危機一髪
最初に考えたのは、落ちたら絶対怪我をする、だった。
腕でも足でも、大きな怪我をしたら脱出どころじゃなくなる。
それに、こんなところで騒いだら衛兵にすぐ見つかって……!
最悪の事態を予感し、身をすくませた私の腕を、何かが力強く引っ張った。
「ぐっ……!」
手すりに乗ったディーが私の服の袖を咥えていたのだ。
「よいっ……せっ!」
驚いている間に、ディーは体に似合わぬ怪力で私を引き上げ、ベランダに引っ張り込む。
「はあっ……」
「コレット、大丈夫か?!」
後ろからついてきていたルカも、ベランダまでやってきた。
私はどうにかこうにか頭をあげる。
「な……なんとか……。助けてくれてありがとう、ディー」
「本当に危険な時には手助けする、と言ったでしょう。救助の手段も考えずに、あなたを誘導したりはしませんよ」
有言実行の従者、優秀すぎる。
「でもディー、助けてもらっておいてなんだけど、こんなことして大丈夫だった? その小さな体で私をひっぱりあげるなんて、奇跡の力を使わないと無理でしょ」
まだ赤ちゃんサイズのユキヒョウの体重は、どう見積もっても5キロに満たない。物理的につじつまの合わない現象だ。
つじつまの合わない現象を起こす力のことを奇跡と呼ぶ。
「その点はお気になさらず。この体に限って言えば、もともと女神の力で作られているぶん、重量やパワーを操作しやすいんです。力はさほど消費してませんよ」
「逆に、その体でフォローしやすいと思ったから、壁移動ルートを提案してたのね」
優秀な従者は、どこまでも優秀だ。
「ここからはどうするんだ?」
ルカがベランダを見回した。
壁移動が終わってほっとしてたけど、私たちはただ隣の建物に移っただけだった。母国までの道のりはまだまだ長い。
「これ以上外壁を移動するのは無理でしょう。ベランダのドアから中に入ります」
「鍵開けはディーの専売特許だもんね」
物理的な装置の操作は、女神の力と相性がいい。
「入ったあとはどっちに向かう?」
「そうだね……」
ルカの問いかけに、私は首をかしげた。
ゲームの記憶が確かなら、ここから城門まではかなり距離があったはずだ。衛兵も、相当な人数が配備されてるはず。
そして、外に出たあとにも課題がある。
私たちの目的地は隣国サウスティだ。国境まで、何日もかけて移動しなければならない。
「旅をするなら、マントとかナイフとか、私たちが使える装備がいるわね……」
「いや装備より何よりもまず、金だろ」
「……確かに。道具に足りないものがあっても、最悪お金さえあれば、なんとかなるか」
逆にお金がなくて困る状況はいくらでもある。
私は子ユキヒョウを振り返った。
「ディー、お金は出せないんだっけ?」
「無から有を生み出すのは、かなり高度な奇跡になります」
ですよねー。
困り顔になる私たちを見て、ふふんとディーは長いヒゲをそよがせた。
「ですが、すでにあるものを入手するのは、そう難しくありません。倉庫に寄って、いくらか拝借していきましょう」
それ、泥棒って言わない?
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