第18話 秘密の会話

《side:non》


 時は遡り、ルークが目を覚ます前日。

 

『リレリア、一度寝てきたらどうだ?』

「ん」


 フェルの声にリレリアは返事はするものの、ルークの眠るベッドの側から動こうとはしなかった。


 ルークが拠点としている一人用の部屋。

 普段ならばリレリアにベッドを譲ってルークが地面で寝るか、リレリアにせがまれて一緒にベッドで眠るかのどちらかだった。


 だが今は、そのルークが大怪我を負ってベッドを占領している。

 だから、というわけではないが、リレリアには眠るつもりが無かった。

 

 もちろん、本当に倒れたりする前には眠るつもりでいる。

 ただ今は、自分のことを守ってくれたルークの側にいたかった。

 そう考えられる程度には、リレリアという少女は感情豊かであり、ルークのことを信頼していた。


『はぁ……。倒れる前には寝るように。それと血はロックにわけてもらえ』

「うん」


 フェル──ルークに取り憑いているという存在とリレリアは、なぜか気がつけば会話出来るようになっていた。

 フェルの説明によれば、元々フェルとルークは会話していたがフェルの言葉はルークにしか聞こえておらず、リレリアのように他者と会話できたことは無かったらしい。

 

 だが今、なにが原因かは互いにわからないが、フェルとリレリアは会話することが出来るようになっていた。

 なおオーロックに言葉が伝わっていないことを確認したので、今のところリレリアだけの現象だということを二人とも理解していた。


「フェル」

『なんだ?』


 しばらくの沈黙の後。

 今度はリレリアがフェルに声をかける。

 

 フェルは実体を持たないが故にリレリアの視線がフェルを捉えることはないが、もし仮にフェルの実体があれば、リレリアはその視線を指すようにフェルに向けていただろう。


「フェルは、誰?」

『……質問の意図を汲みかねるな。私は私だ。それ以外の何者でもない』


 リレリアの言葉は、いつもどこか言葉足らずだ。

 その言葉の意味をいつもならルークに解説しているフェルだが、今回ばかりは彼女の聞きたいところを理解することが出来なかった。


『もう少し、何を考えて問いかけたのか説明してくれ』

「ん……」


 フェルの言葉にリレリアは考える。

 自分が何を聞きたかったのか。

 何を思ってそう聞いたのか。


「……フェルは、ルークではない、よね?」

『私がルークの別人格かどうか、という話ならば、それは否だ。私は確固たる私を持っている。ルークとは別の存在だ』

「……じゃあフェルは、ルークを傷つける人?」

『……理由を聞いても?』


 リレリアが聞きたかったのはそれだった。

 ルークとは別の人物であり、ルークに取り憑いているというフェル。

 彼が果たしてルークにとっての悪なのかどうか、聞きたかった。


「ルーク、ボロボロだった。たくさん怪我してた。ルークを誰かが傷つけた。それは、フェル?」


 それは、リレリアなりの現実逃避だった。

 大切なルークを傷つけたのは自分ではない、他の誰かだ。

 そう思いたいがゆえの思考だった。

 そして今リレリアがその対象にすることが出来るのは、フェルだけだった。


『……私がルークを傷つけるか否か、についてはなんとも言えない』


 そんなリレリアの心のうちを、彼女より長くの時を存在してきたフェルは理解した。

 理解した上で、彼女の心を解すように直接的にそれに答えるようなことはしない。


『今回ルークが引き出した私の力は強力だった。それでルークが怪我をした部分もあるだろう』

「じゃあ──」

『だが同時に』


 リレリアの言葉を遮って、フェルは言葉を続ける。


『私の力を発揮できたことでルークは助かった。そして、君、リレリアもまた、ルークを助けた。それが全てだ』

「……うん、そう。私がルークを助けた」


 彼女の中の罪悪感を消すことが難しいことをルークは理解していた。

 今回の敵が彼女を追いかけてきていた魔族で、彼女がいなければルークが怪我をすることが無かったのは事実だ。

 そこは否定しようがない。


 だからそこではなく、彼女がルークを助けたという事実でもって、その罪悪感を塗りつぶす。


『リレリア』

「何?」

『魔界の現状について、聞いても良いだろうか』


 フェルの言葉にリレリアは首を傾げる。

 何故フェルがそんなことを聞きたがるのだろうか、という疑問と、そもそも現状とはなんだろうか、という疑問。


「良いよ」


 だがそれでも、答えていいと思うくらいには、リレリアはルークを守ってくれたというフェルに感謝していた。


『ありがとう。では、リレリアの主は誰だった?』

「……わからない」

『会ったことがない、か』


 フェルの言葉にリレリアは首を振る。

 自分たちの王はいた。

 少なくともリレリアはそう聞いているし、それを実感してもいた。


 でもそれが無くなったのだと、姉が言っていた。


「私達は王に捨てられたって。姉さんが言ってた」

『……そういうことか。その後は何をしていた?』


 ヴァンパイアが王に捨てられる。

 それが意味することをフェルは理解していた。

 

 だが、今更慰めの言葉が彼女に届くとも思えない。

 それに、彼女はそのことを克服しているようにフェルからは見えた。


「他の人達に捕まって……ダンジョンで戦って魔石を集めてたりしてた」

『そうか』


 リレリアの言葉から、それ以上魔界の動向について探ることは出来ないとフェルは結論づける。


「フェルは、なんで気になったの?」

『……これでも、昔はあちらにいた身だ。魔界がどうなっているのか、少し気になる部分はある。それに、もしかするとあちらだけの問題ではすまないかもしれないからな』

「ふーん」


 フェルが何にこだわっているかわからないけれど。

 今はルークと一緒にいれたら良いだけの自分には理解できそうもない。

 そうリレリアはなんとなく思って、また眠るルークを見つめる作業に戻るのだった。

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