第3話 川端真理子との出会い

翌朝、斎藤和夫が書斎で川端真理子の『孤独な旅路』の解説に集中していると、スマートフォンが机の上で震えた。画面を見ると、編集者の佐藤恵美からのメッセージが表示されている。


「川端真理子さんが、和夫さんと一度お会いして食事をしたいとおっしゃっています。彼女は静岡に住んでいるので、そちらでお会いすることになります。ご都合はいかがでしょうか?」


和夫は驚きとともに喜びを感じた。川端真理子は、彼にとって特別な作家であり、その作品に深く感銘を受けていた。彼女と直接話せる機会が訪れるとは、夢のようだ。


すぐに返信を打ち始めた。「ぜひ、お会いしたいです。新幹線の時間を確認して、後でご連絡します」とメッセージを送り、パソコンを閉じて新幹線の予約を取るために立ち上がった。


和夫は翌日、静岡行きの新幹線のホームに立っていた。清々しい朝の空気が漂う中、和夫はスーツケースを足元に置き、周囲の景色を眺めていた。こまちは家族に預けてきたので心配はない。


新幹線がホームに滑り込んでくると、和夫は乗車し、自分の席に座った。車内の静けさの中、窓の外を流れる景色を見ながら、心は静岡での出会いに向かっていた。


鞄から取り出したノートを開き、川端真理子の作品についてのメモを再確認する。「孤独な旅路」の細部に渡るテーマとキャラクターの描写を思い出しながら、彼女との対話に備える。


静岡駅に到着した和夫は、少し時間があったので駅構内の本屋に立ち寄った。書店の棚には、多くの新刊が並んでいた。その中で、和夫の目に留まったのは、田中啓介の最新作『闇の呼び声』だった。和夫は自分の解説が載っていることを確認し、誇らしげに手に取った。


その時、隣に立っていた若い男性が同じ本を手に取り、表紙を眺めていた。彼はページをめくり、和夫の解説のページを見つけたようだ。しばらく読み込んだ後、男性は満足そうに微笑み、本を購入するためにレジへ向かった。


和夫は思わずその様子を見守り、心の中で小さな喜びを感じた。自分の解説が読者の購入の決め手となったことに、やりがいと誇りを感じる瞬間だった。


和夫は駅からほど近い和風レストランに到着した。佐藤と川端真理子が待っている個室に案内され、扉を開けると、二人が笑顔で迎えてくれた。


「初めまして、川端真理子です。今日はお会いできて光栄です」と川端は丁寧に頭を下げた。


「初めまして、斎藤和夫です。こちらこそ、お会いできて光栄です」と和夫も深く礼をした。


三人は和やかな雰囲気の中で食事を楽しみながら、作品について語り合った。川端真理子は、自分の作品に込めた思いを熱心に語り、和夫はその情熱に感銘を受けた。


「斎藤さんの解説を読んで、とても感動しました。私の作品を深く理解してくださり、本当にありがとうございます」と川端は感謝の言葉を述べた。


和夫は謙遜しながらも、「川端さんの作品が素晴らしいからこそ、私もその魅力を伝えたいと思いました。これからもぜひ、素晴らしい作品を世に送り出してください」と応じた。


川端真理子との出会いは、和夫にとって新たなインスピレーションをもたらし、自分の作品に取り組む意欲をさらに高めるものとなった。


和風レストランの個室には、穏やかな夕暮れの光が差し込み、柔らかな照明が心地よい空間を作り出していた。斎藤和夫は、川端真理子との対話の余韻に浸りながら、最後のデザートを味わっていた。抹茶アイスクリームのひんやりとした甘さが口の中に広がり、食事の締めくくりにふさわしい一品だった。


「斎藤さん、今日は本当にありがとうございました。あなたと直接お話しできて、とても嬉しかったです」と川端は静かに語りかけた。


和夫は微笑みながら、「こちらこそ、貴重なお時間をいただき感謝しています。川端さんの作品にはいつも心を動かされます」と答えた。


川端は少し照れたように微笑み、「あなたの解説が読者に私の作品の魅力を伝えてくれていること、本当に感謝しています。これからもお互いに頑張りましょう」と励ましの言葉を添えた。


和夫は深く頷き、「そうですね。これからも良い作品を世に送り出すために、お互い精進しましょう」と力強く応じた。


二人はゆっくりと席を立ち、レストランの出口へと向かった。玄関先で、川端は再び和夫に感謝の意を表し、「またお会いできる日を楽しみにしています」と言い残して車に乗り込んだ。


和夫は川端の車が去っていくのを見送りながら、胸に新たなインスピレーションと決意を抱いていた。「これで自分の作品に取り組む力が湧いてくる」と心の中でつぶやき、深呼吸をしてレストランの玄関を後にした。


和夫は静岡駅に戻り、東京行きの新幹線に乗り込んだ。指定席に座り、窓の外を眺めながら、今日の出来事を振り返っていた。


「斎藤さんの解説を読んで、とても感動しました」――川端の言葉が頭の中で何度も響いた。彼女の言葉は、和夫にとって大きな励みとなった。


ノートを取り出し、ペンを走らせる。川端との会話から得たインスピレーションや、彼女の作品に対する新たな理解をメモに書き留める。「孤独と再生」というテーマが和夫の中でさらに深まり、自分の作品にどう反映させるかが具体的に見えてきた。


新幹線がスピードを上げると、窓の外の景色が流れるように変わっていく。山や川、町並みが次々と現れ、和夫の心を次のステージへと導いてくれる。彼はペンを止め、目を閉じて深く息を吸い込んだ。「よし、やるぞ」と心の中で自分に言い聞かせた。


東京駅に到着し、和夫は家路を急いだ。自宅の玄関を開けると、家族の温かな笑顔が迎えてくれた。妻の美咲がキッチンから顔を出し、「おかえりなさい、和夫さん。どうだった?」と優しく声をかけた。


「ただいま、美咲。とても有意義な時間を過ごせたよ。川端さんとの話から、たくさんのインスピレーションを得た」と和夫は答えた。


娘の彩も駆け寄り、「お父さん、どうだったの?川端さんってどんな人?」と興奮気味に尋ねる。


和夫は微笑みながら、「とても素晴らしい方だったよ。彼女の作品に込められた思いを直接聞けて、本当に感動した」と答えた。


こまちも玄関まで駆け寄り、和夫に飛びついてきた。「こまち、ただいま」と頭を撫でると、こまちは嬉しそうに尻尾を振った。


和夫はリビングに座り、美咲と彩に静岡での出来事を詳しく話した。川端真理子との対話がどれだけ彼にとって重要だったか、そして自分の作品に対する新たな決意を語る。


「これから、もっと自分の作品に取り組む時間を増やしてみようと思うんだ。もちろん、解説の仕事も続けるけれど、少しずつバランスを取っていきたい」と和夫は話す。


美咲は微笑みながら、「それがいいわ、和夫さん。私たちも応援してるから、無理せず頑張って」と励ました。


彩も頷きながら、「お父さんの作品、楽しみにしてるからね」と言った。


家族の支えに感謝しながら、和夫は改めて自分の決意を胸に刻んだ。新たなインスピレーションと家族の温かい応援が、彼をさらに前進させる力となった。

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