第13話 来訪者との遭遇

 一つ前に参加していたパーティーとの再会から一夜明けた。

 少しばかり会話で不快になる部分もあったが、かと言ってそれで探索を休む理由にはならない。

 あの程度の会話でストレスを感じる程度には俺はまだガキだが、そこを割り切って探索に集中出来る程度には大人だ。


 そしてリレリアとは特に話をしていない。

 俺のことを信頼してくれている、というか色々と大切に思ってくれていることはわかったが、そのことについて俺の方から色々と聞くのははばかられる。

 そう思っていたのだが。


「リレリア、そこまでくっつかれると歩きづらい」

「うん、わかった」


 ダンジョン内を探索しているにも関わらず、リレリアが事あるごとにくっついてくる。

 これはどうしたことだろうか。


「……なんで急にそんなくっついてくるんだ?」

「昨日、私がルークの代わりに怒ったとき、ルークは驚いてたから。伝わってなかったのかと思った。だから、スキンシップ?」

「待て、お前のその中途半端な知識どこから来てるんだ」


 俺のことを大切にしてくれていて、それを表現してくれようとしているのは理解できた。

 だが何故それをスキンシップで伝えるということになるのか。


「姉さんから」

「姉さん、お前の姉か?」

 

 俺の返答にリレリアはこくりと頷く。


『ルーク、彼女たち夜の王ノスフェラトゥの眷属にとっての姉妹、兄弟とは同じ王を抱く眷属を指す。関係性についてはそれぞれだが、人のそれとは違うぞ』

「俺の心を普通に読むお前にびっくりだよ」


 俺が『姉っていうと、血縁の?』って聞こうとしたことを察してのフェルの言葉は、相変わらず俺のことをよくわかったものだ。

 

「相手に大好きだよって教えるために抱きしめるって、教えてもらった」

「絶対それ途中で色々省かれてるだろ……それか教えた方もどうかしてる」


 いや、女性同士の姉妹なら特に問題はないのか?

 だが他人の男にやって良いことじゃないだろう。

 

 なんて考えてみるが、そもそも魔族って人間と同じ男女の区別あるんだろうか。


『流石に人型の魔族にも性別はあるぞ。一部性別の無い魔族もいるが』

「さいで」


 だから何故お前はそんなことを知っているのか。

 だがそれならなおのこと、リレリアが俺にベタベタとひっつくのは彼女の教育上もあまりよろしくない。


 俺がこんな思考になっているのはリレリアをどこか妹か娘、まあ要するに保護すべき存在だと思っている部分があるからだろう。


「はぁ……。とにかく、探索のときは離れてくれ」

「わかった。夜はくっついても良い?」

「……少しだけな」


 そしてそんなリレリアに大切な存在だと思われていることを、どこか嬉しく思っている自分がいる。

 彼女と過ごし始めて二週間ほど、俺もかなり彼女に絆されてきているのかもしれない。


 と、道中差し掛かった広間で壁からメキメキと罅の入る音が響く。


「来るぞ」

「ん」


 俺は腰の鞘から剣を引き抜き、リレリアは血の手ブラッド・ハンドを出現させる。

 そう言えば、彼女は能力であるそれはよく使っているが、本体では武器を使わないのだろうか、なんて疑問をいだいているうちに壁が砕けて、中からモンスターが出現する。


 アシッド・バグ。

 数日前に俺を負傷させ、撤退させる要因となったモンスター。

 

 それが多数と、そしてもう一方の壁からは一体だけ生み出された大型のモンスター、オルク。

 豚、あるいはイノシシのような顔つきに凶悪な牙を持ち、筋肉と脂肪によって肥大化した肉体を持つ大型のモンスター。

 その腕には鉈、あるいは包丁のような刃物を持つ。


「ルークは、あっち。こっちは、危ないから私」

「はいよ」


 リレリアの指示に従って、俺はアシッドバグの群れを相手しに向かう。

 そしてリレリアはオルクを一人で相手しに行く。


 これは少しばかりどうにかしたい現状なのだが、実は現在の俺はリレリアから守られている状態にある。

 以前アシッドバグを相手に負傷したり、その後も幾度か慣れない能力を使った戦闘で負傷することがあった結果、俺よりも戦闘能力が高く戦闘に慣れているリレリアが俺に対して過保護を発揮しているのだ。


 ぶっちゃけ男であり年上であり保護者でもある俺としては、女の子で外見上年下で被保護者のりレリアに守られているのはちょっと釈然としないというか普通に恥ずかしい。

 だがリレリアもここには拘りがあるようでなかなか譲ってくれない。

 そんな状況が続いている。


 まあその一端は、昨日の前のパーティーリーダー相手に彼女が言った言葉やさっきの会話である程度わかったのでそこから改善していくとして。


 まずは目の前の戦闘だ。


「はっ!」


 左右の鉤爪をかかげてこちらを威嚇するアシッドバグに対して、俺は真っ向から切り込んで一体の頭部を切り裂く。

 続く一体とは切り結び、そのまま前蹴りで体勢を崩して胸部に刺突で仕留め、一旦ダッシュで離脱する。

 

 直後に俺がいた場所に他のアシッドバグが腹部、というか尻尾部分から放った酸性の液体が着弾し、シューシューと音を立てて地面を僅かに溶かす。

 俺の今の装備ならば、おそらく剣以外は全て溶かされる。


 これがあるのでアシッドバグはなかなかに油断ならない相手なのだ。


 だがそれでも。


「俺の敵じゃないな!」


 戦い慣れさえしてしまえば、今の俺ならば問題なく対処できる。

 剣の一撃によって鉤爪を弾き胴体を攻撃し。

 フェルの能力によって向上した身体能力で移動を繰り返すことで攻撃を回避する。

 

 酸性の液体を飛ばしてくるとはいえそれは単射でしかなく攻撃速度も大したことはない。

 少なくともフェルの能力によってステータスが大幅に向上した俺からしてみれば。


 アシッドバグはその装備すら溶かす酸性の液体という特殊な力でこの第七層の主要なモンスターとして君臨しているが、逆に言えばそれに対処出来てさえしまえば恐ろしい敵ではない。


 怖いのはむしろ──


 直後に後方から『ゴガンッ』と地面の砕ける音が響く。

 アシッドバグを更に一体葬りつつ視線を向ければ、オルクの振り下ろした剣が地面に突き刺さっていた。

 

 リレリアはうまくオルクをあしらい負傷させているようだが、ぶっちゃけ俺はアシッドバグのような慣れればどうにかなるモンスターよりも、オルクのようなシンプルに強いモンスターの方が怖い。


「終わり」


 だがそんなモンスターも、リレリアにかかってしまえば子供の手をひねるように片付けられる。

 一つのブラッド・ハンドでオルクの剣を弾き飛ばしたリレリアは、もう一方のブラッド・ハンドでオルクの喉元を貫く。

 

 それで終わり。

 あっけないものだ。


 一方俺の方も安定してアシッドバグを始末して戦闘は終わった。


「お疲れさま、ルーク」

「お疲れ。悪いな、いつも強い方を相手してもらって」


 俺の言葉にリレリアは頭を振る。


「ルークは私が守るって決めたから」


「へえ。守られてばっかりだったお前がねぇ」


 直後。

 広間に響いた声にリレリアが勢いよく振り返る。

 振り返る頃には、彼女は既に戦闘状態に入っていて。


 それに触発された俺は、赤い視界の中でダンジョンの奥から現れたそいつらを見た。


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