第30話
「それは、災難でしたね……」
ここは、王都城内の執務室。俺達の目の前に、つい最近出会ったばかりの
熟練の痴漢の襲撃による動揺が覚めぬ中、俺達がギルドからの依頼書を門番に見せると、間もなくエマちゃんの部下が派遣されてきた。やはり、今回の依頼もペニー将軍派の人間と行動を共にする事になるらしい。
その部下の人に案内された先は、幼女の待つ執務室だった。エマちゃんは、書類が山積みにされた大きな中央テーブルに座って俺たちを出迎えてくれた。
「あ、どうぞどうぞお掛けください剣聖様。簡単なものですが、菓子の準備をしておりますので」
「サンキューな、エマちゃん。どうだ、ペニーとは上手くやっているか?」
「ええ、お陰様で夫婦円満です」
エマちゃんは、俺達の城下町での
「生憎ペニー将軍は討伐任務で出払っておりまして。今回は私だけで、剣聖様御一行に対応させていただきます」
「そうか、分かった」
未だに無言なカリンに代わり、レックスがエマと向かい合って色々と話を続ける。今回の依頼内容についてとか、そういう話だ。
だが気になるのは、何でエマが執務室の真ん中に座って成人している部下に指示飛ばしまくっているのかという事だ。
どうして誰も突っ込まない。なんで
「エマ様、こちらが資料になります」
「はい、ご苦労様。では剣聖様、詳しく説明させていただきますね」
「おう」
平然と、部下の用意した資料を手に取るエマちゃん。その振る舞いは、完全に上司と部下のそれだ。
え、エマってひょっとして、本物のお偉いさんなの? ペニー将軍の参謀って、自称してるとかじゃなくてガチの奴なの?
「今回の依頼は、首都防衛になります」
「防衛だと?」
「とある伝手から、近々王都が魔王軍に襲撃されるとの情報がありました。敵の戦力は未知数、先の洞窟攻略における敵の強さを鑑みて我らがペディア三大将軍と言えど苦戦する可能性があります」
「ペニー、一回死んでたもんな」
「……あの人は、ペニーさんは皆の為に強くあろうとしているだけですから。本当の彼は、臆病で平和好きな普通の人なんです。ごめんなさい剣聖様、敵が王都を襲撃する確証が得られているわけではないのですが……、しばしご滞在いただきたく依頼を出させていただきました」
少し、ばつの悪そうな顔をするエマちゃん。
そっか、前の依頼でペニーが死にかけたことを聞いて心配になったのだろう。だから、確証もない奇襲に対してレックスに防衛を依頼したんだ。
「期間は?」
「1か月以内には襲撃される……そうです」
「了解だ。……ま、大事な人を守ってくれと言われたら断れねぇな。エマちゃん、その代わり俺らも訓練場使えるようにしといてくれ」
「はい、承知しました。私達ペニー派の所有する西部国軍訓練場に関しては、ご自由にお使いいただいて結構です」
おお。使っていいのか、国軍の訓練施設。やった、上手くいけば他の剣士に試合吹っ掛けられるかも。
「あとなぁ、エマちゃん……」
「ええ。分かっていますよ」
依頼関係の話が終わった後。額に青筋を浮かべた修道女が、エマちゃんににこやかに話しかけた。
「あのクソオヤジ、探しといてな~」
「先程お伺いした情報をもとに、人相書きをウチの部下に回しています。ペニー将軍が率いているのは主に警邏部隊なので、城内に入ってきていれば見つかるかと。……他の都市に行かれたら厳しいので、あまり期待はしないでくださいね」
「うんうん十分や~、ありがとうなエマちゃん~」
「カリン、その笑顔怖いからやめろ。エマちゃん引いてるから」
余程、あの熟練した痴漢に腹を立てているらしい。確かに一番被害がでかいのはカリンだもんな。
こんな感じでペニー将軍派の国軍にお世話になることになった俺達は、そこそこ良い感じの高級宿を宛がわれた。てっきり軍用の宿泊施設にでも入れられるのかと思ったけれど、軍事機密的な意味もあって駄目らしい。
俺達との話が終わると、すぐさま部屋の外で待機していた兵がエマちゃんに相談しに部屋に入って来た。エマちゃんはテキパキと彼に指示を飛ばし、書類を処理していっている。
……エマちゃんは頭が良い幼女、と言うレベルではないらしい。マジで大人に混じって仕事してやがる。下手をしたら、既に俺より頭が良いかもしれない。
「俺様は知人に顔出してくる。フラッチェは、先に訓練所に行っててくれよ」
「……私も、一応クラリスに挨拶しにいきます。顔くらいは見せてやっても良いので」
「ウチは教会やなー、取り敢えず一泊するわ。ほな、また明日に宿で会おか」
エマちゃんと別れた後、一時解散となった。一人で彷徨いて迷ってもつまらない。だから俺は、レックスに言われたとおり訓練所に行くことにした。
「東部訓練所は主にメロ将軍派の軍人が使っているそうです。私達が使っていいのは西部訓練所ですよ、間違えないでくださいね」
「ああ、間違えるわけがないだろう」
「流石のフラッチェでも、西と東は間違えへんやろ。……一応言っとくと、あっちの方やで」
「メロに関わると面倒臭せーぞ、気をつけろよ」
仲間たちは口々に俺を心配して声をかける。
もう、みんな心配性だな。俺はそこまで馬鹿じゃないぞ、こちとらずっとソロで冒険者やってきたんだっつーの。
「それじゃ、また後でな」
「ああ」
でも、これで本当に間違えたらこっぱずかしい。カリンの指さした方向をしっかり確認して、俺は一人訓練所に向かったのだった。
訓練所は、王都城に併設されて建築されていた。
遠目から見ると、中には兵士らしき奴らがトレーニングに勤しんでいるのが見える。基礎体力トレーニングか、新しい体になってからめっきり体力が落ちたからな。ちょっと混ぜてもらえるよう、頼み込んでみようか。
エマちゃんから受け取った許可証を訓練所の管理人に見せたら入れてくれるそうだ。その時に管理人さんに聞いてみよう。
で、あの訓練所の入り口はどこだろう。城内にはちょっと見当たらない。別の階層か、あるいは城外から入るのか。
そうか。よく考えたら訓練所から城内に連絡通路なんて設けたら、賊に侵入され放題か。やっぱり城外に出てから入らないといけないのかも。
そう考えて、俺は城の外を目指した。もし、途中に兵士らしい人が居たら聞いてみよう。少なくとも城門には見張りの兵士がいるだろう。
そして俺は、城の出口を探し────
「……良いから親父を解放しろ。あまり調子に乗るなよ糞女」
「ひっ……。だ、だから無理なんだってば! 大体君のお父さんが捕まったのは、汚職しまくったからだろう!」
うっかり迷い込んだ城壁の隅で、一人の女性が囲まれ、胸倉を掴みあげられている場面に出くわした。
よく肥えた若いパーマの男が、その女性の髪の毛を掴み上げ壁に押し付けている。その女を囲むように、ズラリと数人の剣を携えた兵士が仁王立ちしていた。
……ただ事では無さそうだ。
「と、言うかこんなことをしてタダで済むと思ってるのかい! 君の父親が贈賄に手を染めていたことはもう確実な証拠がいくつも出てる! これ以上の狼藉は、君たちの罪が重くなるだけだ!」
「お前が『親父は無罪でした』と報告すればいいだろう」
「それがしたいなら脅す対象が違うでしょ!! ボクはあくまで裁判官であって、証拠などを集めて報告してるのは警邏隊の人だよ!! 警邏隊を指揮してるペニー将軍を脅してよ!!」
「あのオッサンに勝てる訳ないだろうが」
「だからってボクに詰め寄ってこられても困るよ!!」
脅されているのは、ピンク色の髪の癖毛の女だった。いかにも文官ですよといった衣装で、袖の長いローブを纏って頭に四角形の帽子をかぶっている。
有体に言って、下手に部外者が関わったら面倒そうな場面だ。俺はすぅ、と気配を消して彼らの様子を伺うことにする。
「良いから親父を解放するようにお前が圧力をかけろ」
「仮に解放されても、すぐ理由つけられて警邏隊に再拘留されるのがオチだよ……。そもそもボクの仕事は罪の有無の判断であって、囚人の管理は警邏の管轄なんだってば」
「なら親父を無罪にしろ」
「国王の前で決定的な証拠も出そろってるのに無罪とか言えるわけないでしょ! 本当、君達は詰め寄る対象が違うってばぁ」
「難しいことを言って煙にまこうったってそうはいかねぇぞ糞女ァ!!」
「難しいことなんて何も言ってないよぉ!? もー、ただでさえ仕事が山積みなのに何でこんな面倒ごとばっかりぃぃ!?」
四角帽子の女の方は、疲れた声で泣き喚いている。だが、周囲の男たちが引いていく様子もない。
何やら、見ていて可哀想になってきた。
「あーあ、折角俺がここまで譲歩してやったのに。そこまで逆らうってのならもう容赦はしねぇ」
「いや、逆らうとかじゃなくて。まずボクには権限的に出来ない事で────」
「コイツはここで殺す。よしお前ら、死体入れる袋持ってこい」
「ちょっと待てぇぇぇぇ!! 君たち馬鹿なの!? ボク殺したらそれこそ取り返しがつかないよ!?」
やがて痺れを切らしたのか。小太りの男は、部下に女を羽交い絞めにさせて、派手な剣を腰から引き抜いた。
女の顔色が、真っ青になる。
「いやぁぁぁ!! 待て、ボクを殺す意味ないだろう!? 君たちの余罪が増えるだけだろ!?」
「お前が死ねば、親父は解放されるんだろ? こうなる前に俺に従わなかったお前の自業自得だ」
「いや別にボクが死んでも誰も解放されないし!? 例えされたとしても、汚職の罪は消えないし!!」
「親父さえ牢獄から出てくれれば、何とでもなる。あとは親父が何とかしてくれる。だから、まずはお前を殺す」
「このボンクラ息子! 嘘でしょ、マジでそれ言ってるの? もう君のお父さんは詰んでいて、何とかしたいならペニー将軍に直訴しないといけない状況なんだって!! ボクは本当に関係ないんだよ!!」
「だから難しいことを言うなぁ!!」
「いやぁぁぁ!! こんな馬鹿に殺されたくないぃぃぃ!」
……うわぁ、すごい場面に出くわしてしまった。
泣きわめいている女文官ちゃんは、やがて口元を抑えられ叫び声すら出せなくなって。アホそうな肥満の男が振りかざす宝石剣が振り上げられるのを、涙を流しながら怯えてみている。
流石に、放置はできないか。
「死ね」
「────っ!!」
その、鈍重な太刀筋が振り下ろされる直前。俺はその男の剣を横から突いて剣筋を反らし、そのまま逆刃に喉元へと剣を突き上げた。
「……あ?」
「剣を捨てろ。さもなくば斬る」
貴族の男の剣筋は、見れたものではなかった。録に鍛練もしていない、素人丸出しの剣だ。赤子の手を捻るより容易くいなすことが出来る。
「あ……、へ? 誰……?」
目前の女文官は、死を覚悟したからか放心状態だ。俺が時間を稼いでいる間にさっさと逃げて貰いたかったが、それは厳しいかもしれん。
なら、全員仕留めるか。
「なんっ……誰だテメェ!」
「貴様らに名乗る名はない」
こんな油ギッシュな獲物を斬って切れ味が落ちてもつまらない。俺はまず、ぎゃあぎゃあ騒いでいるデブ貴族の股間を蹴り上げ悶絶させ、即座に頚を締め意識を落とした。
「────ヴっ」
「若っ!?」
突然の乱入者に動揺している私兵らしき集団に、俺はそのバカ貴族を突き飛ばして語り掛ける。
「……義により、彼女に味方する。まだやるつもりなら掛かってこい、逃げるつもりなら疾くうせろ」
「ちっ、若の仇っ!!」
即座に、最前にいた数人が同時に斬りかかって来た。うお、バカ貴族の癖に連れてる兵士は良い練度してるな、意外と。
集団戦は苦手だが……、まぁでもこの程度の相手なら。
「ぎゃっ!?」
斬りかかってきた中で一番鋭かった剣を避けて向かい合い、その剣士に肘鉄を食らわせて気絶者もう一丁。面倒くさい奴から処理していこう。
続けて、怯んだ若そうな兵士の手の腱を切り落とす。これでもう剣は握れまい。
くっつくよう綺麗に斬ってあげたから、後で回復術師に見てもらいなさい。
「ああああっ!!?」
「コイツ強いぞ!!」
ふ、ふふふ。そうです、俺は強いです。すっごく強いです。
「一度引け、若の命を最優先にしろ!!」
「手が、手がぁぁ!!」
「あの陰険女の駒だぞ、きっとロクでもない剣士に違いない!! 関わるな!」
やがて、俺には勝てないことを悟ったのか。太った貴族のお坊ちゃんを背負い、奴らはひぃこらと逃げていった。
俺の完全勝利である。
「あ、あ……ボク、助かった?」
「怪我はないか」
「あり、ありがとうぅ……。死、死んだかと思ったよぉ……」
よほど怖かったのか。俺が助けたその女性は、ポロポロと泣きながらその場に座り込んでしまった。
「いつもいつも貧乏くじばっかりで、今日も意味分からない因縁つけられて。絶対死んだと思ったのに、本当にありがとぉぉぉ」
「あ、いやその。怪我はないんだな?」
「……うん。うん、助かったぁ」
改めてその女性をよく見てみる。
ピンク髪のショートヘアで、天然パーマなのか時折髪がはねてアホ毛のようになっていた。
彼女のカバンには凄い量の書類がパンパンに詰め込まれており、彼女の目にはかなり大きなクマがはっきりと浮き出ている。
何やら、凄い苦労人のようだ。
「えっと、あの、改めて助けてくれてありがとう……なんだけど。君、兵士? 所属は?」
「いや、雇われの冒険者だ」
「冒険者さんか!! あー、ならお金に困ってたりしないかい? 君は命の恩人さ、ボクに出来るお礼なら何でもするよ!!」
「いや、礼は不要。見過ごせなかっただけでな。ああ、強いて言うなら訓練場の入り口の場所を教えてほしいくらいか」
「へぇ、君ほどの腕でも訓練を欠かさないんだね。すごいなぁ、剣士職の人は。良いよ、ボクが案内してあげる」
文官ちゃんは俺にお礼をしたそうだった。ふ、惚れられてしまったかもしれん。
でも俺は別に大した事はしてないし、レックスとの約束であまり国軍に関わっちゃいけない。なので、とりあえず彼女に道を聞くだけにとどめておいた。
あまりガツガツしたらモテないからな。
「城壁にね、連絡扉があるんだよ。訓練場使いたいなら許可証が居るんだけど、持ってる?」
「ああ」
「まぁダメって断られてもボクが口添えしてあげるよ。管轄じゃないけど、ボクは結構顔が効くんだよ」
「ほほー。何だ、実は結構権力者なのか、お前」
「……あ。しまった、まだ名乗ってなかったか」
てへへ、失敗。そんなひょうきんな表情を浮かべ、文官ちゃんは俺に向き合ってペコリと頭を下げた。
「初めまして。ボクはミーノ、ペディア帝国の大将軍やってます」
悪戯な笑みを浮かべ、その女は名乗りを上げた。
「ふふふ、これでも大将軍なんだよボク。てんで弱っちいんだけどね~」
『小汚く卑しい企みが得意な、人の皮を被った悪魔。それがミーノだ。たちの悪さで言えば、メロの比じゃない』
レックスの言葉が、頭をよぎる。目の前の女は名乗ったのだ、その最悪の名前を。
『ミーノは全てが終わっている。何もかもが醜悪で下劣で極悪だ。確かに国の役には立っているかもしれないが、あんな奴は一刻も早く切り殺した方が良い。本物の悪魔っていうのは、あいつのことを言うんだ』
その、本物の悪魔は。人懐っこそうに、俺の前で笑みを浮かべて立っていた。
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