑えろ...頭を回せ!とにかく動け!)

「『試験』がどんなものなのか分からないけど...必ず通過してやる」


「おやおや~?このシャイボーイは何か勘違いしてるみたいね」

「だから早く許可を出せ!そもそも初めからオレが行けば済む話だ!」

「初めからキミが行ってたらこうはなってないでしょ?うまくいく秘訣は焦らず急がず怒らず、なの」

「それは分かってる...信用もしてる!だがウズウズするんだ!」


(なんだ?この仮面...僕に話す態度と全く違うぞ...それに二人とも僕なんかどうでもいいって感じだ。今ならメリッサと合流できるか?勝手に走り出したのは完全に悪手だったけど...前向きに考えよう、こいつらの居場所は掴んだ。)

渚は慎重に足を動かし、後ずさりしつつ身体を反転させた。その背中に、甘ったるい言葉が襲い掛かる。


「坊や、なぜ人が生きかを知ってるかい?」


その一言で、渚は凍らされたように身体の自由を失った。

「ふふ...気になるかい?でも教えない。ほらほら、行きなよ、あの悪魔のところにさ」

渚は振り返ることこそしなかったが、後ろ髪を引かれる思いでメリッサの許へと向かった。


「おい!いいのか!?せっかくあっちから来たんだぞ!」

「いいの...ちゃんとあの子が納得した状態で連れて帰りたいでしょ?今はまだ何も知らないだけの繊細な馬鹿なのよ、あの坊やは...馬鹿を納得させるには小手先の嘘でいいけど...繊細な馬鹿は馬鹿のくせに人に突っかかって何も学ばない。顔に群がる羽虫ってとこかしら。だから、一度痛い目を見てもらうしかないの」

「そのためのオレだ!」

「ふふっ、そうね...期待してる」


 「ぉらッ!あァうぜえ!増えんじゃねえ!」

大男はほとんどが犬ほどの大きさにまで分散していたが、その数は軽く百を超えていた。

「メリッサ!」小さな藪をかき分け、渚が顔を出す。小屋のあった場所はいつの間にか遠い景色となっていた。

「すまねェ渚!だがいいところに来た!頼みがある!」

「頼みっ?」

「あァ、簡単なことだ!そこで!」

「えっ、どういう意味!?」

「早く!」

「えぇ...ん...えいッ」渚は足元の根に足を差し出した。

「ぅわっ」根はしっかりと地面との間に足を固定し、渚は倒れこむようにして地面に転がった。咄嗟についた手が擦り切れ、細かな砂や枝が手に刺さる。渚の情けない悲鳴に大男たちの動きが止まる。


「ははッ、イイこけっぷりだぜ渚ァ!」

「いって...なんでこんなことしなきゃなんないんだ...これが何になるのさメリッサ!」

「勝利だぜ...それも完全なる」


「ギョアーー!」

渚の奇行に束の間の隙を晒した大男たちはメリッサに意識を戻し――そのうちの何人かは笑い転げていたが――再び襲い掛かった。


「今...お前らが破ったのは、無条件に遵守すべき万人に共通するルールだ。そしてお前らが外れたのは...正義へと向かう崇高なる人間の道だ」


手袋を外したメリッサの手には、夜闇でさえ恐怖するような漆黒の刀身を持つ刀が握られていた。成人女性の背丈と変わらぬ長さで緩やかな曲線を描く刃が、奇妙なほどに艶やかな雰囲気を放っている。


「じゃあなァ、傍観者おろかもの


刃が一筋、大男たちの身体を音もなく滑り抜けた。







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