第17話 再会の再会
最新の動画をアップして三日ほど経過。
会社帰りの電車の中で、夏生は、いつものように動画のコメントをチェックしていた。ひとつずつ返信をしていたところで、とあることに気づいた。
スマホの画面を、親指で何度もスクロールする。そして、もう一度、上から順にコメントをチェックしていった。しかし、お目当てのものが見当たらない。
「……あれ? どうしたんだろう? ヒジリさんからのコメントがない」
何度見ても、『聖』の文字アイコンが見当たらない。
動画を上げたら、ヒジリさんは、三日以内にコメントを必ず書いてくれていた。楽しみにしていたコメントがなく、少しだけガッカリとした気持ちになる。
(……って言っても、まだ三日だし。体調を崩してるのかもしれない)
ここのところ、あいにくの天気が続いている。梅雨も本番なのだから仕方がない。
電車や会社の中は、湿気を含んだじっとりとした生温い空気なのに、外は、雨の影響で肌寒くなる日もあった。気温差で風邪を引いてしまったか、もしくは単純に、仕事や学業が忙しいといった理由があるのかもしれない。
ヒジリさんにも生活がある。そんな当たり前のことが頭から抜け落ちていた。
夏生は、小さな息を吐く。そして、他のコメントへ返信を打ち始めた。
* *
──三週間後。
夏生は、新しい動画をサイトにアップした。にも関わらず、ヒジリさんからのコメントは未だ届かずにいる。
「今日もない……か」
朝起きたら、枕元のスマホでサイトを見て、コメント欄を隅々まで見る。最近はこれが習慣になりつつあった。
自分を支えてくれていた人からの応援が途切れてしまったと、そう感じる。
飽きられてしまったのだろうかと、悩み始めた。
ヒジリさんは、ずっと応援してくれるものだと、自分は心のどこかで、そう思っていたらしい。だから、少しだけ気分が落ち込む。
(動画のストックもなくなっちゃったな……)
畑中さんと一緒にストピ遠征して、そこで演奏した他の曲も、すべて動画サイトに上げ終わった。次の動画を作るためにも、ピアノを弾きに行きたいと思うのだが、七沢との約束を破ってしまったあの日以来、なんとなくストリートピアノを弾く気になれないでいる。
家のピアノも、八つ当たりのように弾きまくって以降は弾いていない。
モチベーションが下がったといえばいいのか、自分の心は、まるで、ぐずついた空のようだ。どんよりとした気持ちが、ずっと晴れずにいる。
そこへヒジリさんからのコメントが途絶える、というショックが加わった夏生は、大きなため息を吐きながら、布団を剥いだ。
* *
──午後五時三分。
会社の壁掛け時計は、定時を過ぎたことを教えてくれている。夏生は足元のビジネスバッグを持ち上げて、のそのそと机上のペンケースを、バッグの中にしまった。
「……お疲れ様でした」
自分の部署の人たちにそう言ってから、会社を出る。折りたたみ傘を差して、駅に向かった。
ガタンガタンと電車に揺られながら、夏生は、考え事をしていた。ハッと気づいたときには、いつもの駅を通り過ぎ、次の駅に到着していた。慌てて電車を降りて、ホームに立つ。
(……ここは)
期間限定のストリートピアノが設置してあった駅だ。
もうピアノの設置期間は過ぎており、そこへ行っても『無い』と知っているはずなのに、なんとなくその場所に足が向かってしまった。
(やっぱり……ないよな)
予想した通り、なにもない。ガランとしたそこを見て、なんだか寂しい気持ちになった。ここで七沢と再会したことも、きれいさっぱり消されてしまったような感覚になって、胸の辺りがスカスカする。
そのまますぐには、立ち去れない──そんな気分になった。
自分の足は、この場所を離れ、七沢をお茶に誘ったコーヒーショップへと向かい歩き出す。店の中に入り、あの日と同じものを頼んだ。そして同じ席に座って、ピアノがあった場所を眺めながら、コーヒーを飲む。
右から、左から、人が歩いてくる。
帰宅する人。これからどこかに向かう人。
学生。女性。子ども。色んな人が、ガラス越しに通り過ぎて行った。
それを見つめながら、夏生は、もう一度コーヒーに口をつける。
──男、女、男、男、女…………七沢。
「──っ!?」
ガタッと席を立つ。左手で足元に置いたビジネスバッグを持ち上げた。右手でトレイを持って、半分以上残っているコーヒーと一緒に返却口へ置く。
夏生は、慌ててコーヒーショップの外に出た。駅の出口に向かって歩いている茶髪の青年に追いつこうと、小走りする。前を歩く人たちの間を縫うようにして、走った。
「七沢っ!!」
茶髪の青年に追いつた。彼の肩を掴んで、こちらに振り向かせる。
「……なつき、さん?」
振り向いた七沢が目を見開いている。その顔は「なぜここに?」と語っていた。
七沢を見失ってはならないと引き留めたはいいが、その先のことを考えていなかった。なんて言えばいいのか、わからない。
(ええと……どうしよう)
そういえば、七沢とここで再会したときも、こんな風だった。
あのときは、こう言って引き留めたんだった。
「俺と……お茶しないか?」
──なんだこれは。
格好悪いにもほどがあるだろう。でも、他に思いつかなかった。
恥ずかしくなった夏生は、七沢の顔を正面から見れなくなり、視線を横にズラした。そして、持ち上げた右手でこめかみの辺りを掻く。
七沢からクスッと笑う声がした。そして、こう答えてきた。
「いいですよ。お茶、しましょう」
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