第8話

 一度、俺やレックスが生計を立てている冒険者と言われる職業について説明しておこう。


 冒険者とは、つまりは便利屋である。市井の人間が仲介所ギルドを介して、個別に冒険者と契約を行う仕組みだ。


 ○○を採取してきてくれ、○○まで護衛してくれ、○○のイベント設営を手伝ってくれ、○○の期間だけ店を手伝ってくれ。


 そんな誰でも出来るような雑用から、ある程度腕が必要な戦闘依頼まで冒険者は幅広く活動している。


 ただし、冒険者は常に死と隣り合わせ。殆どの依頼には達成期限が設けられ、期限を過ぎたら報酬は受け取れない。さらに期限経過後、さらに一定期間音沙汰がないと死亡者リストに加えられる。依頼者は、死んだかもしれない冒険者をいつまでも待たないのだ。


 つまり、何が言いたいかといえば。久々に仲介所に顔を出した俺は、自身の名が死亡者リスト入りしているのをこの目で確かめたのだった。


 悲しいなぁ。










「げっ、レックスの奴が来やがった」


 昨日、俺がレックスの頬を張り飛ばし元気づけた後。目に生気の戻ったレックスは、またバリバリ依頼を受けて働くぞと宣言した。大変良いことである。


 そして本日、4人パーティとなって初の依頼を受ける為に仲介所ギルドに顔を出した。


 因みに、俺がこの仲介所に来るのは初めてだ。生前の俺のホームはここから離れた場所なので、利用する仲介所も違う。仲介所の間で死亡者リストって共有されるんだな。


 そしてその仲介所は、俺の利用していた所より活気に満ちよく賑わっていた。


 古びた木造建築の、仄かにカビの匂いが香るその建物。


 その中央に設置された依頼掲示板の周囲には、ガラの悪い男性冒険者が駄弁っている。彼らは割の良い仕事を求めて、仲介所に張り付いているのだ。


「まーた高額報酬の依頼を持ってくつもりだぞアイツ」

「女をゾロゾロ引き連れていい身分だぜ」


 ところがレックスは、依頼がたくさん張り出されている掲示板に見向きもしない。


 レックスの目的は、特殊依頼。仲介所に認められた特別な冒険者しか受けられない、美味しい依頼があるのだ。


 基本的そう言った依頼は掲示板に張り出されず、受付に直に確認しないと教えてもらえない。


 内容は貴族の護衛、ちょっと怖い魔物の討伐、未知の洞窟の調査など。少しばかり死の匂いが香っているが、どれも報酬は高額で割が良い。


 つまり、儲かるのだ。このせいで仲介所に認められると僻みの対象にもなる。


「うわ、また新しい女増えてるし」

「あの娘らを毎晩ベッドで好き放題できるんだろ? 死ねば良いのに」


 ……予想はしていたが、やはりレックスの嫌われ方が半端ない。


 メチャクチャ名が売れてるから、奴は美味しい依頼を最優先に受けれる。それに加えてパーティーメンバーは、貴重な可愛い女冒険者ばかり。


 実際、俺もレックスのパーティを初めて見た時は嫉妬したしな。可愛い娘ばっかり囲いやがって。絶対、実力より見た目でパーティ組んでるだろ。


「……」


 周囲の俺達パーティへの目が、冷たい。


 メイは居心地悪そうに、レックスの鎧を掴んで萎縮している。カリンは……、あんまり気にしてなさそうだ。


 それもこれも、


「まーた雑魚冒険者共が僻んでやがるのか。シッシッ、俺様の仲間が気味悪がってるだろ。雑魚は雑魚らしく隅っこで震えてろ」


 他人への態度が物凄ーく悪い、我らがリーダーのせいだろう。お前、もうちょっと口の聞き方に気を付けろや。


「何だ? 文句あるならかかってこい、誰からの喧嘩でも買うぞ?」

「……ちっ」


 そして、実力を傘にして冒険者を威圧する。こりゃー、嫌われるわなぁ。


 昔からこいつは、敵を作る言い方ばかりしていた。つまり、自分の敵になってくれる人を探していたんだとは思うが……。これは、よくないよなぁ。


 ペコペコ愛想よく振る舞えとは言わないけど、仲介所では極力敵を作らないように立ち回るべきだろう。仲間まで白い目で見られるかもしれない。


 メイやカリンの為にも、少しだけ言っておくか。


「おい、レックス────」

「言いたいことは分かるぜフラッチェ。だがよ、コイツらに何言っても無駄だ」


 ところが、窘めようとした瞬間レックスに機先を制され俺は黙りこんだ。


 レックスにも何か事情があるらしい。それは、一体どんな────




「俺達のアイドル、カリン様をよくも……」

「メイちゃんと一緒にお風呂入りたい……」

「あの剣士ちゃん、チョロそうだな……」


 よく耳を済ませば、仲介所には男の醜い欲望が怨嗟のように木霊していた。


 ……うへぇ、気持ち悪い。




「男臭い冒険者の仲介所で、女メンバー引き連れて歩いてる時点で友好の道は閉ざされてるんだよ」

「……私はナンパを数人に囲まれて困り果てたところに、レックス様に助けてもらったんです。その縁で、今も一緒に居ます」

「ウチは……、まぁ色々あってなぁ。今んとこ、レックス以外とパーティ組む気はあらへんの。そしたらウチのファンがえらい激怒してなぁ」

「あらま」


 カリンの奴、ファンとか居るのか。いや、どーでも良いけども。


 女冒険者ってレアだもんなぁ。しかも、カリンもメイもかなりの美形。


 この二人をパーティに入れてるから、ここまで拗れてるんだな。レックスの態度がどうとか言う話以前に、立場が恵まれ過ぎてるのか。


「おら、ジロジロ見んな! コイツらは俺様の女だ、手を出しやがったらぶっ殺すぞ!」

「恨めしや、怨めしや……」

「畜生、なんでアイツばっかり……」


 冒険者ってモテないからなぁ……。いつ死ぬか分からないし、収入は安く不安定だし、体を壊したらそれまでだし。なかなか市井の人間と恋仲になるのは難しいのだろう。


 そして、彼等にとって恋人を見つける貴重なチャンスである女冒険者を、この仲介所ではレックスが独り占めしてる。そりゃ、友好の道は閉ざされるわ。


 こりゃ、一概にレックスだけを責める訳にはいかない。とは言え、こうもジロジロと視線にさらされるのは不愉快極まりないなぁ。


 男の時には気にならなかった、男性冒険者たちの下卑た視線。女冒険者はこんな苦労をしていたのか。





「……おい、アンタはレックスの連れか?」

「ん?」


 一番怯えているメイを庇うように、彼女の外側を固めて歩いていたら。俺だけ粗暴な男に腕を掴まれ、話しかけられた。


「そうだ」

「……その女タラシなんぞと一緒にいても不幸になるだけだぜ。俺達のパーティに来ないか?」

「遠慮する」

「はぁ、つれねぇな」


 ふむ、今のは勧誘だったらしい。にべもなく断ると、男は顔をしかめて手を離した。


 俺が新顔だから、ワンチャンあるとでも思ったのかもしれない。


「オイコラ、こいつら俺様の女だって言ったろ。何色目使ってんだ殺すぞ」

「この仲介所で仲間の勧誘は禁じられてないぜレックス。文句があるならルールを決めた仲介所に言えや」

「……というかその言い方やめろレックス。お前と男女の仲みたいじゃないか」


 グルルとレックスは歯ぎしりしながら、さっき俺を勧誘した冒険者を威圧している。レックスもレックスで高圧的なんだよなぁ。俺様の女だとか宣言したら、そりゃ荒れるだろ。


 というか、メイやカリンとは男女の仲だったりするのだろうか。だとしたら、女を知らずに死んだ俺より先を行かれている。


 レックスめ、貴様はいつも俺の先を歩いている……。


「え、違うのか剣士ちゃん」

「他二人は知らないけど、私とレックスは単なるパーティメンバーだ」

「俺様のパーティメンバーだから、俺様の女だ」

「だから、誤解招く言い方すんなよ……」


 そしてやはり、俺は周囲にレックスの愛人か何かだと認識されていたらしい。やめてくれ、尻の穴がかゆくなる。俺の中身は男なのだ、何があっても絶対にそんな展開だけは御免だ。


「あれ、じゃあメイちゃんも?」

「カリン様はまだ処女であらせられる……?」

「希望はあるのか!? 俺にはまだ、メイちゃんと一緒にお風呂にはいれる可能性があるのか!?」


 ……俺がレックスとの関係を否定すると、仲介所がにわかに活気づき始めた。うわぁ、気持ち悪い。


 俺が男の時は、たかが女冒険者くらいでこんなバカ騒ぎしなかったけどなぁ。治安良かったんだな、俺の仲介所。


 あるいはメイとカリンの容姿が優れすぎているのか。




「まぁ、修道女がそんなことしたらアカンやろ」

「わた、私もまだ、そんな関係では……」

「「よっしゃああああ!!!」」




 あ、良かった。レックスもまだ童貞だ。


「はぁ、下らねぇ。聞きたいことが聞けて満足したか雑魚冒険者ども、ならとっとと道を開けろ」

「ぷぷー!! レックス、あんなにイキがっといて誰にも手を出してないじゃないか!!」

「こりゃ、今度から渾名は『へたレックス』だな」

「レックス・ザ・チェリーなんてどうだ?」

「てめえらぶっ殺すぞ」


 おお、煽られている。レックスが他の冒険者に煽られている。


 面白いから俺も便乗して一緒に煽ろう。


「お前らと違って俺様はパーティメンバーを大事にしてるんだよ! その気になれば何時でもそういう関係になれるけど、お前らと違って短絡的に手を出したりしないの!!」

「お、いつでも手を出せると来たか」

「女の子たち、レックスがあんなこと言ってるけど良いの?」

「本性現したね」

「レックス童貞臭いぞ-」


 最後の発言は俺だ。


 顔を真っ赤にして怒っているレックスを、周囲でやんややんやとからかい始める。こう言った馬鹿なノリは、俺の仲介所でも有ったな。冒険者は基本的に馬鹿しかいないからな。


 煽られたレックスはというと額に血管を浮かせ、必死で平静を保とうとしている。俺の事を挑発に乗りやすいだの散々言ってくれたけど、レックスだって煽り耐性が低いだろ。


「おいレックス、それが本当ならこの場で誰か誘ってみろよ!! 『へたレックス』にはそんな恥ずかしい真似出来っこないけどな!」

「チェリーに酷なこと言ってやるなよ! レックス坊や、泣いちまうぜ?」

「きっとアレだぜ、レックスはとんでもない粗●野郎だから恥ずかしくて女を誘えないんだぜ!!」

「ぎゃはははは!!」


 お、まさかの正解者出現。やるじゃん、あのオッサン。


「……じょ。上等じゃねぇか!! 舐めんじゃねぇぞお前らぁ!!」

「ヒュー!! 格好いいぜレックス!」

「レックスが今から女を誘うぞ!! みんな集まれ!」


 まさかの正解者出現に動揺したのか。レックスはまんまと挑発に乗って、声高に女性陣をベッドに誘う宣言をしてしまった。


 ……乗せられたな、レックス。これ、誰をどう誘ってもロクな事にはならないぞ。周りの冒険者による、パーティの女性陣から評価を下げさせる罠だ。


 やれやれ。やっぱアイツも煽られやすいじゃん。俺とレックスはやっぱり似た者同士なのかもしれん。


 さて誰を誘うかねレックスは。


 レックスを好いてそうなメイに行ってくれればいいんだけど……。いや、それはそれでロクな事にならないか。俺に来てくれたらなるべく被害が少ない断り方をしてやれる、かな。


 カリンに行っちゃったらどうなるかなぁ? まだ彼女の性格をよく把握してないから、分からない。


 さて、レックスの決断は……?


「カ、カカカカリン? 今夜どうだ?」

「ウチに来るんかい。お断りや」


 選ばれたのは、カリンでした。あ、メイが黒いオーラを纏いだしている。あらら、俺知らね。


「ふーん、レックス様はカリンさんを選ばれるんですね」

「いや、その、それは!! い、一番ネタで済みそうなのはカリンかなってだけで!」

「えー、そんな理由やったん? 傷ついたわー」

「ゴメンなさい! ゴメンなさいカリン、許して!!」

「傷つくわー」


 そして、あえなく大惨事である。この国最強の剣士と言えど、女関係はまだまだの様だ。


 仲介所は爆笑に包まれている。やはり冒険者達は良い性格しているな。


「だって、さ! カリン分かるだろ、メイちゃん誘うのは犯罪でしょ!?」

「な、何でですか!?」

「んー、まぁちょっと年下だけど許容範囲やないの?」

「いや、だって。メイは、多分……。冗談で誘っていい相手じゃないだろ」


 ……あ。レックスの奴、メイの気持ちに気付いてるのかこれ。それでメイ誘うのを避けたのね。


「私だって、冗談くらい通じますよ?」

「あー、そっかそうだよな。スマンなメイ」

「ふむ、だいたい分かったわ。ほな、フラッチェを誘わんかった理由は?」

「あー、それは……」


 その後チラリ、と。俺はレックスと目が合って。


 言いにくそうに、レックスはそっぽを向いて話し出した。成程、俺はレックスからしたら一番付き合いが浅い。そんな冗談を言い合えるほど、仲が良いと思われていなかった訳か────


「フラッチェ、どう見てもチョロいじゃん? 簡単にOKされそうで、ネタで済みそうにない」

「あー。確かにせやなー」

「何だとコラ」


 レックスの中で俺がどういう認識なのか、小一時間問い詰める必要があるらしい。


 何だ、チョロそうって。一度も、お前にそういう素振りを見せたことないだろ。まさか俺に脈があるとか自惚れてんのかレックスは。


「……フラッチェさんはチョロいんですか? まさか、もう誘われてたりするんですか?」

「そんな訳あるか! おいレックス、どういう了見だ! いうに事欠いて、この私がチョロいだと!?」

「え、自覚ないのかお前」

「だったら誘ってみろやぁ!! 木っ端みじんに振ってやるから!!」


 レックスは心底意外そうに、激高する俺を眺めている。一方でメイは、俺とレックスの間をいろいろ勘ぐっているらしい。


 良い機会だ。この前から変な誤解をされて辟易していた所だ。


 ここで一度、ビシっと俺がレックスを振っておいた方が後々面倒なことにならないだろう。そんな怒り半分、打算半分で俺はレックスを挑発した。


 万一俺のところに来たら、出来るだけ被害の出ないように振ってやるつもりだったが。そんな認識をされているなら容赦はいらない、バッサリ残酷に切り落としてやる。剣士をなめるなよレックス。



 ……すると、レックスはハァと小さくため息をついて。


 近くのテーブルから冒険者が使い終わった鉄製のスプーンを奪い、手に持った。


「……レ、レックス?」

「なー、勝負しようぜフラッチェ」


 な、何をするつもりだ? ス、スプーン? むむむ、レックスの行動が全く読めないぞ。


 だが、無視すればよいだろう。スプーンを使ってどんな勝負を挑むつもりかはわからんが、そんな見え透いた誘いには乗る気はない。レックスめ、勝負という単語を使えば絶対に俺が乗ってくると勘違いしてるな?


 俺はそこまで馬鹿じゃない。


「剣が弱すぎるお前へのハンデとしてこのスプーンで相手してやるから、俺と貞操賭けて決闘しようぜ」

「……」


 ……。


 おい。今、何て言った?

 

「聞こえなかったのか? それとも、怖いのか? そうだよなぁ、スプーンを構えた俺様と勝負するなんて、怖くてたまらないよなぁ? だったらよ、床に落ちてたこの使用済みマッチ棒で相手しても良いぜ」

「……」


 レックスはそういうと、手に持っていたスプーンを冒険者のいたテーブルに投げ返し。地面に落ちていた小さなマッチ棒を摘まみ上げ、ニヤニヤと笑いながら俺へ向け構えた。


 その顔は、侮蔑に歪んでいる。そして黒ずんで折れかかっている一本のマッチを、俺に突きつけコロコロと捻った。


「おやぁ? マッチ棒を構えた俺様すら、怖くて怖くてしょうがないのかなぁフラッチェ?」 

「……」

「フラッチェは可愛いなぁ。怖がりな女の子はモテるんだぞぅ?」


 ほう。


 ほう、ほう。そうか、そういう事か。


 レックスめ、さては俺を舐めてやがるな? そうか、そうか……。






「上等だコラァ!!」






 ここまで馬鹿にされては、いかに温厚な俺と言えど黙っている訳にはいかない。ぶっ殺してやる。生まれてきた事を後悔させてやる。


 マッチ棒だ? いうに事欠いて、この俺を相手にマッチ棒で戦うだぁ? どれだけ自惚れれば気が済むんだこの粗●野郎は!


 武器が違いすぎるとか、そんな言い訳は聞かないからな。全身切り裂いて、お前の粗●を公共の場に晒してやるよレックスゥ!!


「あーあ」

「あわわ……」


 俺は、全身を怒りで震わせながら。猛然と剣を抜き放ち、半笑いのレックスへ斬りかかった────








「……本当にチョロイです」

「大体、予想どーりやなぁ。この展開は」


 後ろでなんだか呆れ声が聞こえてきたけれど、そんなことはどうでも良い。まずはこの馬鹿をボコボコにしてからだ。













 数分後。












「くすん、くすん……」

「ちゃんと証文書いたら、みんなの前で読み上げろよー」


 負けました。


 ずるい、ずるいだろレックス。腕力差にモノを言わせて俺の剣を強奪するとか、酷すぎる。


 しかも、キッチリ最後は俺の首元にマッチ棒を押し付けて勝利宣言しやがったし。悔しい、悔しいぃぃぃ。


「私は、レックスに夜這いされても文句言いません……」

「ほい、よくできました。みんな聞いたか、言った通り俺様はいつでもそういうことが出来るんだよ」

「……ソレで良いのかお前」

「ひでぇ、やっぱレックスは糞野郎じゃねぇか……」

「人間のやる事じゃねぇ」


 悔し涙をポロポロこぼしながら証文を読み上げる俺を、周囲の冒険者たちは物凄く可哀そうな目で見ていた。


 勝負の結果、レックスがますます周囲から嫌われた気がする。まぁ、そんなのどうでも良いか。


「レックスもアカンけど、これはフラッチェも反省すべきやな。いくら何でも簡単に乗せられすぎや」

「がはは、安心しろって。本気で夜這いするつもりなんざ無いからよ、これはただの余興的なモンだ」

「うっさい、死ねよぉ……」

「哀れな……」


 本当にレックスから夜這いされたら自害するわ。というか、ショックなのはそこじゃない。


 ……折れかけのマッチ棒に負けたことだ。


 実質武器を持っていないレックスに、自分は武器ありで挑んで負けた。その事実に、俺は胸がかきむしられるほど傷ついている。


 そこまで、差があったのか。俺とレックスの間には。


「うぇぇぇん……」

「でもこれで、いつでもレックス様はフラッチェさんをいつでも夜這い出来ちゃうんですね。」

「おう。……いや、そんな事するつもりはないって。これはその、ただのネタとしてだな────」


 へらへらと機嫌よさそうに、レックスは証文を俺に見せびらかす。


 俺はひょっとしたらアホなのかもしれない。何でこんな見え透いた挑発に乗ってしまったんだ。


 いや、そもそも俺が油断しすぎだ。いくらマッチ棒を武器にしているとはいえ、相手は剣聖レックスである。全裸に剥いてやるとか余計なことを考えず、純粋に勝ちを求め戦えば良かった。



「────じゃあ、レックス様は当然、今ここでそれを破り捨てますよね?」



 その時。


 レックスの肩を掴んで怪しく目を光らせたメイが、満面の笑みでレックスに語りかけた。顔は笑っているけど、目が一切笑っていない。


「え、あ、メイ? でもさ、その、これは勝者の正当な権利だし、一応何かに使えるかも────」

「破り捨てますよね?」

「え、いや、でもこれは」

「使うつもりがないなら、破り捨てて問題ないですよね?」


 怖い。恋する乙女怖い。今のメイからは、有無を言わせぬ凄みを感じる……。


 まぁメイからしたら絶対許容できないよな、その証文。レックスが取られるのを、指を咥えて見るようなもんだ。


「……レックス様は、そんな人ではないですよね?」

「…………はい」


 やがて、気圧されたのか根負けしたのか。メイの視線に耐えられなくなったレックスは凄く名残惜しそうに、手に持った証文を破り捨てた。


 カリンはただ一人、爆笑しながらそれらの経緯を見守っていた。今回一番被害が少なかったのは、彼女かもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る