封印テープの秘密

kou

封印テープの秘密

 柔らかな日差しが部屋の窓から差し込み、床に淡い光の模様を描いていた。

 部屋は女の子らしく飾り付けられていて、可愛らしい小物類や人形などがあちこちに置いてある。

 その部屋に3人の小学生が低いテーブルに向かい、宿題のノートを広げていた。

「なあ春斗はると。ここの答えを教えてくれよ」

 戸山とやましょうは算数の問題を指差しながら尋ねた。その顔にはいつもの明るい笑顔が浮かんでいる。

「最初から答えを聞こうとするなよ」

 隣の水無月みなづき春斗はるとは呆れる。

「そうよ。解き方を聞くならまだしも、教えてもらおうなんて失礼でしょ!」

 二人の向かいに座る蔦木つたぎあやも呆れた声を出した。

 算数の解き方を分からないという翔の為に、彩は自分の部屋の提供を名乗り出たのだ。

 翔は普段使わない脳をフル回転させたことで疲労し、休憩がてらにトイレに立った。彩の家は代々続く神社ということもあって、家は日本家屋で広い。用を済ませた翔は部屋に戻るため廊下を歩く。

 すると廊下の真ん中に小さな木箱があることに気づいた。

 近づいて手にすると木箱は《封印》と書かれた文字と朱色で鳥居や五芒星が描かれたテープが貼ってある。

 箱を振ってみると、カラカラと音がする。

 不自然な場所に不自然な物があり、開けることを禁止する封印の警告。

 翔の中に、言いようのない衝動が湧き上がる。

 開けたい!

 開けて中身を確認したい!

 そんな気持ちが抑えられず、翔は封印と書かれたテープを剥がすと木箱を開けてしまった。


 箱の中を見る――。


 中には、小さな木片が入っているだけだった。

「何だ拍子抜けだな」

 翔は少しがっかりしながら木片に手を伸ばす。

 その時だった。

 背後から叫び声が聞こえ、翔が振り返ると彩が必死の形相を浮かべ走ってくるのが見えた。

「翔! 何してるのよ。これはお爺ちゃんが、預かっていた特級呪物よ」

 彩はすぐに木箱を閉じ、封印テープを貼る。

「何てことを……」

 彩は涙目になりながらその場にへたり込む。騒ぎを聞いて春斗も、その場に集まっていた。

「ヤバいわ。翔が封印されていた《妖魂魔王》に取り憑かれてしまったわ」

 彩の言葉に、二人は呆然とするしかなかった。

「一体何が起こるんだい?」

 春斗が訊く。

「恐ろしいわよ。憑かれると、授業で先生に当てられ、学校でお腹が痛くなり、帰り道では犬のウンチを踏み、テスト中に消しゴムをなくす……。といった恐怖に見舞われるわ」

 彩の説明に、翔は青ざめた。

「魔王って割にはセコくない。それに、この箱のテープって……」

 と春斗は箱に貼ってあったテープを確認しながら言っていると、彼は突然、うずくまる。

「大変。春斗が祟られたわ。こうなったら一刻も早く除霊をしなきゃ」

「マジで!? どうやって除霊するんだ?」

 翔は春斗を介抱しながら訊く。

「大丈夫、私に任せて! でも、おじいちゃんが言ってたんだけど、除霊にはいくつかの儀式が必要なの。まずは家の神社へ行きましょ!」

 こうして3人は彩の祖父が務める神社へ向かった。


 ◆


 翔は額の汗を拭いながら、雑巾を手に拝殿の床を拭いていた。

「思ったより広いなぁ、この社殿」

 春斗は額の汗を拭いながら、雑巾を水に浸し固く絞る。

「うん。でも神社の掃除って新鮮だよ」

 春斗の言葉に翔は呆れ顔をする。

「……これで本当に除霊なんてできるのか?」

 翔の呟きに、彩が反応する。

「もたもたしない。拭き掃除が終わったら境内の草むしりよ」

 二人はそれぞれ手分けして作業を始めた。

 翔と春斗は雑巾を片付け、境内へと移動し、彩の指示に従って草むしりを始めた。

 二人は再び雑草を引き抜き始めた。草むしりの作業が進むにつれて、境内はどんどん綺麗になっていく。

 夕陽が沈む前には、境内はすっかり清潔で美しい場所に生まれ変わっていた。

「やった! 全部終わったぞ!」

 翔は両手を上げて叫んだ。

 するとそこに紫の袴を履いた老人が姿を現した。老人は柔和な笑みを浮かべている。

「彩や。きれいに掃除できたようじゃな」

 老人は彩に話しかけ、孫娘の頭に優しく手を添えて褒めている。

「……ひょっとして俺達。彩に利用されたのか?」

 翔の呟きに春斗は苦笑する。

「今頃気づいた。あの木箱に貼ってあったテープだけど、あれただのマスキングテープだよ」

「なら春斗が倒れたのは」

「彩が影すら残さない素早さでボティブローをしたから」

 春斗の言葉を聞いた翔は、してやられたと思った。

「カリギュラ効果って知ってる?」

 春斗は訊いた。


【カリギュラ効果】

 他者から行為などを強く禁止されると、かえって欲求が高まる心理現象。

 人は本能的に自分で意思決定を決めたいと思う為、他人から強く禁止されると、余計にやりたくなってしまう。


 翔が《封印》を書かれた木箱を思わず開けてしまったのも、まさにこれであったのだ。

 つまり最初から《妖魂魔王》など存在せず、不安にさせることで、言いつけられていた清掃に二人は一生懸命働いたという訳だ。

「これが本当の計画的犯行か」

 翔は呟く。

 彩は小さく振り返って、可愛くテヘペロと舌を出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る