ルチア先生の教室 1
カツサンドを食べ終わった後、ルチアに別室へ案内された。
部屋の壁には黒板が設置してあり、ヨーロッパの昔の学校のような趣きがある。
そこまで広い面積はなく、テーブルが二つと数脚の椅子が置かれていた。
「適当に座るっす。この部屋の方が説明しやすいし、エリーの近くでうるさくすると怖いっすから」
「どことなくそんな雰囲気があるよね」
ルチアに促されて俺たちは椅子に腰を下ろした。
彼女はさほど乗り気ではなく、ウィニーに頼まれたからやっているという態度だ。
それでも教えてくれるところに人のよさを感じる。
「俺たちの故郷は田舎で知らないことばかりなので、基本的なところからお願いします。ルチア先生」
「ふむ、よかろう。まずは街でのすごし方から始めるっす」
先ほどもそうだったが、おだてるとちょろい。
ルチアはおもむろに取り出した銀縁メガネをかけて、チョークを手にした。
素肌の見える部分が多い服装のため、決して教師という雰囲気ではない。
少々シュールな気もしたが、彼女のノリに水を差すつもりはなかった。
「最初は一番大事なお金の話から。二人の手持ちはどうっすか?」
盗賊相手なら答えたくない質問ナンバーワンだが、ここは素直に答えて通貨のことを聞いておきたい。
城を出る時に受け取りはしたものの、たんまりある硬貨の価値が分からないのだ。
この国の物価が高い場合、見た目よりも貨幣価値がないことさえ考えられる。
よくよく考えてみれば、大臣や城の関係者がどこまで温情を示したのかも分からないのだ。
「……今はこれで全部かな」
俺と内川は荷物から硬貨を取り出して、テーブルの上に並べた。
二人分ともなるとなかなかの量になる。
「うーん……うん?」
ルチアは腕組みをして、不思議そうに首を傾げた。
積まれた硬貨の中から一枚を掴んでいる。
城で渡されたものが偽造ということはないはずだが、彼女の様子を見ていると心配になってきた。
「あのー、何か……?」
「これ全部ガスパール王国で流通しているシグル硬貨っすね。二人は辺境の村から転移したんすよね?」
「実は城の人から口止めに渡されたお金で……」
あまり突っこまれてもボロが出るだけなので、なるべく言いづらそうにする。
ルチアならそこまで追求しないだろうという読みもあった。
「ああ、そういうことっすか! 転移魔法陣のことが広まったら王様たちは困るっすから」
「たぶん、そうなんじゃないかな。あははっ」
ルチアが相手だから大丈夫なだけで、勘の鋭そうなウィニーだったら看破されていただろう。
おバカな亜人認定を詫びて、むしろ感謝したい思いである。
「にしても、これをくれた人はせこいっすね。精度の高い共通硬貨に比べて偽造ができるから、こっちの方が相場は低いのに」
「へえ、シグル硬貨は偽造しやすいんだ」
「そうっすけど、ホントに何も知らないんすね」
俺が相づちを返すと、ルチアはふんふんと頷いた。
内川も彼女の話に興味があるようで、シグル硬貨をつまんで眺めている。
同じように視線を向けるが、一見した感じでは精巧な造りだと思う。
「あんたたちがここにいるつもりなら、早めに共通硬貨に両替した方がいいっすよ。旅団への依頼は国外に行くこともあるし」
「おっ、依頼。ギルドに出されるような?」
異世界ファンタジーでありがちな話題になったところで、内川が反応を見せた。
食い気味に彼が加わったので、ルチアは戸惑いがちな表情になった。
「それは俺も知りたい。旅団がどういうことをするのかにもつながりそうだし」
「うんうん、そうっすね。お金のことは現地実習をするとして、旅団のことにするっす」
ここまで黒板を使わなかったが、ルチアはチョークで何かを書き始めた。
ギルドにたどり着いた時と同じように文字を読むことが可能で、とても不思議な感じがした。
そこから講習形式のように詳しいことを教わった。
深紅の旅団を始めたのはウィニーだが、最初からエリーは一緒だったこと。
具体的な活動としてはギルドに日々依頼が集まる中で、そこで対応しきれないものを中心に対応している。
例えばギルドは管轄エリアが決まっているので、二つのエリアを跨いで運搬しようとする際に手続きが煩雑になる。
一方、旅団はそういった制約がないため、軽快に依頼をこなすことができる。
すでに体験したようにギルドは実力主義であり、下働きから始めるという概念はなく、スライムを倒すとか、薬草を集めるような依頼はそもそも出ないらしい。
ザコモンスターが脅威になることはなく、薬草程度なら誰でも集められる上に人気品種に至っては採取地ごとのテリトリーが確立されている。
そのため、必然的にギルドに寄せられる依頼は素人の手には負えないものになる。
危険度の高いモンスターの討伐、高難度のダンジョン探索、発見が難しい薬草の採取――。
ギルドと冒険者にとって信用第一である以上、誰にでも依頼を任せられるわけではないことは筋が通っている。
……というわけで、ルチアのまとめでは旅団で活躍して、みんなでハッピーになろうというものだった。
まだ立ち入ったことを聞けるほどの関係性ではないため、彼女の背景をたずねることはやめておいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます