追手

「髪を切っただろうとは思ってたけど、色まで染めてたのね。その上、オーシャンティアの王子まで連れて……道理でなかなか見つからないわけだわ」


 エメルは忌々しそうな目で私を睨む。

 ディーが私たちをかばうようにして、前に立った。


「どうして、私たちのことが」


 彼女にとって、私の赤毛は予想外だったようだ。

 変装後の姿がわかっていないのに、どうやって居場所を突き止めたのだろう。


「私には鼻のいいペットがいるの。ねえ、スニフ」


 ぬう、と茂みの奥からさらにもうひとり、人影が現れた。

 その異様な姿に私もルカも息を呑んでしまう。

 ぼろぼろの服を着た体は人間と同じ。しかし、彼の灰色の頭の上にはネコのような三角の耳がついていた。腰の後ろでも同じ灰色の毛の生えたしっぽがゆれている。


「獣人……そういうことですか」


 ディーがスニフと呼ばれた灰色のネコミミ青年を睨む。


「北の霊峰には、濃い魔力の影響で獣のような姿と特殊なスキルを身に着けた、『獣人』と呼ばれる種族がいます。そのうちのひとりを捕らえて、隷属させているのでしょう」


 スニフの首と両手は鉄の鎖でつながれていた。

 真っ当な部下じゃないのは、明らかだ。


「獣を捕らえて使役する。狩りをたしなむ部族なら、誰でもやっていることだわ」

「彼らは耳としっぽがあるだけの、ただの人です。決して獣などではありません」


 ディーが静かに告げる。

 女神とつながっているディーは、この世界の真実にもつながっている。

 彼が獣人を人だと言うのなら、本当に人なんだろう。

 だとしたら、この仕打ちはあまりにむごい。


「だから何? ここで死ぬあなたたちには、関係ないことでしょう」


 エメルはにい、と真っ赤な唇を吊り上げる。


「スニフ、殺しなさい! 全員!」

「ウゥ!!!」


 エメルの鋭い声に反応して、灰色の獣が駆け出した。鋭い爪の生えた手をディーに向かって振り下ろす。

 ディーは荷物を盾にして、その一撃を受け止めた。


「ディー!」

「走って!」


 ディーの声に余裕はない。

 街でごろつきに絡まれた時と大違いだ。

 それだけ手ごわい相手なのだろう。

 彼の邪魔にならないよう、私とルカはエメルたちとは反対の方向へと、道を駆け出した。

 ふもとまで降りれば、村がある。

 そこまで行けば助けを呼べるだろうか?

 しかし相手はイースタン王子の婚約者だ。逆に村人が敵に回ってしまうかもしれない。

 どこへ逃げるのが正解なのか、判断がつかなかった。

 それでも、足を止めるわけにいかない。

 とにかく彼らから少しでも距離を……。


「止まってください!」


 女神の叫び声で、はっと我にかえった。

 私はその言葉に突き動かされるようにして、前を走るルカに飛びついた。


「うわっ!」


 私はルカを抱きしめたまま地面に転がる。

 そのすぐ上を、鋭い何かが薙いでいった。


「は……?」


 あわてて顔をあげる。

 そこには黒い人影があった。

 黒い毛並みの人物の頭にも、灰色の獣人と同じ三角の耳がある。腰の後ろでは、黒いしっぽがゆらめいていた。

 獣人は、ふたりいた。

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