第19話「鼻血が出ています」
驚いた柚姫が葉緩をじっと見つめる。
葉緩は柚姫を見るや否や飛びつくように駆けていった。
「姫ぇええ! 大丈夫ですかぁ!? 怪我は……やだ、鼻血が出てます!」
体操着のポケットからティッシュを取り出し、柚姫の鼻に押し付ける。
声をあげながら泣き出し、柚姫に抱きついた。
「ふええん、姫の愛らしいお顔がぁ……」
「な、なんでティッシュを」
「なんでもありますよ! いざと言うときのために準備万端です!」
どやっと鼻息を鳴らし、誇らしげに笑う。
(なーんて、大体は白夜に持たせてるけど)
自信に満ちた葉緩におかしくなり、柚姫はクスクスと笑い出す。
「ふふ、葉緩ちゃんらしいや。ありがとね」
「……はいっ!」
きっかけは桐哉の想い人だったからかもしれない。
だが今は柚姫を特別大切な友人だと思い、いとおしかった。
懐いた猫のように柚姫に擦り寄り、葉緩は満悦に微笑む。
「よ~つ~い~!」
その時、ちょうど体育館を離れていた教師の橋場が戻ってくる。
葉緩のもとへ歩み寄り、葉緩の攻撃で負傷した生徒たちをチラ見して怒声を浴びさせる。
「お前は何しとるか! 明らかに悪意があったぞ!」
「友達傷つけられて怒らないのは無理があります!」
橋場の説教に葉緩は反抗する。
橋場は柚姫への攻撃現場を見ていなかったようだが、それとこれは別問題。
葉緩にとって重要なのは“柚姫の心”であった。
柚姫を守るためならば、葉緩にとって怖いものなどない。
「私は悪意を持って攻撃しました。その報いとして今、先生に怒られているのです」
あっけにとられる橋場に葉緩はニッと口角をあげる。
「因果応報になるかはわかりませんが」
「う、うーん……」
たしかに葉緩は女子たちに悪意をもって攻撃した。
葉緩にとって許せない行動を取ったからである。
その報いとして教師に怒られる、これでスッキリ解決とこじつけに決めた。
困り果てる橋場に、意地で睨む葉緩。
すると柚姫がふぅと息を吐き、擦れた足元に指をすべらせながら立ち上がる。
「姫?」
一人で進みだす柚姫に葉緩は不安げに背中を追う。
柚姫は落ちたボールを拾うと、深呼吸をし、そして両手でそれを思いきり投げた。
葉緩の攻撃により、うまく身動きのとれない女子たちに力いっぱいボールをぶつけていた。
「いったーいっ!?」
「ちょっと、徳山のくせに何するのよ!」
柚姫の攻撃に吠える女子たち。対して柚姫は静かに冷ややかに見下ろしていた。
「いじめてきたことへのお返しだよ。あたしが感じた痛み、こんなものじゃないんだから」
柚姫は一年生の時、陰ながらにいじめを受けていた。
陰湿な行為は人目に付くことなく、水面下で行われていた。
聞こえてくる笑い声に何度も耳を塞ぎ、俯いてばかり……。
「だから罪を罪のまま残してあげる。もうあなたたちなんて怖くない」
そんな柚姫に希望の光を差してくれたのが桐哉と葉緩だった。
孤独だった柚姫に声をかけてくれたのが桐哉。
そしてはじめて友達として傍にいてくれるようになったのが葉緩だと、よく語ってくれた。
柚姫の熱い想いと、強くなった姿に胸をうたれて葉緩の視界がにじんだ。
「味方になってくれる友達がいると、それだけで勇気が湧いてくるね。とても素敵なことを学べたよ。ありがとう」
にっこりと微笑む柚姫に女子たちはゾッとしながら吠えることをやめなかった。
「な、何なのよ、ウザッ! 毒山のくせに!」
「やばい、鼻血が止まらないよぉ……」
「ほら、保健室行くぞ。話はそれからだ」
状況を察した橋場がため息をつき、女子たちの腕を引き上げる。
そして生徒に片づけを指示し、怪我をした女子たちを保健室へと連れていく。
事が落ち着き、柚姫は安堵の息をつくと葉緩へと振り返る。
その笑顔はとても晴れやかものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます