なぜか同級生
小学校の入学式の日。
先生に案内され、新しいランドセルを背負った一年生達が教室に入る。ケンの姿もその中にあった。
「みんなのランドセルは、ぴかぴかなのに、ケンのランドセルは光ってないわね。」
その声に振り向く。すぐ後ろに、いたずら好きのお姫様がいた。
赤いリボンはつけておらず、栗色の髪は肩まで下ろしていた。
ケンの頭の中が混乱している。
クミは『年長組』で、お姉さんっぽかった。でも、なぜ、同じクラスにいるの?
ケンは、年少、年中、一年保育の意味がよくわかってなかったみたい。
お気に入りのランドセルをけなされ、反論してみる。
「お母さんとランドセルを買いに行った時、ぴかぴかしてないこれがシブくてかっこいいと思ったんだけど。」
「かっこ悪いとは言ってないわよ。なかなかいいと思うよ・・・それから、そのロボットもね。」
クミは、つや消しの黒いランドセルにぶら下がっている、ロボットのキーホルダーをつつく。
それから背を向けて、自分の赤いランドセルを見せた。それには、くまのキーホルダーがぶら下がっていた。
クミは、そのくまさんについて、ケンに何か言ってもらいたかったみたい。でもケンが無反応だったので、ツンとしてさっさと教室に入っちゃった。
子供達がみんな教室に入ると、男女二列で背の高さ順に並ばされた。座席の順番は、背の順で決められる。
チビのケンは、一番前の窓側。
隣りの席にクミが座った。
ケンは首をかしげる。幼稚園の時は、背が高く見えて、ちょっと怖かったのに、ぼくと同じ、一番前の席?
子ども達は決められた席に座っても、みんな興奮気味で賑やか。
少しオシャレして、教室の後ろに並んでいる母親、父親たちも少しザワザワしながら嬉しそうに眺めている。
「みなさん、入学おめでとうございます。このクラスの担任の『新原(しんばら)』です。名前の通り、みんなが騒いでいると、シンバルをガシャーンと鳴らしますからね!」
・・・新原先生のギャグは不発に終わった。まあ教室は静かになったけど。
でも、クミだけは「アハハ!」と大声で笑っている。
入学式は、となりの席の子と手をつないで体育館に入場だ。
クミは、体育館の入り口まで来ると、「さあ、どうぞ。」と手を差し出した。ケンはちょっと顔を赤くして、こわごわ、そーっと、その手を握る。
ホントは、クミの顔も少し赤くなっていたんだけどね。
入学式の翌日。
一年生達は、学校中の施設を案内された。職員室、校長先生の部屋、保健室、図書室、そして給食室。
給食室には大きな釜や鍋がずらりと並んでおり、給食を作ってくれるおばさん達が、子供たちの行列を笑顔で迎えてくれている。
背の順に並んだ行列の先頭は、ケンとクミ。
ちょっと太めの給食のおばさんが「入学、おめでとうさん。」と言って、クミをぎゅっと抱きしめた。
でも、クミは抱きしめられながら、ぷいっと横を向いちゃった。その顔は少し悲しそう。ケンと目が合うと、フンッと反対側を向いた。
次の日から、給食の始まり。
上級生が鍋や食器を配膳用のテーブルに並べてくれ、ごはんやおかずもよそってくれる。
初めての給食に、男の子も女の子もうれしさを隠しきれない。押し合いへし合いで列に並ぶ。ケンもその一人となり、お盆をひっくり返さないよう、気をつけて席に戻った。
一方、クミはというと。
行列に加わらないで、ぽつんと座っている。机の上には、薄いピンクの風呂敷に包まれた、小さな包み。
新原先生がケンに寄ってきて、そっと話しかける。
「クミちゃんは、食べられないものがあってね。お母さんと先生とで相談して、お弁当を持ってきてもらうことにしたの。この学校の給食室の設備はね、ひとりだけに別のメニューを用意するのが難しくてね。」
ケンは思う。好き嫌いがはげしいのかな。サツマイモは好きそうだったけど。
先生の合図で、『いただきます』の大合唱。ガチャガチャと食器がぶつかりあう音が廊下にも響き渡ってる。
クミは少し恥ずかしそうに、弁当箱を隠しながら食べている。
小学校の生活が始まって、二週間。
仲好しグループが自然に生まれ、みんな、なんとなく好きな子、苦手な子ができ始めているみたい。
ケンは、一番背の大きいタケルという子が、まわりの男の子にちょっかいを出しているのを見て、あまり近寄らないようにしようと思ってる。
クミは、ヨリという女の子と友だちになった。この子は、いつもニコニコ笑っていて、感じのいい子だ。
ある日の給食の時間。
タケルが中心となった、男の子五人のグループがゾロゾロと、ケンたちの方へ近寄ってくる。
五人組はケンとクミの席を囲む。新原先生は、用事で職員室に戻っていて、今は教室にいない。
「おまえよう、いつも弁当持ってきて、ズルくねえか? 母ちゃんに好きなもんばっかり弁当箱に入れてもらってんだろ。」
「そうだっ! 先生も、好き嫌いしないで何でも食べなさいって言ってるじゃないか!」
「そうだそうだ。」
五人組のターゲットは、ケンではなかった。
だいたい五人とも、いつも嬉しそうに給食を食べているのにね。
クミは箸を置き、何も答えずに、うつむいてしまう。
ケンは、少しびくびくしながら、その様子をうかがってる。
「おい、何か言ったらどうなんだよ。」
五人組は、クミにからみ続ける。
ケンが横目でちらっとクミの顔を見る。
大きく開けているその目から、涙がにじみ出ている。
必死に泣くのをこらえている。
幼稚園の時から、ケンはクミが泣いたところを見たことがなかった。
ケンは立ち上がった。
「食べるの、じゃましないでよ。クミちゃんには何か理由があるんだから、ほっといてよ!」
五人組は一瞬びっくりしたみたいだけど、すぐにケンに向き直り、顔をニヤつかせた。
「クミちゃんだってよ。はずかしー。前から思ってたんだけどよ、お前ら、学校でイチャイチャすんなよなー。」
五人がはやし立てる。
タケル達は、仲がいい二人のこと、ちょっと羨ましかったんじゃないかな。
ケンが何かを言おうとした時、クミがセーターのすそを引っ張り、ケンを座らせる。
「もういい。」
「だって・・・」
クミは食べかけの弁当箱をしまうと、教室を走って出て行っちゃった。
友だちのヨリがその後を追いかける。
その日。
ケンは学校から家に帰り、ランドセルを机の上に置く。
そしてベッドに顔から倒れ込む。
なんかおかしい。
なんかくやしい。
なんで、クミがあんなこと言われなければならないの?
あしたからも、おんなじことが続くのかな。
クミのあんな顔、見たことない。
クミのあんな顔、見たくない。
ケンは、何かを決心したみたい。お母さんに事情を話し、お願いする。
そばで聞いていたお姉ちゃんが冷やかすけど、それは無視。
お母さんは真剣に聞いてくれている。
「ケン、本当にいいの?」
お母さんは、ケンの目をじっと見つめている。
「うん、そうしたい。」
「わかった。」
そして、お母さんは学校に電話をかけた。
「もしもし、一年二組のケンの母親です。担任の新原先生にご相談がありまして・・・」
次の日の給食の時間。
ケンは深呼吸して、ランドセルから弁当箱を取り出した。
クミは、可愛いお口をぽかんと開けて、それを見ている。
新しく決まった給食係の号令に合わせ、ケンはいつもより大きな声で「いただきます」の挨拶をした。弁当箱のフタを開け、ぱくぱく食べ始める。
その間、口をあけたまま、クミの動きはずっと止まっていた。ふと何かを思い出したように弁当の包みを開け、箸を持つ。
タケルと子分二人が近づいてきたが、ケンはギロッと三人を睨んだ。
新原先生も「自分の席に戻りなさい」と助け船を出してくれた。
クミが、ケンの肩をつんつんする。
「ありがとう、ケン。」
クミはぽそっとつぶやき、それから箸を持ち直して、野菜の煮物を食べた。
日射しが強くなって、そろそろ夏かなって思うころ。
一年生たちも、だいぶ学校に慣れたみたい。
給食時間の騒動も何とか収まって、クミは幼稚園にいた時みたいに、明るく堂々としている。
結局、いたずら姫と従順な家来の関係は、ずっと続いている。
例えば・・・
鍵盤ハーモニカのテスト。
一人ひとり、新原先生の前で弾いてみて「合格」と言われたら、グラウンドで遊べる。ケンが合格をもらい、教室を出て行こうとしたら、「待って、ケン! 先生は『半合格』っておっしゃたのよ。もう一回受け直し!」
校内の写生会。
グラウンドに出て、ケンはバラの花と一緒に、そこに潜っている『ハナムグリ』を描いている。鮮やかなミドリ色の可愛い虫。クミはケンの画用紙の上の方に空飛ぶ円盤を描き加え、ニッと笑って逃げていった。
夏休みに入った。
ケンは友だちのゴックン、そしてクミとヨリと一緒に、学校の解放プールに通った。
実はケンは泳ぎが苦手。
ある日。三年男子トリオが、背の小さいケンを捕まえ、プールの背が立たない深いところに放り投げてしまった。自分が吐き出した空気の泡で、ケンの目の前は真っ白。苦しくてもがいているところ、サッと手が伸びてきて、誰かがケンの腕をつかみ、プールサイドに引き寄せた。
クミはそのままプールを上がると、三年生に「溺れて死んじゃったらどうすんのよ!」とすごい勢いで怒鳴りこんだ。悪ガキトリオはタジタジとなってプールサイドから退散した。
二学期が始まった。
一年生でも、クラスごとに「級長」が決められ、クラスをまとめたり、先生の手伝いをする。「はい」と手を上げ、クミはただ一人、立候補した。クラスの女の子たちは、クミの立候補を喜び、みんな賛成した。お姫様は級長の地位を手に入れた。
級長の特権で、副級長を指名できる。ケンは何だかイヤな予感がしていたが、ご指名により、副級長となった。お姫様と家来の関係は、まだまだ続く。
ケンとクミ。
はじめのうちは、一緒に遊んだり帰ったりしていると、まわりの子ども達は冷やかしていた。でも、クミが睨むし、何よりも、二人があまりにも自然にしているので、冷やかし甲斐がなくなっちやったんだよね。
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