第225話 彼女兼マネージャーの強み
泣き止むころには、
「大丈夫ですか?」
「うん。香奈のおかげでだいぶ前向きになれたよ」
巧は香奈の肩から胸にかけて埋めていた体を起こし、彼女の頭に手を置いた。
「治んないかもしれないし、それ以前に回復度合いによってはメンバーに入れない可能性だって十分にあるし、そもそも治ったとしても僕の居場所があるのかっていう不安もあるけど……でも、とりあえず頑張るしかないからね。そのためにもサポート、お願いしていい?」
「もちろんです!」
香奈はパッと瞳を輝かせて大きくうなずいた。
拳を握り、ふんすと得意げな表情を浮かべた。
「彼女兼マネージャーなんて、この世で一番サポートに向いてますからね」
「そうだね。ありがとう」
巧はスッと目を細めて、香奈の頬に触れた。
「——大好きだよ」
「っ……!」
香奈の頬が一瞬にして真っ赤に染まった。
顔を隠すように巧の二の腕に頭をぐりぐりと押し付けながら、
「ふ、不意にそういうこと言わないでください!」
「だって言いたくなったんだもん」
巧が軽やかに笑うと、上目遣いでキッと睨まれた。
「だもん、じゃありません。可愛い子ぶらないでください! 可愛いけどっ」
本人としてはムッとした表情を浮かべているつもりなのだろうが、色づいた頬をぷくっと膨らませる香奈は可愛らしさしかなかった。
「可愛いならいいじゃん。それに、香奈のほうが可愛いよ?」
「っ……もう〜!」
香奈が足をジタバタさせた。本来の白さを取り戻しかけていた頬は再びゆでダコのようになっている。
巧が笑いながら頭を撫でると、香奈はプイッとそっぽを向いた。横目でじっとりした目線を向けてきて、
「……なんか先輩、ふてぶてしくなってません?」
「怪我人だからね」
「おりゃ!」
「いてっ」
ドヤ顔を浮かべる巧の頭に、香奈が声量の割には優しいゲンコツを落とした。悪戯が成功した子供のようにニンマリと笑った。
「ふふ、隙ありです」
「隙も何も、僕逃げれないんだよ?」
巧は不満げに言った。
なるべく足に負担をかけないことが重要であるため、少なくとも数日間はできるだけソファーに座り、オットマンに足をかけた状態で安静にしていることになるだろう。
「ふっふっふ。巧先輩は今、ライオンに睨まれたチワワ状態なんですからね? がおー」
香奈が口を大きく開けて爪を立てた。
「わぁ、赤いライオンだ」
「赤いギャ○ドスみたいに言わないでください」
「確かに。でも——」
巧は香奈の頬に触れた。
「こっちはピンクだね。ライオンの真似したのが恥ずかしかった?」
「い、言わないでください!」
香奈がペシっと巧の手を振り払った。
図星だったのだろう。頬の色合いがみるみる濃くなっていく。
「お、赤くなった。これで全身真っ赤だね」
「っ……! 巧先輩のばかぁ!」
赤い香奈ドスは、ソファーに倒れ込んでクッションに顔を押し付けた。
髪の毛から覗く耳もそれはそれは完熟いちごも見劣りするほど色づいていたが、さすがに触れなかった。
代わりにショートパーツから大胆に露出している太ももに手を伸ばし、そのすべすべしつつもちもちとした弾力のある心地よい感触を楽しむことにした。
しばらく撫でたり揉んだりしていると、香奈が振り返って呆れたような目を向けてきた。
「……触り方がいやらしいんですけど」
「ただ彼女の体を愛でてるだけだよ」
「もうっ……しばらくはそういうこともナシですからね?」
可愛く睨んでくる。
巧は太ももからは手を離さないままうなずいた。
「わかってるよ」
香奈との行為で万が一にも怪我が悪化したらあまりにも阿呆らしいし、そんなことになったら彼女の精神的ショックは計り知れないだろう。残念だが、背に腹は変えられない。
「本当にわかってるんだか」
香奈は自身の太ももを指圧している手を見て、呆れたようにため息を吐いた。
視線を巧の下腹部のあたりに移して、照れくさそうに続けた。
「——まあ、処理くらいならいつでもしてあげますけど」
「さすがは彼女兼マネージャーだね」
「マネージャーなだけじゃそれはできないですからね」
内容は少し大人なものだったが、香奈は無邪気に白い歯を覗かせた。
香奈は少しでも巧が快適に過ごせるように甲斐甲斐しく働いた。
まずは松葉杖でも危なくないように、リビングから巧の自室まで徹底的に片付けた。
「ごめんね、ありがとう」
「いえいえ、最近はようやく巧先輩もお掃除癖がついてきていることが確認できて何よりです」
香奈が満足そうに笑った。
家具の位置を微調整しつつ、何気ない口調で、
「そういえば巧先輩を削ったゴミクズですけど、すぐに
「西宮先輩が? ……そっか」
巧は顎に手を当てて考える仕草をみせた。
「あんまり驚いてませんね」
「うん……まあ、彼が報復タックルをするとは思わないけど」
「それは間違いないです。あいつがそんな仲間思いだったら間違いなくドッペルゲンガーですよ」
「あのルックスとサッカーの実力で仲間思いだったらさすがにチートだと思う」
これまでのいざこざで印象はかなり悪くなっているが、顔とプレーのレベルが
香奈は不満げに、
「まあ、巧先輩のツーランク下くらいにはなれるかも知れませんね」
「嬉しいこと言ってくれるじゃん」
「でしょう?」
巧に頭を撫でられ、香奈はくすぐったそうに肩を揺らした。
「——香奈」
「はい?」
「しばらく負担をかけることになるけど、よろしくね」
「大丈夫ですよ。巧先輩のお役に立てるなら本望ですしおすし」
「でも、色々やってもらっちゃうことになるだろうから」
「それも楽しいですけど——あっ、じゃあわかりました!」
香奈がパチンと指を鳴らした。
「完治したら、今度は巧先輩が私を思いっきり甘やかしてください」
「わかった。真夏のアイスくらいにはぐずぐずに溶かせるように頑張るよ」
「げ、原型を留める程度で大丈夫ですよ」
香奈が頬を引きつらせるが、これからもいろいろ迷惑をかけることを考えると、巧としてはその程度で済ませる気にはならなかった。
「ううん、思いっきりやるから覚悟してて」
「お、おす……」
香奈はどんなことをしてくれるんだろうと楽しみな反面、自分はどうなってしまうのかと少し怖くもなった。
◇ ◇ ◇
真のスライディングの意図については、様々なところで意見が交わされていた。
「まさか
冬美が眉をひそめて顎に手を当てた。
「だよな。そもそも削るっていうのが真さんらしくねーし。あの人がイエローもらったの初めて見たぞ」
「そうね——あっ」
「どうした?」
「……いえ、なんでもないわ」
冬美は首を振った。視界を
それに、真親衛隊のリーダーと真の取り巻きが一緒にいたところで不思議ではないだろう。
「何にせよ、如月君を削ったドブネズミは二度とサッカーができなくなればいいと思うわ」
「待ち伏せして襲うなよ」
「そんな証拠が残るような馬鹿な真似はしないわ」
「問題はそこなんだな……」
「当たり前じゃない」
冗談とも本気ともつかない冬美のサラリとした口調に、誠治は頬を引きつらせた。彼は意外と常識人なのだ。
——それ以上に冬美がぶっ飛んでいるだけなのかも知れないが。
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