第28話 夏と秋の境界線上で(久遠心優視点)
前々から先輩と乗ってみたかった観覧車。
幻想的な黄昏の空の下、列を為す多くはおそらくもうお互いの関係性をはっきりとさせたカップルたち。
公然と手をつないだり、腕を組んでみたり。そんな彼女たちが羨ましいような羨ましくないような。
でも、いま先輩と一緒にいられるのは私だけだから。
それだけは強がりなんかじゃなく本心だった。
ゴンドラに乗り込む時、スカートの裾が上手く広がってくれず、つま先を引っ掛けてしまった。
そんな私を力強く引き寄せるように先輩が抱きとめてくれる。
顔を上げると先輩と目が合った。
「す、すみません。先輩……」
「いや……、俺が無理に引っ張ったからだ。ごめんな」
職場では絶対に見せてくれない優し気な
ここ3週間ほどは仕事に追われっぱなしだったせいだ。久しぶりの先輩に目を合わせてられない。
扉が閉じられた後、優しくシートに降ろされる。次いで正面に座ろうとした先輩。私は咄嗟に彼のシャツの裾を指先で
隣に座るとそれはそれで今の気持ちが伝わってしまいそうで恐いけど。
でもこんなにも熱くなった顔を真正面から見られるのはもっと恥ずかしかったから。
「隣、座ってください」
少しだけ腰をずらし左隣をトントンと叩いて見せると、先輩は「おう」と口の動きだけ見せて隣に腰を下ろす。
こんな風にいつだって先輩は断らない。
だから私が望めば……もしかしたらもっと先へ進めるのかも知れない。
あの日、これからも私の隣にいたいって。
そう言ってくれた先輩。
その言葉が彼の中でどんな意味を、どれほどの意味を持っているのかまでは私には分からない。
でも、少なくともいつだって慎重な彼が私のために一歩踏み出そうとしてくれたことだけはたしかで。
そのことが本当に嬉しかったから。
だからこそ先輩を困らせたくない。
観覧車に乗りたいって言ったのもただ単に先輩との思い出を一つでも増やしたかったからで。それ以上を望んでるわけじゃない、はず。
いつものペースに戻さなきゃ。
景色をさっと見回して思いつくままに本社の位置を聞いてみるも間違っていたらしい。実は少しだけ自信があったんだけどな……。
内心でショックを受けつつ、まあでも先輩が笑ってくれたから良しとしよう。
数分後、頂上が近づくに連れ、妙な空気感が私たちを包みこんでゆく。
なにか話さなきゃ。そう思ってるのに上手く言葉が出てこなくて。こんな顔も見せられなくて。
そんな中、視線を感じた私は先輩の肩にもたれかかることにした。
今の私を見られたらきっともっと意識させちゃうと思うから。少なくとも今日は……そんなつもりじゃなかったから。
「私……、今で十分幸せですよ」
本心だった。
こうやって一緒にいてくれるだけで十分幸せで。これ以上を望むのはただのワガママだ。そんな想いで絞り出した言葉だった。
わざわざ言う必要なんてなかったかも知れない。
でも先輩は優しいから……。
上手く伝わってくれたらいいんだけど。
そんな想いでいるとなぜか先輩の腕が動いた。次いで指先だろうか、私の髪……に触れる?
驚いた私は気付いたら視線を上げていた。
すると今まで一度も見たこともないような、色んな感情の入り混じったような眼とぶつかって。
このまま目を合わせてたらどうにかなってしまいそうで。私はまた顔を伏せる。
すると、先輩が私の髪を優しく撫で始め……。
どうしよう。どうしよう……。
頭を撫でられたくらいでこんなになっちゃうなんて、いつか死んじゃうかも知れない。
そのいつかを想像してまた顔が熱くなる。
こんな
それからの7分とちょっと。
抑えようと必死で頑張っては見たものの結局最後の最後まで胸の高鳴りが収まってくれないまま、気付いたらゴンドラは元の位置に戻っていた。
俯きがちにちらと先輩を見遣る。
すると先輩も俯き加減、私と目を合わせようとしなくて。きっと私だけじゃなくて、先輩も同じだったんだと思う。
見上げると夏の終わりを知らせるかのような、少しだけ秋がかった空。
観覧車を降りた後も私たちは無言で。
当分の間、視線を合わせられないままだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます