11.病魔に消えて


 通された部屋は、今までの廃屋とは違う生活感が見える空間だった。

 玄関も部屋の区切りもない一間で、入ってすぐ横にキッチンの様な台と保管棚。奥には大きくないテーブルと、ベッド。ベッドには誰かが眠っている。

 狭く簡素で、おそらく一人暮らし用の家だ。壁にはカレンダーと狩りに使うのか銛が掛けられている。灯りはガラス玉の中にどう言う原理なのか光の玉が入っていた。魔法具だろうか。


「もてなしもできませんが……」

「いえ、お気遣いありがとうございます」


 申し訳なさそうにするメンダコ。かわいらしさと気まずさが同居している。

 病人の世話があるらしいし、人がいない村。余裕は無いだろう。

 ここの話と、近い集落の場所を聞けたら良いんだけど。


「そうですね、まず……ここはなんて言う村だったのでしょう。人はもうこの家にしか住んでなさそうですが」

「ここはかつて『緑の村』と呼ばれていた土地です。森が近く、凶悪生物も出にくいというのどかな村でした……しかし数年前、少し遠くの岩礁にクラーケンが棲みついたのです。それに怯えた村人たちは、皆出ていってしまいました」

「クラーケン、が……」


 そこそこ遠かった気がするが、よく考えたらクラーケンはあの巨体だ、ここまではすぐ来れるだろう。

 というか、数年前は別の場所にいたのか……アルゴーノム号の近くにいたのは偶然だったのかな。オデュセーは正確な場所がわかってたけど、繋がりがあったからか。

 クラーケンを退治は流石にただの村人には無理だろうし、なるほどそれで廃村に。


「あなた達はどうしてまだ此処に?」

「我々はこの村でも外れ者でして……家族もおらず、病人を運んでくれる者もおらず……クラーケンに怯えながら、なんとか過ごしておるのです」

「それは……悪いことを聞きました」


 緊急時とはいえ、病人を放置はちょっと非情な気がするが……これは俺が現代日本の倫理観を持ってるからってだけかな。人魚の文化わからないし。

 まぁこの世界って前世よりも脅威が多いし、物理法則無視したスキルや魔法があるしね、警戒して損は無いのか。

 でも気の毒なことに変わりはないや。


「あー、クラーケンに怯える必要はもうありませんよ。倒されたので」

「えっ、あのクラーケンですよ? 大昔からいる海の悪魔ですよ? ど、どなたが倒したんですか?」

「俺です……」


 こんなところにもクラーケンで困っている人が。いやー倒してよかったよかった。

 自分を指さすと、メンダコは驚いて声も出ない様だった。あるいは寝ている病人に気を遣って声を殺したのか。

 驚愕されていることは確かだ。まぁこんな細腕のお嬢様が海の化け物を倒したと言われたら、嘘か狂人と思うよな。残念ながら事実なんだが。


「そ、それは本当で……?」

「証拠を見たいなら、たぶん死骸残ってるし腕の一本くらい取ってくるけど……」

「い、いえ結構です。そうですか、クラーケンはもう……怯える日々は終わったのですね」


 メンダコは心底安心した様に、ペシャリと机に潰れた。さぞ怖かったのだろう、涙さえ浮かんでいそうだ。

 思ったよりも、魔物の被害は大きいのかも知れない。


「これを知らせたら、この村に人はまた戻ってくるんですかね」

「どうでしょう。申し訳ないですが、信じない人も多そうです。なんせ何百年と暴れた魔物ですので……」

「まぁ、荒唐無稽なことを言っているとは自覚してますよ。ですが事実なんです」

「いえ、ワタクシは信じますよ、信じたいです。ああ、ハーヴィ様! 起きてくださいハーヴィ様! クラーケンが倒されましたよう!」


 思わず、と言ったふうにメンダコは寝ていた病人を起こし、クラーケン討伐を伝えた。

 賑やかなメンダコの叫びに、のっそりと寝ていた人は起き上がる。白い髭に、皺の寄った顔。病に弱った老人は、咳をしつつメンダコに顔を向けた。


「クラーケンが死んだだって? バカなこと言うなよ、お前……。あの海のバケモンがそう簡単に、死んでたまるかよ」


 ゴホゴホと咳き込みながら、老人は胡乱な目でメンダコを見た。

 メンダコは、しかし続ける。


「あの旅の人魚の方が、クラーケンを倒したそうなんです! ワタクシたちはもうあの魔物に怯える必要はないんですよう!」


 その言葉に、老人はジロリと俺を見た。怪訝そうだ、こんな少女があのクラーケンを倒せるか? と目線が語っている。

 俺は軽く会釈をした。まだメンダコが騒いでいるので、特に話しかけたりはしない。

 老人はまた咳き込みながら、口を開く。


「あの娘御がぁ? おめぇさん騙されてるのよ。クラーケンつったら、馬鹿デケェ海の怪物だ。あんな細っこい小娘が倒せるたぁ到底思えないね」

「で、ですが……!」

「娘御、こいつはちいせぇが一丁前に知性を持ってんのさ。騙しちゃあいけねぇよ。おれの目は誤魔化せん」


 ジロリ、とまた見られる。今度は嗜めるような、怒気が籠ったような目線だ。

 俺がメンダコを騙し、なにかしら金でも奪おうとしている詐欺師にでも見えるのか。それとも偽りの名声を得ようとする馬鹿にでも思えたのだろうか。

 それでも、どこか叱りつけるような言葉遣い。若い人の道を正そうとするような、老成した精神を感じる。


「いえ、本当に、俺がクラーケンを倒したんです。……疑うなら、ステータスを見てもらって構いません。それに、倒したことを吹聴してお金を取ろうなんかも考えていませんから」

「……ふぅん……」


 まだ疑いの目を向けられているが、事実を嘘ではないと証明するのは言葉だけではなかなか難しい。さっさとステータスを見てもらうのが手っ取り早い。


 ステータスを見たらしい老人とメンダコは、その瞳を驚愕に染めた。

 レベルこそ1だけど、種族やスキルの多さはわかるはず。これで納得してもらえるだろう。


「あ、あ、亜神さまでございましたか……! わ、ワタクシなんて失礼を……!」

「へぇ、まぁクラーケンを倒したってのは、嘘じゃねぇみてぇだな」

「は、ハーヴィ様、そのような態度では……」

「いや、無礼とか崇めるとか必要無いですから。気にしないので、今まで通りで良いですよ」


 メンダコの態度に普通なる気がするが、ハーヴィはだいぶメンタルが強い。

 俺としてはやっぱり畏まられたり、あからさまに敬服されたりすると落ち着かないので、普通で良い。本当に、普通で。

 だからハーヴィの変わらない態度は助かったりする。


「まさか亜神とはな。……クラーケンを倒したことには礼を言うがね、こんな廃村に何の用だ」

「いえ、なんせ生まれたばかりで……この世界、土地での知識が足りない。なので、集落で人の世を学べたらと思ったのですが……」

「それで廃村に当たっちまったわけか。亜神のくせに運が無い」

「は、ハーヴィ様〜!」


 メンダコはハーヴィの態度におっかなびっくりだが、俺としてはこのくらいラフな方が話しやすいよ。口は悪いけど頭は良さそうだし、理性的だ。

 相変わらずゴホゴホと咳が多い。よく見ると顔色も悪いし、声にも張りがない。病魔が余程進行しているのだろうか。


「失礼ですが、ご病気は大丈夫ですか?」

「あー、これは持病でな……生まれつき肺が弱かったんだが、歳を食ってからだいぶやられちまった。……治らねぇよ、不治の病ってやつだ」

「もう何年も苦しんでおられるのです……お労しや……」

「仕方ねぇや、寿命だよ寿命。おれはもう100超えてんだ。いつ死んだっておかしくねぇや」

「そんなこと仰らないでください……うっうっ」


 ハーヴィはもう、自分が死ぬことを覚悟しているらしい。まぁ100も生きたなら、死に対する恐怖も薄まるものなのか。覚悟が決まるのかなんなのか。

 メンダコはまだ覚悟ができてないらしく、彼が死を話すたび泣いているらしい。彼らの間には、深い友情があるらしかった。

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