マミルとマモルのカレー屋さん

 結局、寝坊して朝食を食べ損ねたぼくは、登校すると、なるべくカロリー消費を抑え、また睡眠時間を確保しようと、机に突っ伏した。

 意識がもうろうとし始めたころ、誰かがぼくの背中をチョンチョンとつつく。顔を上げると、心配そうにマミちゃんが見つめている。


「お、おはよう。マミちゃん。」

「おはよう。マモル君・・・夕べはごめんね。」

 何に対してのごめんねかは詳細不明だけど、無難に「ぜんぜん大丈夫だよ」と返事しておいた。

「でね、マモル君。今度の土曜のお昼ごろ、予定ある?」

「と、特に何もないけど、どうかしたの?」

「その・・・お詫びにお昼ご飯でもどうかなと思って。」

「え、だからお詫びだなんて、気にしなくていいてば。」

 マミちゃんは、「ふりゅん」と言って、ちょっと悲しそうな顔をした。何か冷たい態度になっちゃったかな。

「あ、でも、お詫びは置いといて、お昼ご飯、いっしょに食べようか?」

「うん! ありがと。」

 マミちゃんの表情はパッと明るくなり、「えへへ」と笑った。

 お詫びしなくちゃいけないのは、ぼくの方だ。どっちにしても、ご飯代はぼくが出そう。


 土曜の十二時、ぼくらは滝見駅前広場で待ち合わせた。先に来ていたマミちゃんが、ぼくに気づいて手を振る。女の子のファッションはよくわからないけど、ベージュ色のパーカーで、グレーのミニスカートに黒いストッキング姿。私服のマミちゃんも可愛いなと思った。

「こんにちは、マモル君。今日はありがとうね。」

「こっちこそ。お店、どこ行こうか?」

「えと、行って見たいところがあるの。」

 マミちゃんは、そう言って商店街の方に歩き出した。

 この前一緒に買い食いしたケーキ屋さんを過ぎたところに「2F カレー」の看板が出ていて、マミちゃんはその前で止まった。そうか、カレー大好きなんだっけ。ぼくが先に狭い階段を上がり、お店のドアを開ける。スパイシーな香りが、ふわっと押し寄せた。店員さんに二人がけのテーブルに案内してもらう。スタンドに立ててあるメニューを見ると、すごい品数だ。ぼくはページをめくってあれこれ悩んだが、マミちゃんはもう決めたのか、出されたお水を飲んでいる。一応「頼んでいい?」と確かめ、すみませんと店員さんを呼ぶ。

「ぼくは、豚キャベツカレーをください。」

「わたしは、鶏スパイシーカレーをお願いします。」

 なるほど、鶏とカレーか。あと、ラッシーも一緒に頼んだ。

 料理が来るのを待っている間、何を話そうか迷った。二人で会うのは、こないだの夜以来だし、叔母さんからマミちゃんの秘密を聞いているけど、どこまで話題にしていいんだろうか。


「えーと、叔母さんから聞いたんだけどね。」

 マミちゃんはびくっとしてコップの水をこぼしそうになったので、会話の先を急いだ。

「子供たちに色々教えたいんだってね? 将来、先生とかになりたいのかな。」

 ちょっとほっとした表情を見せてマミちゃんは答える。

「うん。まだ自分が知ってる簡単なことしか教えられないけど、ちっちゃい子が一生懸命聞いてくれるのを見てると嬉しくなっちゃう。」

 子ダヌキの先生になりたいのだろうか? 人間の子供の先生になりたいのだろうか? 叔母さんの忠告に従い、乙女心を大事にしたいので、マミちゃんにそれ以上聞くのはやめよう。

「マモル君は、将来何かやりたいこととかあるの?」

「いや、今までそんなこと考えたことも無かったよ。でも、理科、特に生物とか好きだから、そっちの方かな。」

 でも、「そっちの方って、どっちの方?」 と聞かれても、今のぼくは何も答えられない。将来のことなぞ考えずに学校行って勉強して、友だちと遊んで、家に帰って漫画読んで、宿題してゲームするだけの毎日なのだから。

「マミちゃんは偉いな。もう将来のことを考えていて。」

「えへへ、そんなことないよ。マモル君も、やりたいことが、見つかるといいね。」

 そう遠くない未来、学校の先生になっているマミちゃんの隣で、ぼくはどんな姿で立っているのだろうか。あ、隣に立ってること前提になっているけど、そうあって欲しい。そうなるようにしたい。


「お待たせしました。」

 店員さんが注文したカレーをテーブルに並べる。続いてラッシーも持ってきた。僕にはちょっと辛かったが(姉から「お子ちゃま舌」と馬鹿にされている)、マミちゃんは平気で美味しそうに、幸せそうに食べている。

 このとき、改めて僕は早く大人になりたいと思った。

 でも、その焦りが後悔を招くことになる。


「美味しかったー。ごちそうさまでした。」

 とぼく。

「ごちそうさまでした。おなかいっぱい。」

 とマミちゃん。


 よく話し、よく食べたぼくたちは満足して席を立ち、お店の入り口近くのレジに進む。

 ぼくは財布を取り出し、「二人分お願いします」と伝票をお店の人に渡した。

「あ、今日は私が払うの。」

「いや、いいよ。こないだ迷惑かけたの、ぼくの方だし。」

「でも、叔母さんのお店のバイトのお給料も貰ったし・・・」

「いいってば。」

 少しでも大人ぶりたいぼくは、半ば強引に財布からお金を取り出し、トレーに置いた。別に、マミちゃんが木の葉を前に、忍術の「印の結び」のように手を動かし、お金に変える様子をイメージしたからではない。


 マミちゃんは「ふりゅん」と言ってうつむいてしまった。


「じゃあ、また来週。」

「うん。」

 お店を出ると、ぼくらはそれぞれの家に向かって歩き始めた。少しして振り返ると、マミちゃんの後ろ姿はちょっぴり淋しそうに見えた。


 ぼくは、叔母さんの言葉を思い出し、その日の観察&反省文のノートに「お前のそういうところ直せ」と書き込んだ。子どものくせに。大人ぶって。


 翌週、マミちゃんは学校を休んだ。それに加えて衝撃的な事件が起きていた。

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