第9話 一難去ってまた一難

 ショアランド平原にて、ロルフ・ハインリッヒが討ち死にする。


 ロルフ・ハインリッヒを討ち取った男は、それ以外には目もくれず戦場から立ち去った。


 残されたロルフ・ハインリッヒの亡骸を抱えて、オダ郡に無事に戻った兵数は500。


 出陣した10分の1である。


「そんな、嘘よ。ロルフ、目を開けて、なんで、なんで、こんな事に。だから、今回は嫌だと言ったのよ」


 マーガレットは、魂の抜けた亡骸となったロルフに縋り付いて、泣いた。


 マーガレットがロルフと婚姻したのは、今から12年前、16歳の時であった。


 その頃は、ロルフの父であるラルフがオダ郡を治めていた。


 2人の婚約をきっかけに隠居するつもりであったが、此度と同じくガルディアン王国の要請に従い、出陣するも奮戦虚しく討ち死にした。


 その最後は、奴隷や兵たちの多くの命を救ったのである。


 16歳で家督を継ぐこととなったロルフは、父が死んだのは、奴隷のせいだと糾弾し、奴隷は領主の盾となり死ぬモノであるべきだと。


 そして、今日まで12年に及ぶ奴隷の人権が全くない状態となっていた。


 そして此度も奴隷と士族の率いる兵500が生き残ったのである。


 彼らの胸倉を掴み罵声を浴びせるマーガレット。


「どうして、汚い奴隷と貴族を守るのが当たり前の士族の兵がのこのこと帰ってきてるのよ!貴方たちが。貴方たちが。貴方たちが死ねば良かったのよ!」


 静寂していたその場にパチーンと音が鳴った。


「坊ちゃん、何をしておられるのですか?」


「このクソアマ、今の言葉を取り消さぬか!」


 マーガレットに平手打ちをしたのは、サブローだったのである。


「サブロー、何故、薄汚い奴隷や士族の肩を持つのです!この者らが、この者らがロルフを。貴方の父を殺したのですよ!」


「断じて否である!この者らは父の言いつけ通り持ち場を死守しておったわ!何も知らず勝手なことを申すでないわ!」


 その場にいたヤスやヤスを助けた士族の男がサブローが何故、そんなことを知っているのかと驚愕の顔をしていた。


 その疑問を解決してくれたのもマーガレットである。


「どうして、サブローがそんなことを知っているのよ!戦場に立ったこともないくせに!勝手なことばっかり言わないで!」


「全て見ていたさ。ショアランド平原を見渡すタタラサンの頂上からな」


「!?いつ、貴方は今日も書斎にて、お勉強していたはずでしょ!」


「抜け出したわ!マジカル王国とガルディアン王国、それにアイランド公国、どのような戦をするのか興味があったのでな。それよりクソアマ、まだ謝ってもらっていないが」


 サブローが鋭い眼光でマーガレットを睨む。


「母親に対して、なんて口の聞き方なのかしら。そちらこそ、言葉遣いを改めるのが先ではなくて!」


「うーむ。それもそうだな。母よ。先ほどの言葉、取り消してもらおうか」


「嫌よ。ロルフが死んで、薄汚い奴隷と何の役にも立たない士族なんて、必要ないわ。貴方たちはクビよ。クビ」


 サブローは、目を閉じて天を仰いだ。


「全く。つくづくこの世界は狂っている、な。あの愚かな父にぴったりの女だ。うぬは!全く、何もわかっておらぬ。今、このオダ郡に危機が迫っていることをな!ヤス、それとお前、名はなんと申す?」


「サブロー様、俺たちのために矢面に立つなど」


「俺の名は、タンダザークと言います。騎兵を率いております。坊ちゃん、模擬戦以来ですが覚えておられますか?」


「ヤスよ、自分を卑下するでない。タンダザーク、勿論覚えておるわ。久しいな。それにしてもええい長ったらしいわ!うぬは、今からタンザク(短冊)と名乗るが良いわ。それにな。ワシは、うぬたちの身を案じるからこそ矢面に立つのだ。それが為政者というものだ」


「全くサブロー様は、大馬鹿者ですよ」


「タンザク?まぁそう名乗れと仰られるのでしたら名乗らせていただきます。坊ちゃん、いえサブロー様のため、この命を燃やし尽くす所存」


「うむ。頼りにしておる。うぬらも何をしておる。戦はまだ終わっておらぬわ。間も無くここに隣接するナバル郡とタルカ郡が攻めてくるのじゃ。すぐ支度をせい」


「サブロー、何を言ってるの?どうしてアイランド公国に属する私達が同じアイランド公国に属しているナバル郡とタルカ郡に攻められなきゃならないのよ!」


「それは、この愚かな父が無謀にも多くの兵と共に己が命も失ったからじゃ!王が居るといってもその実、アイランド公国は、多くの郡からなる共和制じゃ。弱った郡を奪って、大きくしたいと考えるのは当然のこと。未曾有の危機に、この愚かな父のために泣く時間が惜しいわ!」


 よもや。この世界でもこのようなことをしようとはな。


 サブローは、遺灰の代わりに地面の砂を掴んで、父であるロルフの亡骸に投げつけた。


「ワシから愚かな父への手向たむけじゃ。受け取れい」


「あぁ、なんて事!サブロー、気でも狂ったのですね。マリー、マリー、サブローを閉じ込めておきなさい!」


「マーガレット様、申し訳ありません。少しお眠りを」


 マリーがマーガレットの首筋を叩いて気絶させる。


「でかした。褒美に金平糖を追加してやろう」


「有難き幸せです〜若様」


 マリーは、マーガレットを自室に運ぶ。


 サブローは、その場にいる貴族に向き直る。


「何をしておる!貴族ども、聞いていた通りじゃ。戦はまだ終わっておらぬ。兵が足りぬ以上、うぬらにも戦ってもらうぞ」


「何をいう!このような暴挙を働くものを当主とは認められん」


「であるか。ならば、去れ!タダ飯ぐらいなぞ必要ないわ!」


「ひぃっ」


 貴族どもが8歳のサブローの威圧に気圧されて、失禁していた。


 マリーが血相を変えて、やってきた。


「わ、わ、わ、若様!マ、マ」


「落ち着け!ゆっくりで良い話せ」


「マジカル王国から使者の方がお見えに!」


「やはり来よったか。向こうはワシらの足元を見て、有利な条件で、ワシらをこき使おうと考えてあるはずじゃ。ロー爺、同席を頼むぞ」


「若、勿論そのつもりです」


 こうして、サブローは応接間にいるというマジカル王国の使者の元へと向かうのであった。

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