【4話】スレンダー美少女


 二人の追手の処理を、ユウリは無事に終えることができた。

 これで安心して休憩――といきたいところだが、そうもいかない。

 

 追手がこの二人で終わりとは限らない。

 他の追手と遭遇しないためには、もっと先まで進む必要がある。

 

(別に見つかったところで大丈夫なんだろうけど……)

 

 先ほど殺した二人の追手は、【勇者覚醒】を発動したユウリを前に手も足も出ていなかった。

 他の追手の実力が先ほどの二人と変わらないようなら、問題なく処理できるだろう。

 

 だが、ユウリの目的は人殺しではない。

 モルデーロ王国の追手が来ないような場所まで行き、身を隠すことだ。

 もちろん必要があれば殺すが、できるだけ不要なトラブルは避けたいと思っている。

 

 そうして先を進もうとしたユウリだったが、ここである異変に気付く。

 

「あれ、消えた……」

 

 【勇者覚醒】を発動したことで全身に纏っていた淡い白色の光が、パッと消えてしまったのだ。

 

 自身の体に【勇者覚醒】を発動してから、三分ほどが経っている。

 一定時間経過したことで、効果が消えてしまったのかもしれない。

 

「試してみるか」


 近くに生えている大木の幹を、右手で殴りつける。

 【勇者覚醒】の効果が残っていれば、幹に大穴を空けるくらいはできるだろう。

 

 しかし、幹はびくともしなかった。

 まるでダメージを受けている様子がない。

 

 反対に、殴りつけたユウリの拳はジンジンと痛んでいる。

 思った通り、【勇者覚醒】の効果は消えてしまっていたようだ。

 

「三分の時間制限つきか。これからは気を付けないとな」


 【勇者覚醒】を発動していないユウリは、だだの非力な少女。

 今後【勇者覚醒】を発動する際には、常に時間を気にしておく必要があるだろう。

 

「……それにしても痛いな」

 

 ジンジンと痛む右手をさすりながら、ユウリは山の中を進んでいく。

 

******


 それから二日後。

 

「……よし、終わった!」


 あれ以降追手に遭遇することなく、ユウリは無事に山を降りることができていた。

 

 山を降りた先には、草木生い茂る緑の平原が広がっていた。

 空に浮かぶ真っ赤な夕日が、平原の緑を茜色に染めている。

 

 さらなる遠くには、街らしきものが見える。

 

(とりあえず、あそこへ行くか)

 

 ろくに休憩も取らず山道を歩いてきたので、体はもうへとへと。ゆっくり休みたい気分だ。

 街に入れば、少しは落ち着けるかもしれない。

 

 遠くに見える街を目指し、ユウリは平原を歩き始めた。

 

 

「オオオオオ!!」


 平原を歩いていると、大きな咆哮が消えてきた。

 獣のような叫び声だ。

 

 突然聞こえてきたその声に、ユウリは足を止める。

 

「いったいなんだ……?」

 

 声が聞こえた場所は、ここからそう離れていない。

 気になったユウリは、その方向へ向かった。

 

 そこにいたのは、赤色の人型モンスター。

 鬼のような、厳つい顔をしている。

 巨大な体躯には、隆々とした筋肉がパンパンに盛り上がっていた。

 

 その赤色のモンスターの対面には、一人の少女がいる。

 

 背中まで伸びている艶めく茶色の髪に、エメラルドのように美しい緑色の瞳。

 15歳くらいの見た目をしている、すらっとしたスレンダー美少女だ。

 

 両手で剣を握るスレンダー美少女は、赤色のモンスターと向き合うようにして立っている。

 斬りかかろうと、タイミングを図っているのだろうか。

 

(いや、違うな)

 

 ガタガタと体を震わせているスレンダー美少女は、及び腰になっている。

 強張った顔には、大きな怯えと恐怖が色濃く浮かんでいた。

 

 赤色のモンスターに襲われている、と見るのが妥当だろう。

 

 こんな時、ユウリの取るべき行動はたった一つだけだ。

 目の前で美少女が困っているのなら、迷わず助ける。それ以外の選択肢なんて最初からないのだ。

 

「うぉおおおお!!」


 【勇者覚醒】を発動。

 山中で拾った木の棒――ヒノキノボウルグ(ユウリ命名)を片手に地面を蹴り、赤色のモンスターめがけ一直線に向かっていく。

 

 その速度は人間の域を遥かに逸脱しており、とても目で追えるものじゃなかった。

 

 スレンダー美少女と赤色のモンスターの間に、割って入ったユウリ。

 

 突然目の前に現れたユウリに、赤色のモンスターは驚きの表情を浮かべた。

 

「くらえ!」

 

 赤色のモンスターの腹部めがけ、ヒノキノボウルグで殴りつける。

 

 ユウリの攻撃に、赤色のモンスターはいっさい反応できていない。

 攻撃速度が速すぎて、見えていないのだろう。

 

 ヒノキノボウルグが、無防備な腹部に直撃。

 

 ブチブチブチ!

 繊維が断裂するような音ともに、赤色のモンスターの巨大な体が吹き飛んでいく。

 

 仰向けで地に伏した赤色のモンスターは起き上がるどころか、ピクリとも体を動かさない。

 ぐったりとした顔面からは、完全に生気が失われていた。

 

「すごい……あのオーガをたった一撃で」


 地面に伏せている赤色のモンスターを見るスレンダー美少女は、呆然とした表情を浮かべていた。

 

「おい、怪我はないか?」


 声をかけると、スレンダー美少女の視線がこちらへ向いた。

 

「……!」

 

 ユウリを見るなり、両手で口元を抑えるスレンダー美少女。

 雷に打たれたかのように、背筋がビクンと大きく跳ねた。

 

「か、可愛い……!!」

 

 いっぱいに見開かれた緑の瞳には、ありったけのハートマークが浮かんでいた。

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