第23話 この想いを鎮めたくて


 その後、久遠ひさとおと二人浮き輪でぼーっと海に浮かんでみたり、かき氷を早くかき込み過ぎて頭をキーンとさせてみたり。はたまた志郎君と美玖ちゃんを交えながらビーチバレーやスイカ割りに興じてみたり。


 まるで学生時代童心に戻ったかのように笑い合った俺たち。


 楽しい時間はあっという間に過ぎるもので。

 沈みゆく夕陽に名残を惜しみつつ久遠ひさとおの親戚が経営するという民宿へ移動すると、待ってましたとばかり仲の良さそうな夫婦が景気の良い笑顔で出迎えてくれた。

 

 しかもなんと今日は貸し切りにしてくれているらしく。

 持ってきた手土産の小さく見えることったらないんだが……。

 

 これはお歳暮でリベンジ必須だな。

 冷や汗混じりにそんなことを考えながら個別に当てがわれた風情ある和室にさっさと荷物を置くと、男女に別れ浴場へ。


 その後、絶品の海鮮料理に舌鼓を打ちながら、我が後輩お待ちかねの時間だ。

 疲れているからだろう、いつもより酒の回りが早かった。


 


 締めは定番、花火である。


 紙筒から放物線を描く色とりどりの火花が美人姉妹をあでやかに彩っている。


 そんな彼女らを酒の肴にしつつ、遠目にひとり縁側でアルミ缶にちょびちょび口をつけていると足下に伸びてくる影がひとつ。志郎君だ。


「となり、いいですか?」 


 手に持つのは相変わらずウーロン茶。

 主義云々じゃなく単に飲むとすぐ寝てしまうのだとか。乾杯こそ無理して付き合ってくれたらしいが、ひと口で終えた以降はずっとノンアルである。

 

 志郎君は礼儀正しくも了承を得てから隣に腰掛けると、俺と同じように美人姉妹に視線を置いた。


 これから何を話すのか。

 彼の目を見た時になんとなく分かった。


 それはきっと志郎君にとって大切な話で。

 だけど俺にとってはどうだろうか。

 聞いてみるまでは分からない。


 少しのあいだ続いた沈黙。そしてやっと空気が動く。

 

「あいつの、心優みゆの大阪転勤が決まった時……。実は俺、彼女に告白したんです」


 慎重に言葉を紡ぎ始める志郎君。

 手にアルミ缶を持ったまま、俺は何も言わず彼の言葉に耳を傾ける。


「結果はご想像の通り。もちろんフラれました。というか心優みゆのほうも俺が告白してくるのを分かってたんだと思います。傷つけないように上手くフッてくれて。いつだってあいつは俺のことをお見通しなんですよ」


 はは、と自虐的な空笑いを浮かべる志郎君。


 彼は久遠ひさとおと離れるのを分かった上で告白したのか。

 しかもフラれるのすら分かったその上で尚、どうしても気持ちを伝えたくて。 


 そんな彼に俺は無意識に今の自分を重ねていた。


心優みゆとは小さい頃からずっと一緒で。俺にとってはあいつと一緒にいるのが当たり前で。高校を卒業するまでは本気でずっとそれが続くものだと思ってました。でも別の大学に進んでから、そうじゃないんだってことに気付き始めて——」


 志郎君はクビっとウーロン茶を深めに煽ると真っすぐ俺に視線を合わせる。


「幸せにしてやってくださいとか……、そんな大それたことは考えてないんです。

ただ、あいつにはいつも笑顔でいてほしくて。だから……」


 こんな真剣な表情かおで今日の今日までひとつも交友の無かった俺に大事な想いを託すなんて。志郎君だってさぞや本意じゃないことだろう。


 誰かと深く関わることは、その人を想う誰かの気持ちまで背負うってことなのかも知れない。

 この歳になって初めてそんなことに気付かされるんだから、まだまだ世の中は知らないことだらけだ。


 大人になればどんどんとつらの皮が厚くなっていく。

 それは悪いことばかりじゃない。けど、だからこそいつの間にか本心がどこにあるのか自分ですら分からなくなっていくんだろう。


「すみません、俺ばっかりペラペラと喋っちゃって。フラれたお前が何言ってんだって話ですよね」


 苦笑いを浮かべる志郎君に向け首を横に振る。


「そんなことないよ。それに……明日あすは我が身だからさ」


 いや、明日あしたじゃなくひとまずは今日か。

 

「永瀬さん。それって——」


 パチパチとまばたきをすると、志郎君は遅ればせながら俺の視線の先を追いかけて更に目をしばたかせる。


 そう。少しばかり前から美人姉妹の姉の方がこちらの様子を窺っていたのだ。


 志郎君と目が合ったのをきっかけに久遠ひさとおが歩み寄ってきた。


「二人で何話してるの?」


 そう言うと俺と志郎君を交互に見遣る久遠ひさとお


「ただの世間話だよ。じゃあ俺は美玖みくのとこに行きます。あいつ、っとくとうるさいんで」


 立ち上がった志郎君から目配めくばせをされ、俺もひょいと缶ビールを挙げそれに応える。

 すると入れ替わるように久遠ひさとおが隣に腰を下ろした。


「で、二人で何話してたんですか?」


「別に大したことは何も。志郎君が言ってた通りだよ」


「だったら教えてくれればいいじゃないですか」


「たしかにな。ほら、それより乾杯しようぜ」


 手元にあったアルミ缶を手渡すと「お。いいですねえ」とケロッと表情を変える後輩。

 彼女が差し出してきたアルミ缶に俺もカツンと自分のそれを合わせた。


 いつもと遠く離れた場所で、いつものように隣に久遠ひさとおがいる。

 不思議な感覚だ。 


 見上げた空がやけに低く感じるのは湿度が高いからだろうか。

 都会では決して見ることの出来ない数多の星々が迫りくるその様は圧巻の一言ひとことに尽きる。


「今日、楽しかったですね」


 同じように夜空を見上げながら両方の膝下をブラブラとぶらつかせる久遠ひさとおに俺も「そうだな」と短く返した。


 うっすらと聞こえてくるさざ波の音色が心地良く耳を包みこむなか、お互い無言のまま、ただゆるやかに時間だけが流れてゆく。


 ベタだけど、もしこのまま時間が止まってくれるんならな——。


 そんなことを考えながら。


 だけど、時間は止まってくれないんだ。


 残念ながら。



 だから、


 俺たちも少しくらいは時間を進めなきゃな。


 



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