第2話 統合AI医療システム

 西暦2039年大晦日、午後6時00分。山あいの総合病院は、津々と降り積もる雪に覆われ、静かな年末を迎えていた。


「診断値はリスクD、心配ありませんよ」


 診察室にて。若手医師の高遠は、パソコン画面を覗いたまま、高齢の女性患者に診断結果を伝えた。


「ありがとうございます、先生。これで安心して年を越せます」


 患者が深々と頭を下げると、高遠は画面を見たまま患者を見向きもせず、ぼそりと言う。


「礼は要りません。僕はAIの診断結果を伝えただけですから」


 高遠の言葉に少し面食らった患者は、それでも再度礼をして、診察室を出ていった。かわって、次に扉を開けたのは、白衣よりも柔道着の方が似合いそうな大柄の初老男性だった。


「今の方で今年最後の外来かな」

「大堂院長、お疲れ様です」


 高遠はばっと椅子を立ち礼をする。大堂院長は、高遠が見ていたパソコンの画面を見て言う。


「さすがAI医療専攻の高遠くん。使いこなしているようだね、統合AI医療システムを」

「ええ、当然です。CTスキャン画像や各種センサー値を自動分析、あらゆる身体リスクを可視化してくれるんですから、便利ったらないですよ。まあ、責任問題がどうたらで最終的な診断は医師がしないといけませんから、使いこなす頭は要りますがね」


 得意気に語る高遠医師。大堂院長は、診察室の隅によけられた聴診器等の触診器具をちらりと見て、ぽりぽりと頭をかいた。


「……時代だね。加えて、カルテ入力や入院患者のモニター、診療報酬管理なんかも全部データ連携してやってくれるし。おかげで、医師や職員の少ない田舎でも総合病院が運営できるんだ。ありがたいことだよ」

「ええ、まったくです」


 大堂院長はふうと短いため息をついて、再び扉を開ける。


「じゃあ、私はこれで帰るから。当直を頼むよ、高遠くん」

「ええ、お任せ下さい。良いお年を」


 院長はバタンと扉を閉めて病院出口へ歩きながら、ふとシステム導入を決めた理事会の記憶が頭によぎった。AIの導入は、人件費を削りたい法人理事達の決定だった。人口減少による人手不足と賃金高騰でどうしようもないとは言え、システム導入に併せ、医療職、事務職とも大幅に人員削減された(そもそも、国の配置基準だって下方改定されている)。考えたくはないが、もし大雪か何かでシステムが止まりでもしたら……。


「……今夜は、止みそうにないな」


 大堂院長は、雪降る窓の外を見上げながら、一人呟いた。



 ――最悪のインシデントが起きるまで、あと6時間。

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