第九章
第223話 アクシデント
プレミアリーグ第二十一節の会場は
相手はすでに最下位が確定している。アップ中の雰囲気もどこか沈んでいた。
それに対して咲麗は一部のメンバーを除いて
ふざけているわけでも油断しているわけでもない。ただ単純にサッカーを楽しんでいるのだ。
しかし、いい雰囲気の中で一つのアクシデントが発生した。
「うっ……!」
鈍痛とはまさにこのことだった。巧は股間を押さえてうずくまった。
「た、巧っ」
「大丈夫か?」
仲間がわらわらと集まってくる。
水田が巧の肩に手を置いて、
「す、すまん巧。わざとじゃないぞ。たまたまだ」
「——ぷっ」
あかりが咎めるような視線を向けた。
「香奈。先輩彼氏が悶絶してるときに笑っちゃダメでしょ」
「いやっ、だって水田先輩が真顔で下ネタ言うからっ……!」
「えっ? ……あぁ、いや、狙ってねえ」
水田がポリポリと頭を掻いた。
一部の部員が「確かに!」「金的でタマタマか!」と盛り上がる中、マネージャー長の
「香奈ちゃんって意外と残念よね」
「
腹を抱えて笑う香奈に呆れを隠そうともしない目線を向けながら、
「だねぇ。いいことなのかどうなのか」
「まあ、いいことではあるんじゃないでしょうか。素を出せるようになったということですから」
冬美がふっと頬を緩めた。
愛美にまじまじと見つめられ、眉を寄せた。
「……なんでしょうか?」
「いや、すごく優しい顔するなって思って。ねぇ、
「はっ? な、なんでそこで俺に振るんすか?」
「えー、なんとなくだけど」
冬美は動揺している誠治に視線を向けた。
一瞬だけ目が合ったが、彼はすぐに顔を背けてしまった。
(何よ……)
冬美は少しだけ不満そうに唇を尖らせたが、彼女本人はそのことに気づかなかった。
愛美はそんな後輩たちのやり取りを見てニヤニヤ笑った。冬美を怒らせると怖いので、口元は隠した。
結果として香奈のおかげで注目を浴びすぎることもなく回復に努めることができた巧は、問題なくアップに戻った。
途中、相手選手の一人が近寄ってきた。
相手のスタメンの顔と名前は覚えていた。
よく言えばワイルドな、悪く言えばイキがってそうな少年だった。
そんなふうな印象を覚えてしまったのは、巧を睨みつけながら肩で風を切って近づいてきたからかもしれない。
「おい、てめえっ」
「何?」
いきなりなご挨拶だな、と思いつつ返事をする。
「何? じゃねーよ! この前はよくも俺をコケにしてくれたな」
「……この前?」
「なっ……スーパーのエスカレーターだ! 忘れたとは言わせねーぞ!」
「……あぁ」
なんとなくの記憶が
確かタンクトップにサングラスという、背伸びをしてしまう男子高校生あるあるの格好で口汚く女性を
「チッ、忘れてるとはいい度胸じゃねーか。それとも単純に頭が悪いだけか?」
「ごめん。僕忘れっぽいんだ」
巧は罵声を軽く受け流しつつ、不可解に思っていた。
あのときは女性の荷物を代わりに持つことで「エスカレーターを駆け降りたい」という彼の望みを叶えてあげたというのに、なぜここまで根に持たれているのだろうか。
オラオラしていたのに最後の二段ほどでつまずいて大層恥ずかしい構図になってはいたが、まさかその責任をなすりつけられているわけではあるまい。
「……舐めんてんじゃねーぞ、クソガキが」
そんな捨て台詞を残して、増渕は去っていった。
彼のポジションはボランチだ。巧とマッチアップする可能性も十分にある。
(少し気をつけておいたほうがいいな)
巧は警戒レベルを引き上げた。
クソガキって言うけど僕と同学年でしょ、というツッコミは胸の内に留めておいた。
予想通り、増渕のプレーは荒々しかった。
しかし、巧がなるべく彼とコンタクトを取らないように立ち回っていたのと、増渕もさすがにカードの対象となるようなことはしてこなかったため、あまり影響はなかった。
試合も予想されていた通り、前半から咲麗がリードする展開となった。
前半終了時点で三点を奪っており、後半開始早々には巧とのホットラインから誠治がハットトリックを達成して四対〇とさらに点差を広げた。
「はぁ、はぁっ……!」
後半が二十分ほど経過するころには、巧の息はかなり上がっていた。足が重くなってきている。
ベンチでは
だから、それはおそらくこの試合の最後のプレーだった。
目線と体の向きでフェイクを入れてから、反対方向にトラップをした。
完全に相手のマークを剥がした。そう思った瞬間、
「いっ……⁉︎」
巧の足首を激痛が襲った。
たまらず倒れ込み、足首を抑えてうずくまった。
(何これ、めっちゃ痛い……!)
痛みのあまり、声もあげられなかった。
「——巧⁉︎」
「如月っ」
「巧先輩っ!」
仲間の焦った声が聞こえる中、巧の視界の端で増渕がニヤリと笑った。
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