夏だ!祭りだ!①

「こんばんは、茂部くん!」


 夜、夏祭りの日。待ち合わせ場所のコンビニで楓真たちを待っていると、明るい声と駆け寄る足音が聞こえてきた。スマホから視線を上げる。


「おー、やっ……ほー……」


 目を疑った。浴衣姿のイケメンが三人もこちらに向かってきていたから。数秒経って、ようやくそれが楓真たちなのだと認識できた。心做しか、周りの待ち合わせ目的だろう人たちもざわついているように思える。


「茂部くんも浴衣なんだね! 似合ってるよ!」


「うん、色もすごく合ってる。ね、陽真?」


「……っは、はい。新鮮で……良いと、思います」


「あはは……ありがとう」


 彼らが浴衣で来ると言うから、この日のために買ったそれ。陽真くんも訥々と褒めてくれたけれど。横に並ぶのは、すごく、場違いな気がする。「声かけてみる?」「あの人友だちなのかな」なんて声が周りから聞こえる。注目を集めていたのは間違いではなかったらしい。

 早いところここを離れた方がいいだろう。この前の海での二の舞になってしまう。


「じゃあ、ええと……行きましょうか」


「うん! 俺すっっごく楽しみにしてたんだ、早く行こ!」


 弾んだ声とともに手を取られて、賑やかな通りへ急ぐ。近づくにつれて大きくなる人々の声と、祭囃子の響きの非日常感に──俺も胸が弾んだ。





「うわあ……いろいろある! うう、なにからやろう……!」


「っはは、時間はいっぱいあるから。ゆっくり見てこうよ」


 かき氷やお好み焼き、流行りの食べ物に射的やくじ引き。どれもこれも魅力的で、次から次へと目移りしてしまう。ああ、ボタンを押すとキラキラ光る棒なんかも童心が擽られる。後で要らなくなる予感がするから、理性を総動員させて欲を抑えた。


「……僕、チョコバナナ食べたいです」


「ふふ、陽、ほんと甘いもの好きだね」


 おずおずと陽真くんが言う横で、優真さんが愛おしそうに笑う。甘いものが好きなんだ、意外だ。……かわいい、と口走りそうになった言葉を引っ込める。


「いいね。俺も食べようかな」


「……茂部さんも、好きなんですか」


「うん。お菓子とか、人並みに好きだよ」


「…………へえ」


 興味無さそう!!

 素っ気ない返答に頭を抱えそうになる。……だが、前よりはずっと慣れた。相変わらずの反応に、苦笑する。こうして笑えるほどには、陽真くんという人を理解できるようになった。俺たちの関係も、少しづつだが変化が生じてきたように思う。


「じゃあ、卵焼きのお礼に今度チョコでも作ろ──」


「俺が見てる前で作って。茂部くんの口に入るものだから、さすがに監視するよ」


「信用無さすぎじゃない?」


 容赦のない楓真の言葉と、傷ついたような優真さんの声。兄弟の応酬に、笑ってしまう。そんな話をしていればすぐに順番は来て、結局俺たちは皆してチョコバナナを頬張った。


「んー、うま!」


「うん、美味しいね」


「久々に食べたなあ、おいしー!」


「……おいしい」


 一口かじって、へにゃ、と陽真くんが笑う。本当に甘いものが好きなのだろう、普段は見れないほどに柔らかい笑顔だった。

 ふと、気づく。相好を崩した彼の口端に、チョコが付いていて。


「付いてる、よ…………」


 楓真にするように、俺はいつもの習慣で。それを指先で掬って、自分の口に運んだ。運んでしまった。


「……大胆だね、茂部くん?」


「~~~~~~ッッ!! な、なにしてるんですかッ!!」


 優真さんの含みのある言い方に背筋が凍った。陽真くんが顔を真っ赤にして怒る。当たり前だ。さすがに気持ちが悪すぎた。苦手な相手にそんなことをされれば尚更だろう。


「すみません本当にすみません!! いつもの──」


 癖で、という言葉を飲み込む。あ、殺される。夏、肌にまとわりつく暑いはずの空気が、一気に何度も温度が下がったように思えた。


「……なるほどね。そっか、へえ……」


「あはは、いつも俺顔に付けたの取ってもらうもんね」




 楓真やめてくれ!!!




 優真さんはもう察していたようだが、トドメが刺された。照れたように笑う楓真を、信じられないものを見る顔で陽真くんが見つめる。言葉を失っているらしい。本当にごめん。もうしないので許して欲しい。


「じゃ、食べ終わったら向こうの店も見ようよ!」


 微妙になってしまった空気を、楓真が変える──までは行かなくとも、濁してくれた。意図してはないだろうが、その場はなんとか収まった、ように思えた。

 なんだか、今日は特にまずい気がする。なにがかはわからないが、なにかとんでもないことが起きる予感がする。収まらない胸騒ぎに、小さく息を飲んだ。

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