第69話 美少女後輩マネージャーはツーショットを見てニヤける

「す、すみません。私が見たいって言い出したのに、迷惑ばっかりかけちゃって……」


 自分から提案したという事実が心に重くのしかかっているのか、香奈かなの表情は暗い。瞳には雫がきらめいていた。


「大丈夫だよ。ちょっとびっくりはしたけど、全然迷惑なんかじゃないから」


 精神的な疲労感はすさまじいが、迷惑ではなかったというのはたくみの本心だ。

 香奈の表情は晴れない。


「でも……巧先輩。さっき大きなため息吐いてたじゃないですか」

「っ……」


(そっか……それでこんな落ち込んでたんだ)


 天国で地獄な状況から解放されたときに咄嗟に漏れた安堵のため息を、香奈はネガティヴな方向に解釈してしまったようだ。

 巧は香奈の頭に手を置き、目線を合わせてゆっくりと話し出した。


「大丈夫、あれは香奈が考えているようなものじゃないよ」

「……じゃあ、何なんですか?」


 巧は、不安の色が宿ったままの香奈の瞳から少しだけ目線を逸らしつつ、


「いや、まあ、その……女の子に抱きつかれるのはちょっと精神的によろしくないから、解放されてちょっと安心したっていうか」

「えっ……つ、つまり、巧先輩もドキドキしてくれてたっていうことですか?」

「……うん、まあ」


 巧は頬を掻いた。


「……そっか」


 香奈が静かな口調でつぶやいた。

 その表情は先程までの暗いものから一転して、だらしなく緩み始めていた。


 ——巧は羞恥により視線を逸らしていたため、そのことに気づかなかったが、香奈自身は当然自覚していた。


 だが、ニヤけてしまうのは仕方のないことだろう。

 どさくさに紛れて手を繋ぐことは漠然ばくぜんと考えていたし、なんならそのためにホラー映画の鑑賞を提案したわけだが、さすがに腕に抱きついて胸を押し当てようとまでは考えていなかった。


 離れたときに巧がため息を吐いたため、嫌われたのではないかと絶望していたが、彼も意識してくれていたとわかって、香奈の機嫌は某テーマパークの宇宙をモチーフにしたジェットコースターもびっくりするほど急上昇していた。


(もっと意識してほしいな……)


 香奈は思い切って、巧の肩に頭を乗せてみた。


 ——当然、巧は突然のことに動揺した。


「ど、どうしたの?」

「ちょっとこうしてていいですか? 映画怖かったし、巧先輩に触れてるとすごい落ち着くんです」

「……そっか。ならいいよ」

「ありがとうございます」


 肩口から巧を見上げ、香奈が嬉しそうに微笑んだ。


「っ……!」


 巧は息を呑んだ。


(可愛いっ……)


「巧先輩、どうしました?」


 香奈が、どこかニヤニヤしながら尋ねてくる。

 自分の動揺を悟られたことを自覚した巧は、「別に」と視線を逸らした。

 照れ隠しでもあり、本能をダイレクトに刺激してくる香奈の甘い匂いから少しでも意識を逸らすための行動でもあった。


 これだけ密着されていると、いやでも先程の胸の感触を思い出してしまい、巧と同時に生まれた彼のムスコはまたしても主張を始めてしまっていた。

 チラッと香奈に視線を向ける。

 あくまで、彼女が見ていないうちにポジションを修正しておこうとしたためだったが、


(っ……見るんじゃなかった)


 自分の肩にもたれて幸せそうな表情を浮かべている美少女というのは、なかなか精神的にクるものがあった。

 どこか夢見心地な様子ではあったので、巧は心の中で「落ち着け、落ち着け」と繰り返し念じつつ、ムスコの立ち位置を完璧にした。




 膝枕をされているときもそうだったが、人間とは慣れるものだ。

 同じ体勢のまま数分が経過するころには、巧は一定の落ち着きを取り戻していた。


 というより、冷房の効いた部屋で肩から二の腕にかけて人肌を感じているせいか、少し眠気を覚え始めていた。


 ——パシャ。

 不意にシャッター音がして、巧は閉じかけていた目を開けた。

 香奈が携帯で写真を撮ったのだ。


「なんで今?」

「い、いえ、ホラー初鑑賞記念に撮っておこうと思って。ホラー見たぞー、です」

「ホラリラロ〜みたいだね。まあ、香奈はホラーに負けたわけだけど」

「ま、負けてませんもん!」


 香奈がぷくっと頬を膨らませる。


「負けてるでしょ。半分もいってないし」

「ま、まだ前半が終わっただけですっ、後半で巻き返します!」

「えっ、また見る気なの?」

「当然ですっ! ……た、巧先輩と一緒なら」

「出オチしたなぁ」


 香奈の声が尻すぼみに小さくなった。

 巧はくっく、と笑った。


「だ、だって、さすがに一人は無理ですもん〜……」

「あはは、いいよ。香奈が本当に見たいなら、また今度みよっか」

「はいっ!」


 香奈が拳を握りしめた。

 相変わらず負けず嫌いだよねこの子、と巧は苦笑した。




◇ ◇ ◇




「ムフフフ……」


 巧が帰った後、香奈は自室のベッドで携帯を眺めながら一人ニマニマしていた。

 夕食時と先程撮ったツーショットを眺めているのだ。


 特にお気に入りの三枚を複製し、画面に一列に並べる。

 夕食時にどさくさに紛れて撮った巧の頭に顎を乗せている写真と、同じくポーズを決める流れで頬を寄せた写真、そして映画を見た後に巧の肩にもたれている写真だ。


 鹿のポーズをした写真も好きだが、あれはあくまでそれまでの自分の行動がすべて鹿のための布石だったと思わせるためのカモフラージュだ。

 先の三枚に肩を並べるほどのものではない。


「他人が見たらカップルじゃんっ、よくあそこで写メを思いついたぞ私……!」


 香奈は、今ならオタクのデュフフ笑いを完コピできる気がした。


「ンフフ……あっ、そういえば送ってって言われてたな」


 香奈はお気に入りの三枚を除いた中から、特に自分の映りが良いものを厳選した。

 さすがに、顎を乗せたり頬を寄せたりしているような、カップルっぽく見えるのを狙って撮った写真を渡す勇気はなかった。


 写真を送るように言われたときに動揺したのも、それらを見られてはならないと思ったがゆえだった。

 もちろん、映りがいいものを厳選したいというのも紛れもない本心だったが。

 好きな人のフォルダに残るのだ。当然だろう。


 送信しようとして、香奈は思いとどまった。


(巧先輩に意識してほしいなら、一枚くらいはそういうものも送るべきだよね……)


 最適な選択肢は、間違いなく最後の写真だ。

 ホラー鑑賞記念という誤魔化しも巧は疑っていなかったようだし、お気に入りの他の二枚と違って、カップルのような格好をする許可もちゃんと得ていた。


「……うん、女は度胸だっ、えいっ!」


 意を決して送信すると、すぐに既読がついてお礼の返事が送られてきた。


「巧先輩も私との写真を見てニヤニヤしてたり……それはないか。とりあえず送っといてって感じだったし」


 しかし、理由が何であれツーショットを送るように頼んできたこと、そして写真の中の彼の表情を見れば、香奈に対してある程度の好意を持っているのはわかった。


「それに、抱きついたときは意識してくれてたみたいだし、その後も動揺してたっぽかったし……!」


 繰り返し写真を眺めつつ、先程までのことを思い出していると、また下腹部のあたりがうずいた。本日三度目だ。

 香奈はショーツの中にそっと手を差し込んだ。ピチャっという水音がした。


「っ〜!」


(さ、触ってもなかったのに……!)


 香奈は羞恥に頬を赤らめた。

 ——それ以上に、欲情していた。


(もう、ダメだ……)


 香奈は目を閉じて布団を口に押し当て、ショーツに入れっぱなしだった指を突起部分に這わせた。


「んっ……!」


 軽く触れただけで、電流が走るように全身を快感が走り抜けた。

 香奈もたまに自らを慰めてはいたが、ここまでの刺激は初めてだった。


 巧のことを考えていたから、ではもちろんない。それはいつものことだ。


(多分、これまで以上に距離が縮まったからだ……)


 そう思うとさらに興奮してしまい、香奈は夢中になって指を動かした。

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