第20話 彼女と千葉の海へ


 盆休み夏休暇も後半戦に突入。

 東急とJRを乗り継ぎ千葉駅のホームで久遠ひさとおと合流した俺は、同じJR沿線を利用し上総一ノ宮かずさいちのみやへと向かう車中にいた。


 目指すは一宮海水浴場。つまり、海である。


「まさか先輩が来てくれるなんて。ありがとうございます」


「言っても前々から約束してたしな。それに俺もそろそろ実家に飽きてきた頃だったから」


「あのー。そこは『私に会いたかったから』でいいと思うんですけど?」


 毎晩のようにリモート飲みに付き合わせといてどの口が言ってんだか。

 納得がいかないとばかり、ツンと唇を尖らせジト目を向けてくる久遠ひさとおに内心でツッコみを入れておく。


 たしかにリモート飲みが新鮮だったことは否定しないが、毎晩ともなれば話は別だ。しかも昨日なんて遂にはビデオ通話までしてきやがったし。


 ちなみに今日泊まる予定の宿も彼女の親戚が経営しているらしく、海水浴を兼ねて訪れるのが毎夏の慣例行事らしい。


 そうだ、手土産。

 まさか忘れちゃいないかと少々の不安を覚えた俺は頭上の棚にある大きめの紙袋を見上げホッと安堵の息を吐き出した。

 プライベートとはいえ親戚のかたからすれば当然俺のことを会社の先輩として見るのだろうし、最低限の礼儀は弁えておかないと会社が馬鹿にされかねないからな。


 と、その時ふと右手に柔らかな感触を感じた。

 もちろん右隣の誰かさんが手を握ってきたからなのだが。


 まだ時間が早いこともあり幸い車中にほとんど人の目がないとはいえだ。

 まさか時たま見かけるバカップルみたいなことをアラサーにもなった自分がしていることに少々の恥ずかしさを覚えざる得ない。


 そんな俺に気付いたのか、


「大丈夫ですよ。誰も見てませんから」


 そう言うと今度はぷにぷにしてきやがった。

 もう諦めよう。俺は軽く溜息をくと彼女の手をそっと握り返した。


 車窓に流れ始めるのどかな風景。


 そろそろ目的地に到着のようだ。




 ほどなくして上総一ノ宮駅かずさいちのみやえきに降り立った俺たち。

 西側の改札を出るとすぐ二人の男女が出迎えてくれる。


「お待ちしてました、永瀬さん」


 予め久遠ひさとおから聞いていた名前は志郎しろう君だったか。

 

 彼女と幼少期からの幼馴染だという彼は手早く俺から手荷物を引き受けると、丁寧な動作で軽自動車のトランクに荷物それを積み始める。


 中性的な雰囲気を纏う好青年。

 まさにそんな印象を受けた。


 そしてその傍らで興味深げな眼を俺に向けるひとりの女子。


「妹の美玖みくです」 


 久遠ひさとおから紹介を受けた彼女は、軽い会釈を挟むとやけに距離感の近い笑顔を俺に向けてくる。


 なにより目を惹くのは露出度の高い服装だ。

 ショートパンツから惜しげもなく伸びる脚、姉同様存在感のある胸元に丈の短いTシャツから見え隠れするへそ回り。


 どうしても目がいってしまうんだが……。


 前言撤回。

 右隣から殺気立った視線を感じた俺はさっさと目を逸らした。


 前日から前入りしていたらしい二人と軽めの挨拶を交わし早々に車内へ。

 いつもの通りといった感じで後部座席に乗り込んだ久遠ひさとおに続くと、すぐさま前席から身を乗り出してきたのは久遠妹だ。


美玖みく。危ないから前向いてろってば」

 

 志郎君の制止もまるで効果なし。

 「私のことは美玖みくって呼んでください」そう言って弾けるような笑顔を俺に向けてくる久遠妹である。


 するとなぜか俺に恨めしげな目を向けてくるのは彼女の姉兼後輩だ。


 まあ、だいたいこいつの言いそうなことは理解してるつもりだが。だからこそスルーすることにした俺は視線を窓の外に移した。



 その後、車に揺られること数分。

 県道から浜通りの方へ向かい、ほどなくして一宮海岸海水浴場の入口が見えてくる。 

 駐車場に停車後、下車した俺たちは男女に別れ水着に着替えることに。


「今日は来てくれて助かりました。僕一人であの二人を相手するのはほんとに大変で」


 苦笑いを浮かべる志郎君。

 気の優しそうな彼のことだ。さぞや振り回されていることだろう。俺と同じで。


「それにしてもいい身体ですね。何かされてるんですか?」


「いや、今は何も。それに最近は酒ばっか飲んでるからさ。腹回りとかヤバいんだけどね」


 青春を捧げる代償に得た肉体も三十路が近づき衰えを隠せない。

 そろそろ真剣に手を打たないとやばそうだな。


 そんなことを考えていると何を思ったのか志郎君が距離を詰めてきた。

 

「あの。永瀬さんは心優みゆとお付き合いされてるんですよね?」


 窺うようなその視線に内心で首を傾げる。

 まさかあいつ、俺とのことをそんな風に話してるのか?


 すぐには答えられず目をしばたたかせていると、志郎君が慌てて訂正を挟んできた。


「あの、あいつから直接聞いたわけじゃないので誤解しないでください。でも仕事終わりだけじゃなく、休みの日まで一緒に過ごされてるんですよね? だからてっきりそうなのかなって」


「……ああ、そういうことか」


 まあその話だけ聞けば誰だってそう思うよな。


 でも当然事実とは異なる。

 

 少なくとも、今は。 




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