マモルとレイ?

 最近、マモル君、元気ない。もちろん……マミちゃんが休んで心配してるんだろうな。こないだ友だちとお見舞いに行ったら、マミちゃん、割と元気そうだったから安心したけど。帰りに叔母さんからお土産にヤキトリもらっちゃったし……それはいいとして。

 やっぱりマモル君は、様子がおかしい。一日中ため息ついてたかと思えば、よし頑張るぞ、と気合い入れまくっていたり。

 今もほら、何か困った顔してアタシの席の方へやってくる。

 え、アタシの席の方へ?

「レイ、ちょっといい?」

「べ、べつにいいけど。何?」

「ここじゃ何だから、おばけ廊下のあたりで」

 おばけ廊下とは、別におばけが出たりするわけじゃないけど、廊下の先の教室が今は使われてなくて物置になってるので、人通りが少なくて薄暗いからそう呼ばれているのだ。

 この廊下は生徒たちが内緒話したり、告白したりに使う。え! まさか?

「あ、あの……」

「どうしたの? そんなに改まって」

 アタシはオバケ廊下の壁に寄りかかり、平静を装って、マモル君が話し出すのを待つ。


「中学生の女子って、クリスマスにどういうプレゼントを貰うと喜ぶのかなって。レイはそういうの詳しそうだし、こんな相談できるの、レイしかいないし……」

 そういうことか。「こんな相談できるの、レイしかいないし」と言ってもらえるのは、大変光栄ですが、アタシには嬉しくない相談ごとなんですけど。

「そういうのって、相手の子と話したり、普段から観察してたらわかると思うんだけど……まあ、マモル君はこの手のことは苦手そうだもんね」

 どう考えてもプレゼントを贈る相手は、マミちゃんだろうね。

 応援してあげたい……反面、そして、わかっていたことだけど……こう面と向かって相談されると、胸のどこかがぎゅっと苦しい。


「アタシからマミちゃんに、それとなく好みを聞いておいてもいいけど、プレゼントもらったら、『あ、レイちゃんから聞いたのね』ってわかっちゃうもんね」


 思い切って提案してみた。

「ねえ、今度の土日どっちかで原宿行かない? 色々お店教えてあげるからさ」

「え、ぼくは原宿って行ったことないけど……だいじょうぶかな?」

「レイさんに任せなさい。アタシ、月イチで通ってるんだから」

「では、お言葉に甘えてよろしくお願いします。土日、いつでも大丈夫だから」

「じゃあ、日曜の午前九時半。千代田線の明治神宮前で降りて、原宿駅で」

「えっと、竹下口だっけ?」

「ううん、あそこは狭くて人多いから東口。千代田線降りて通路を上がって近い方」

「わかった、じゃあ、日曜よろしくお願いします」

 こうしてマモル君とのプレゼントアドバイスのお出かけが決まってしまった。


 で、日曜。

 最寄り駅から新宿駅各停に乗る。電車のドアの窓に映る自分のコーデを確かめる。ファー付き、黒のショートコートに、グレーのプリーツスカパン。コートの中は、スカパンと色を合わせたニット。

 何でアタシ、こんなにキメてんの? 友だちのガールフレンドのプレゼントを選びに行くっていうのに。それにマモル君のことだから、絶対冴えない服装で来るに決まってる……そう、私はこの子のことをよく知っている。


 

「あのさ、よかったらうちの班に入らない?」

 小学五年生の新学期、アタシはこの街に引っ越してきた。夏休みも終わり、転校して半年以上経つのに、なかなかクラスに馴染めなかった。何というか、友だちとの距離の取り方が下手だったんだ。ちょっと仲よくしてもらったら、馴れ馴れしくしすぎて引かれてしまうし。そしたら、それが怖くなって遠慮しすぎてしまうし。多分、クラスのみんなもつきあいづらいなあって思ってたんじゃないかな。

 五年の秋に移動教室というのがあって、群馬県にある田瀬谷区の施設で二泊三日の自然体験プログラムを受けた時。

 先生から移動教室の説明があり、その後、班分けとなった。誰が声をかけてくれるわけでもなく、誰に声をかけるでもなく、マゴマゴしていたら、一人取り残されていた。そしたらマモル君が誘ってくれたんだ。

「うちの班、もう一人余裕あるから。みんないいよね?」

 マモル君の班のメンバーのリアクションは微妙だった記憶もあるが、マモル君は、じゃあ決定だねと言って、提出するメンバー表にアタシを書き加えてくれた。

 移動教室に行っても、飯ごう炊飯や登山など、アタシのそばにいてくれ、班のメンバーとの会話もつないでくれる。

 こうして徐々にアタシは仲間との接し方を覚え、会話の輪の中に入り、小学校を楽しく卒業することができた。中学デビューも無事に果たすことできた。

 今のアタシの陽キャは、マモル君の声で、マモル君のやさしさで、作られたんだ。


 マモル君は不思議な子だ。社交的、内向的どちらとも言いがたい。勉強はできるが、秀才君っていう感じもしない。仲間のリーダーというわけでもない。出るときは出るし、引っ込むときは引っ込む。 なんかもう、何もかも自然。かと思えば、中学男子特有の「しょうもなさ」も時々発揮する。前にマミちゃんを保健室に連れて行った時も、あの時のしょげ方から察するに、何かとんでもないことをやらかしたからに違いない。

 普段はそっけないように見えるが、必要だったら物怖じせず、人の手助けをする。

 転校生は大概、手助けを必要としているので、やさしく接してくれる。その一人目がアタシだし、もう一人は……マミちゃん。

 私は周りに馴染むことができ、思ったことを明るくバシバシ言える性格になった。仲間の輪に入るだけでなくグイグイ引っ張れる存在にもなった。そんな姿を見て安心したのか、マモル君は私との間に、ちょうどいい距離を作った。まあ、時々ここぞというタイミングで声をかけてくれるけど。

 アタシはと言えば。マモル君には言いたいこと、言うべきことがあったのに。……それができなかった。

 そしてマミちゃんが転校してきた。

 アタシはマミちゃんにヤキモチを焼いているんだろうか? 自分でもよくわからない。でも。胸のどこかで焦りのような、淋しさのような感情が渦巻いていることは確かだ。やっぱヤキモチ、嫉妬だよね。

 そんなこんなを考えながら、電車のドアの窓に映った自分を眺める。マモル君の瞳には、玲花はどう映っているんだろう。今日は、私にとって、マモル君にとって、どんな日になるんだろう?


 千代田線からの階段を上がり、JR原宿駅の改札口にたどり着いた。マモル君は、もう来ていた。学校にもよく着てくるダッフルコートとデニムのパンツ姿。可も無く不可も無く。マモル君はアタシに気がつくと手を上げて合図してくれたが、近づくとなぜか目をそらし気味。

「どうしたのよ、なんか変?」

 あいさつもそこそこに、マモル君の挙動不審ぶりを指摘する。

「あ、いや、レイの私服姿なんて、最近あまり見ないから……女の子だな、と思って」

「何よそれ。まあ、褒め言葉として受けとっておくわ。さあ、行きましょう」

「うん、よろしく。でも待ち合わせ、随分早い時間だね」

「竹下通り、お昼前から混んじゃうからね。まだやってないお店もあるけど、まずはぐるりと一回り。そのあと、なるべく落ち着いてお店回りたいじゃない」

「なるほど。やっぱり一緒に来てもらって助かった」


 という私も、この辺りの変化には追いついていけてない。通い始めた三年前くらいは、通りを歩いているのはアタシのような女子中高生がほとんどだったような気がするが、今は、色んな国からの観光客や家族連れが増えた。お店のスタッフも国籍不明?の外国人が多い。

 まだそれほど人通りが多くない竹下通りを進んで行くと、マモル君が猫カフェの看板に目を留めている。

「こんな所にも猫カフェ、あるんだ」

「チッチッチ。そんなもんじゃないわよ。ここは犬カフェや子豚のカフェ、ハリネズミなんかの小動物、それにカワウソのカフェまであるんだから」

「ええ! それまじ?」

「うん。入ってみたい? マモル君、生き物、得意だもんね」

「いや、生き物じゃなくて『生物』」

「似たような、もんじゃない」

「そうかな? でも今日は遠慮しとく」


 まだ開いていないお店もある中、まずは竹下通りを端から端まで歩いてみる。マモル君が反応したのは、ファッション小物や靴下の専門店など。アクセサリーショップは素通りする。

「ネックレスや指輪なんかは候補にしてないの?」

「うーん、どういうデザインが好きかわかんないし、中学生なのに……なんか重くない?」

「確かにそうね。あたしだったら喜ぶけどねー」

「え!」

 こういう反応がいちいち可愛い。


 何人か並んでいる食べ物屋さんの前で、マモル君の足が止まる。

「なんか、みんな長いもの持ってるけど」

「ああ、あれはトルネードポテトね。長いのは五十センチくらいあるわよ」

「へえ! おごるから食べない?」

「ええ、まさか朝ご飯食べて来なかったの? 三十センチくらいのでも結構、量あると思うんだけど」

「じゃあ、一つ買って分けよう」

「い、いいけど」

 こういうところ、変にためらいがない。

 「LONG」を注文し、お店の脇道で二人でちぎりながら食べる。……これって何かデートっぽいんだけど。


 再び、マミちゃんへのプレゼントを選ぶためにお店を見て回る。

 だんだんマモル君の傾向が掴めてきた。手袋、ソックス、レッグウォーマー、そして腹巻き。要は、「あっためたい」んだ。 

「アイテムは決まりかな。『君を暖めたい四点セット。』さあ、ひとつずつ選ぶよ」


 図星だったのか、アタシに言われて初めて気づいたのか、マモル君はその提案に目を丸くしたが、素直に従い、ソックス専門店、ファッション小物店に入り、私のお任せで、マミちゃんが気に入りそうな色やデザインのものを全体の統一感も考えながら選んだ。最後に腹巻きを買ったお店で、まとめてクリスマス用のラッピングをしてもらった。


 目的を済ませ、この後、今日のお礼にと、早めのお昼をマモル君にごちそうしてもらうことになっている。 その前に、竹下通り中ほどにあるアルタ原宿に寄らせてもらった。ここの一階に私のお気に入りのお店があり、最近の商品をチェックしたかった。色合いが落ち着いていて、なんとなく大人っぽくて、でもそこそこ安いので気に入っている。ニットをざっと見てまわり……低いカウンターに重ねて展示してあるマフラーが目についた。色合いも好みで、手触りもいい。今度来たときに買おう。

 次の「獲物」の目星がついたので、マモル君にありがとうと言って、トイレタイムをもらう。竹下通りは小さなお店が多いので、三階ではあるけど、ここの建物のトイレは重宝している。


 アルタ原宿を出ると、既に竹下通りは人の流れが多くなっている。あまりお店選びにうろうろしていると混んでしまうので、入り口付近にある茶蕎麦屋さんに入る。マモル君はミニカレーセットを頼み、アタシはミニ天丼セットをごちそうしてもらった。

 その後、隣りのルポンテビルのお店を少しだけ覗く。マモル君は何が気に入ったのか、自分用にと、「炒飯」とでかでかと書いてあるTシャツを買った。これ、いつ着るの?


 地元駅まで一緒に帰ろうとマモル君が言ってくれたので、ちょっと緊張するけど、そうすることにした。明治神宮前駅から千代田線に乗り、代々木上原で、地元の滝見駅に停まる電車に乗り換える。

 

 昼過ぎの各駅停車は人がまばらだ。アタシたちは並んで座った。電車の窓の外はまだ明るく、木々や電柱の影が映っては過ぎ去っていく。


「あのさ。今日はありがとう」

「いえいえ、どういたしまして。いろいろ見て回れておいしいもの食べられて楽しかったし」

 マモル君は膝においていたリュックから包みを取り出す。

「えーと、これ。今日のお礼」

「そ、そんなのいいわよ。さっきお昼おごってもらったし」

「……なんか、これ欲しそうに眺めてたし、こういうの好みなのかなって」

 見覚えのあるロゴが入った袋を受け取り、中をのぞく。

「あの、これ……」

 さっき私が手に取って見ていたマフラーだ。アタシがトイレに行っている間に買っておいてくれてたんだ。 

「思ったより安かったし、あ、別に安いから買ったわけではなくて……あったかそうだし」 


 アタシは、膝の上にマフラーを載せて眺めた。涙がにじんでくる。


 こういうところだ。


 アタシも暖めたいと思ってくれたの?

 まだ明るいお昼過ぎなのに。

 まわりに人がいる電車の中なのに。

 マフラーの上に涙が落ちる。でも、涙を止められない。涙を止めたくない。ほんとうは、アタシの気持ち、マモル君に知って欲しい。


「大丈夫?」

「……うん。大丈夫」


 電車に乗っている間、マモル君はそれ以上声をかけてこなかった。それがありがたかった。もし、声をかけられたら多分……


 地元の駅に着き、階段を降り、改札口を出る。マモル君の家と私の家は逆方向。ここでお別れだ。


「レイ、本当にありがとう」

「お安いご用」

「じゃ、また明日学校で」

「うん、またね」

 アタシ達は、背を向けて歩き出す。


「あのさ、」

 数歩歩いたところでマモル君が声をかける。

 私は少し驚いて振り返る。


「うまく言えないんだけど……マミちゃんは今、すごく困っているんだ。何とかしてあげたい。守ってあげたい」

「そう、なんだ。……そうだね。キミ、マモル君だもんね」

「うん」

「がんばれ」

「ありがとう。がんばる」


 私たちは再び反対方向に歩き始めた。

 がんばれ! アタシ。

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