中の下
女子高生で友人関係の春野裕美と秋沢啓子が、お正月に一緒に初詣に赴いた。
「あ、おみくじあるよ。やろうか?」
「ほんと? やるやる」
「どう?」
「吉。まあまあだな。そっちは?」
「やった、中吉だ」
「中吉で喜ぶなんて、めでたいね。私より下だし」
「はあ? 中吉のほうが上でしょ」
「違うよ。知らないの? 吉のほうが上なんだよ。大吉、吉、中吉、小吉の順なの」
「うそー。大吉、中吉、小吉、吉の順でしょうよ」
「だから、違うんだって」
「おかしいじゃん。なんで大・中・小の間に一つ入んの? それじゃあ、中が中の役割になってないじゃん。『中の下吉』でなきゃ変になるじゃん。絶対勘違いしてるんだよ」
「間違ってないと思うけど。じゃあさ、もう一枚ずつ引かない? それで、どっちが良かったか、決着をつけようよ」
「いいよ。望むところ」
「どう?」
「うわー、最悪。凶だ。そっちは?」
「……ちゅうきょう」
「はあ?」
「中吉の中に、凶で、『中凶』。どっちの勝ちなの?」
「……わかんない。もういいよ、別の話しよう。クイズね。この世で最強の動物は、なーんだ?」
「え? トラ? ゾウ? ライオン? ゴリラ? 何かなー?」
「答えは人間でーす」
「なに、それ。つまんない」
「じゃあ、その人間のなかで、さらに最強なのはどんな人たちでしょう?」
「どういうこと、それ? 相撲取り? 総合格闘技のチャンピオン?」
「全然違うよ。普通に戦って強いなら、人間よりトラなんかのほうが上でしょ。学習しなきゃ」
「だったら、賢いのがいいってことか。誰? アインシュタインみたいな科学者とか、囲碁や将棋のトップとか……。ちゃんとした正解はあるんでしょうね?」
「正解は、普通より低めの、『中の下くらいの立場の人たち』でしたー」
「なーに、それ。訳わかんないし、また中の下って、ふざけてんの?」
「真面目に言ってるよ。いい? 筋肉を使えば使うほど体は鍛えられるように、頭を使えば使うほど脳は鍛えられて、人は賢くなるんだよ。じゃあ、人はどういうときに頭を使うかというと、何か不都合が生じたとき。例えば、やりたいことができないとか、やりたくないことをするように強制されたときとかね。弱い立場の人のほうがそういった機会は多いでしょ」
「待って。強い立場でも頭を使う人はいっぱいいるじゃん。ボンボンの子は親に甘やかされて駄目ってイメージはあるけど、実際はハングリー精神がありそうな貧しい家庭育ちより金持ちの子のほうが良い学歴の割合は大きいんだよ」
「違うの。学歴が良かったりする上の立場の人たちは、お金を稼いだり、他人に評価される考えを用意できたりするだけで、本当にどうあるべきなのかとか、物事の本質といった、深いところまでは考えたことがない可能性が高いんだよ。だって、基本、現状のままでよくて、そんなことを考える必要がないから。あと、じゃあものすごく貧乏だったりする、下の下とかのほうがいいんじゃないかと思うかもしれないけど、それだと精神的につら過ぎて、金持ちイコール悪人みたいな極端な考え方になってしまったりしがちなの。だから、中の下くらいの少し低い立場の人が、一番まともに物事を判断できる確率が高くて、最強なわけ」
「ふーん。あ、それであんた、自分の顔も中の下にしてるのか」
「そうそうそう……って、誰がちょいブサイクだよ。もういいわ」
仲が良くて、しゃべるのが大好きな二人は、勉強嫌いで成績がともに中の下なこともあって、漫才のコンビを組んでお笑いの道に進むことにした。
「コンビ名は私たちの名前にちなんで、『春秋戦国時代』でどう?」
「うーん、中の下だな」
「それはもういいっつーの」
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