第112話 今の吉井達にとってはかなりどうでもいい話

 ヒマリヌは木材加工を営む家に6人兄妹の第2子(長女)として生まれた。


 その工房はヒマリヌの家族と父親の弟家族で経営しており、12歳になった日から家の手伝いを本格的に始めたヒマリヌは、数ヵ月で力作業を抜かせば他の大人達と遜色ない程度で作業を行うことができた。


 元々ヒマリヌは大人達からの「この子は優秀だ」という評価と、「他の人間は自分とは違う」という自らの感覚を、それぞれ日々受け、そして感じながら育った。実際、仕事に関連することに限られるが、簡単な文字の読み書きができるのはヒマリヌの父とヒマリヌだけで、ヒマリヌの父は皆に同じように教えたが現在使えるようになったのはヒマリヌだけだった。

 ただヒマリヌが他人と自分が違うと思っていたのは基本的には1つだけで、なぜみんな疑問に思ったことを自分で考え、そしてその考えに沿って行動し、その結果を踏まえた検証しないんだろう。という疑問だけだった。実際ヒマリヌの周りで忠実にその考えに従って行動している人間はいなかった。 


 そして14歳になった日、ヒマリヌは以前から考えていた、これまで工房以外で行っていた伐採、運搬、加工、販売という一連の行程を、工房で一括して行えばより利益が出るのではないか。ということを夕食で提案した。


 父親は笑って取り合わず、第1子である2歳年上の兄は、できるわけがない、お前ばかじゃないのか、と声を荒げた。


「そんな手を広げてどうするんだ? 大体お前は山に行って木を切れるのか? それを運べるのか? それをノウヨさん一家がやってくれているからおれ達は仕事ができるんだ」

「違うよ。わたしたちが実際に切るわけじゃない。ギルドに頼めばいいだけだから」

「お前ギルドに頼むって金掛かるの知ってるのか? ノウヨさん達よりそっちの方が安いんなら誰だってそうするよ。でもしてないだろ? それは損だからだ」


 そうじゃなくて。15歳のヒマリヌは木の器に入った小石を取り出す。


「わたしたちもね、ずっと忙しいわけじゃないじゃない? 仕入れの具合とかその時期によるでしょ。だから基本的に加工をやって、暇なときは売ったり運んだりして、そこの足りない隙間をギルドで頼めばいいんだよ。最近なんてお父さんとリカルさんで大体仕事できてるじゃない。お兄ちゃんやリカルさんの所の子達なんて、お父さん達2人を見てるだけだし。そういう時間を別のことに使えば」


 ヒマリヌは並べた小石を上下に動かしながら説明する。


「なあ、ヒマリヌ」

 父親は小石を1つ手に取って眺めた後、ヒマリヌに手渡した。


「わたしたちの家の仕事はね。ヒマリヌのおじいちゃんやその前のおじいちゃん。先祖から受け継がれてきた大事なものなんだ。お父さんが一生掛かっても出来るかどうかわからないとても難しいものだ。それなのに他のことをやるなんてお父さんには無理だよ」


 違う、それは違う。そういうことじゃない。ヒマリヌが小石を握りしめながら黙っていると、横に座っていた母親からひどく叱られた為、本意ではなかったがヒマリヌは形だけの謝罪をし、その日以降分業の話はせず家の手伝いを続けた。


 

 ヒマリヌの父親は作業をすべて目分量で行っており、その教えを忠実に守った兄も同様だった。理由としては『木材というものは温度や湿気に寄って微妙に変化する。慣れないうちは採寸する必要はあるが、優秀な職人というものはそういった部分も含め、その時々で判断すべきだ』と。だがヒマリヌは違った。自分の感覚ではなくあくまで細やかな採寸という客観的事実を信じ、また兄は当初から父親の作業を見て学んでいたが、ヒマリヌはその時間を半分にして、残りは完成品を分解し観察することに費やした。


 

 そして分業を提案してからおよそ半年後、ヒマリヌは以前から計画していた、大量の注文に紛れ込ませるというやり方で、父親と自分の商品を入れ替えて納品するということを実行した。


 前日は緊張のあまり寝付けず、当日の朝もヒマリヌ自身から見るとかなり不自然な言動もあったが、周りには気づかれず納品は滞りなく終わり、ヒマリヌは見えなくなるまで荷車を見送った。


 納品後の数日、検証の結果がわかるということでヒマリヌはこれまでにない高揚感を味わっていた。しかしそれから1週間、2週間経つと徐々に焦り始め、およそ1ヵ月後、同じ業者に他の商材を納品する機会があり、ヒマリヌは前回も来た男に1ヵ月前に入れ替えた商材について尋ねた。

 その男はその商材を覚えてすらいないようで、別にどうということもない。客も何も言っていない、と答えた。そのことに関してヒマリヌは心底がっかりしたと同時に、自分より父親のほうが優れていると言われたかったことに気が付いた。


 翌日の朝、ヒマリヌが休みを貰いたい旨を父親に告げると、ヒマリヌの父親は少し驚いた様子を見せた後、(ヒマリヌはこれまで1日たりとも仕事を休んだことがなかった)たまには好きにするのもいいだろう。とヒマリヌに小遣いを渡そうとしたが、ヒマリヌはそれを丁寧に断り、自分で稼いだ少しの貯金を持って1人でギルドに向かった。



 初めてギルドを訪れてから3ヵ月後、ヒマリヌは4度目の依頼を出すため窓口に並んでいた。

 これまでの1回目と2回目は問い合わせなく掲載終了。3回目の中古家具をヒマリヌの家まで運ぶ依頼は、コミュニティという場所に所属している男が受けてくれた。


 相場と大きくは離れていない。今回のも大丈夫なはず。ヒマリヌが依頼内容を書いた紙を確認していると、「ちょっといいかい?」と後ろに立っていた男が話し掛けてきた。


「え、わたし?」

「ギルドの職員とコミュニティの兵士から聞いたんだよ。最近面白い子が来てるって」

「……面白いというは具体的にどの部分?」

 怪訝な表情でヒマリヌは話し掛けてきた男を見上げる。


 ミナトロンは少し考えた後、「ちょっと話そう。依頼はわたしが後で出しておくからさ」窓口の後方にある待合用の椅子に向かった。


「だから何を」

「ほら。とりあえずこっちに」

 

 先に待合用の椅子に座ったミナトロンは手招きし、それに応じる形でヒマリヌは横に座った。


「それできみ自身も登録したんだ」

「ええ、自分でもやる必要があったので」

「しかしすべてを1つの工房で完結させるねえ。なるほど」

「さっき説明したようにそれが一番効率的です」


 あれ? なんでわたしこんなことまで喋ってるんだろう。ヒマリヌはギルドに来ることになった経過を詳細に伝えている自分を疑問に思った。


「それも一つだね、間違いではない。でもどうかな、危険を分散させるという点では今のやり方、他は完全に任せるというのも悪くないと思うけど」

「他の選択肢があればそうでしょうけど。結局、昔からの付き合いで仕入れも売りも工夫がないから」

「うーん、困ったなあ。それも正しいなあ」

 ミナトロンはわざとらしく頭を抱える。


「あなたは何が言いたいんですか?」

 ヒマリヌはミナトロンの様子に苛立ちながら言った。

 

「いや、すまない。思ったより難しい問題だね。でも」

 ミナトロンは一度言葉を切り、首をかしげた。


「家の人はきみの考えを理解してくれているのかい?」

「それは……」

「ああ、ごめんね。気にすることは無いよ。でも、さっきのきみが言ってたの。あれは間違いなく正しい。完成品から過程を想像するっていうことは必要だよ」

「それ、あなたが言ってたことですよ」

「ああ、そうかい? まあ別にどちらでもいいじゃないか。それにね。きみのお父さんがやっていることすべてが意味がないことでもないよ。例えば一つの、そうだな家具でもなんでもいいんだがそれに掛ける時間。きみから見たら非効率に見えるだろう。しかし、皆その非効率な時間にお金を払いたいんだよ。何十年、何世代にもわたって得た技術。そんなものはきみの言う通り嘘だよ。体系的に学べば誰だって出来るはずだ。でもそれだけの時間を掛けたっていう部分に価値がある。人は他人が自分のために時間を無駄にしているのを見るとうれしいのさ」

「なるほど。そういう考え方もあるかもしれません」


 あ、そうか。ヒマリヌは先程感じた疑問の答えがわかった。


 わたしは自分の考えを声に出して話すのがうれしいのか。ずっと頭のなかで考えているだけだったから。


「よし、じゃあ前置きはこれくらににしてだね」

「前置き?」

「きみは師団に入るのがいいんじゃないかな。そうだな、第4がいい。そこにノリュアムという話がわかる男がいる。そいつにきみが考えていることを話せば大丈夫だと思うよ、ただし」

ミナトロンは人差し指を立てた。


「話せるようになるまでが大変だけどね。当然今のきみじゃ無理だよ、ある程度の実績が必要だ。あ、それとわたしに勧められたとは言わない方がいい。理由はきみに利益がないから」

「え? 師団なんてわたしの仕事には何の関係も」

「わかってるだろ?」

 ミナトロンはヒマリヌに笑いかけた。


「きみは近いうち家にいられなくなるよ。ああ、仕事ができなくなるっていう意味だな。要は干されるということだ」

「そんな、ことは……」

 いくつか思い当たる節もありヒマリヌは言葉に詰まる。


「それなら次を考えないとね。師団ならきみが生きる道もあるだろう。そこである程度の地位が得られたら出来ることも増えるはずだ。とりあえずは出すだけじゃなくてきみも依頼を受けたほうがいいよ。そうだな、とりあえずは3級を目標に。なに、きみならすぐさ。その辺までなら工夫次第でなんとかなる」

「忠告ありがとうございます。やるかどうかはわかりませんが」

「それにきみが師団に入って慣れる頃には、わたしの所も落ち着いていると思うんだ。関係ないがわたしは移ってきたばかりなんだよ。みんながコミュニティって言ってるところに。正直に言うと基本的な部分を師団で学んでもらってから、改めて会いたいね。あっち側を知ってからうちに来たほうが価値は高い。あ、すまない。そろそろ行くよ。これ出しとくから。また会う機会があることを願ってるよ」

 

 ミナトロンはそう言って立ち上がり、ヒマリヌが書いた紙を手にギルドの依頼窓口の列に並んだ。


 結局何が言いたかったのか。ヒマリヌ席を立って出入り口に向かい、扉を開ける前に一度振り返ってミナトロンが並んでいるのを確認してから建物を出た。



 そして数週間後、ヒマリヌが出した4回目の依頼に関連すること、ギルドやそこで知り合った人間と家具の受注生産をしていることが兄に知られ、父親、父親の弟家族も含め話し合いの機会が設けられた。


 その場にいた、ヒマリヌ、ヒマリヌの兄、ヒマリヌの父、ヒマリヌの父の弟、ヒマリヌの父の弟の配偶者、ヒマリヌの父の弟の子、ヒマリヌの父の弟の子の配偶者、ヒマリヌの父の弟の子の配偶者の兄、はそれぞれいくつか口に出すべきではない言葉を使って言い争い、結果その夜にヒマリヌは自分の荷物をまとめて家を出た。


 


 そろそろ会議も終わるはずだ。人員配置の調整を終えたヒマリヌは背伸びをした後、机の上に置いたランプの明かりを頼りに窓際に向かう。


 どうなったかな、ある程度想像はつくけど。ヒマリヌは決定に納得できないであろうスツリツトに対して、自分が言えること、出来ることをいくつか思い浮かべた。

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