第36話 一致団結
俺達が準備を終えて、屋敷を出ると……そこには人々が行儀よく並んでいた。
獣人と人族の二列に分かれ、獣人側をパンサーさんが、人族側をオルガがまとめている。
その真ん中には厳ついギレンが仁王立ちし、秩序を保っていた。
「おおっ、なんかいい感じ」
「ですね。あの三人の役割分担が出来ているかと」
「うんうん、ギレンは新参者だしあの風態だ。下手に馴染むより、少し恐れられるくらいが良いかも」
悲しいもので、人は慣れたりダラけたりする生き物だ。
優しい人ばかりではなく、時には怖い人や厳しい人が必要になる。
俺はこんなだし、ギレンにはその役目を担ってもらおうかな。
そんなことを考えつつ、門の入り口にいるモーリスさんの元に行く。
「モーリスさん、お疲れ様」
「いえ、エルク殿下こそお疲れ様でございます。皆様! エルク殿下よりお言葉があります!」
「……はい? えっ? 何を言えば?」
「すみません、私から説明はしたのですが……こんなことをしてていいのかという意見もございまして。人によっては最後の晩餐なのかと思う方も」
「ああ、そういうことね。んじゃ、仕方ない」
俺は門の前に出て、並んでいる住民達を見渡す。
単純にご飯が食えて嬉しい者、不安そうな人、少し睨んでいる人もいる。
「皆さん、こんばんは。領主のエルクです。皆さんもお聞きの通り、スタンピートが起きると予想されてます。こんな時に不謹慎という方もいるかもしれないけど、別に最後の晩餐というわけでも呑気なわけでもないです」
俺はそこで、人々を見渡す。
その目は、俺をすがるようだった。
そうだ……俺は彼らを守る領主で、この国の王族なんだ。
「これから起こるであろう危機のために、みんなで一丸となって立ち向かうために今回の催しを行うことにしました。身分や種族関係なく好きに食べて、そして協力して乗り切っていきましょう!」
「みなさま、お聞きの通りです。エルク殿下は諦めたわけではなく、これからの未来のためにやっておられます。これから変わりゆくであろう辺境を、皆で守ろうではありませんか」
モーリスさんがそう言うと、人々が顔を見合わせる。
そして、次第に声を上げていく。
「……俺はやるぞ!」
「そうだ! ここは俺達の都市だ!」
「せっかく、希望が見えてきたのに消されてたまるか!」
そんな声が、あちこちから聞こえてくる。
「領主として出来る限りのことはやるつもりです! 皆さん、ご協力お願いします! というわけで……飯だァァァァ!」
「「「ウォォォォォォ!!!」」」
「はい! 配っていくよ!」
そして皆で協力し、取り皿を持ってきた住民達に料理を乗せていく。
パエリア、トマトスープ、唐揚げの三セットだ。
並んだ順から、人々が食べ始めると……。
「なんだこれ!? サクサクしてうめぇ!」
「このスープ、いつもよりコクがある!」
「この米もいつもパサパサしてるけど、モチモチで美味い!」
それぞれ、唐揚げ、トマトスープ、パエリアの感想だね。
野菜も肉も取れてるし、オリーブ油は実は夏バテ防止にいい。
野菜の吸収率を増し、それ自体も栄養価が高い。
全ての食材にオリーブ油を使っているから、調和が取れているのもいい。
「うんうん、上々だね」
「ですが、圧倒的に唐揚げが足りないかと……むぅ」
隣にいるクレハが不満そうな表情をしていた。
多分、唐揚げが気になっているのだろう。
こういうわがままを言うのは珍しく、クレハもここにきて少し変わったのかもしれない。
「まあまあ、また取りに行けばいいさ。スダンピートを無事に終わらせてね」
「……そうですね。そのためにも、頑張らないと」
「そうそう。まずは……ここを乗り切ろうか」
いまだに続く行列を眺めながら、俺とクレハは苦笑いをするのだった。
その後、どうにか行列の終わりが見えてきた。
すると、交代要員だったお手伝いさん達が、あとは任せてくださいと言ってきた。
お腹も空いたので、俺とクレハは屋敷の横のベンチに座り、住民達を眺めながら食べることにした。
「まずは、スープからかな……ズズー……あぁー」
思わず、口から声が漏れる。
野菜の味、ワイバーンの骨出汁が混ざり合い、そこにトマトの酸味が加わっている。
優しくも濃厚なスープが、疲れた身体に染み渡った。
「これ、疲れに良さそうですね」
「まあ、ビタミンとか栄養素が……」
「ビタミン?」
「ははは、なんでもない! ほら、唐揚げ食べよう!」
ったく、油断するとこれだ。
でも実際問題、このスープは栄養価が高い。
トマト、玉ねぎ、キノコ、キャベツ、ジャガイモ、ナスなどが入ってる。
この辺りは暑さにも強いから使い勝手もいい。
「次はパエリアを……うん、いい味出してる」
ワイバーンの出汁をたっぷり吸ったお米は、モチモチしてて食感が良い。
時折出てる炒め玉ねぎやワイバーン肉が、またアクセントになる。
「これ、おかずなくてもいけますね」
「でしょ? これ単体でも完成する料理なんだ」
そして、いよいよ唐揚げさんです!
「では、唐揚げを……くぅー! これこれ!」
サクッとして、噛めば肉汁が溢れてくる。
二度揚げしてるから時間が経っても美味しい。
何より、オリーブ油で揚げてるからしつこくない。
「クレハ、どう?」
「………もぐもぐ……ごくん」
「……クレハさんや?」
唐揚げを食べ終えたクレハは、ぼうっとしてしまった。
「……なくなってしまいました」
「……美味しかったんだ?」
「……はい」
そう言い、耳と尻尾が垂れ下がる。
そんな姿は滅多にないので可愛いらしいや。
……まあ、前世を含めれば俺の方がお兄さんだし。
「はい、俺の分食べな」
「えっ? ……い、いや、エルク様のをもらうわけには……」
「クレハは頑張ったしさ。それに、俺についてきてくれてありがとう」
「エルク様……そ、それでは……あーん」
「……えっ?」
クレハは口を開けて待っていた。
いや、別にあーんをするとは言っていない。
「ふぇ? ……ち、違うなら違うって言ってください!」
「俺は何も言ってないし! ええい!」
なんだか気恥ずかしくなり、そのままクレハの口に唐揚げを突っ込む。
「はぐっ……もぐもぐ……美味しいです」
「そ、そう、良かった」
「ふふ、何をやっているのだか」
「ねっ、本当に。そういえば、何か忘れてるような……ァァァァァ!?」
「ちょっ!? エルク様!?」
それを思い出し俺は、クレハを引っ張って厨房に行く。
そして保管庫を開けて、作っておいたデザートを取り出す。
「そういえば、何か作ってましたね」
「いやー、忘れるところだった。ただ、みんなには悪いけどこれは住民分は配れないや」
「そうですね、下手に配ると差別が起きますから」
「んじゃ、今回は屋敷にいるメンバーだけにしよう」
「ええ、それくらいは許されるかと。狩りから調理、そして炊き出しまでしたのですから」
そして住民達が完全に去った後、俺の部屋にメンバーが集まる。
俺、クレハ、モーリスさん。
ネコネ、パンサーさん、ギレン、オルガの七人だ。
「さて、皆さんお疲れ様〜」
「エルク殿下こそ、お疲れ様でございました」
「うん、疲れたよー」
「そこは疲れてないというところでは?」
クレハの突っ込みに、みんなが笑う。
「ぐぬぬ……でも、俺達は実際に頑張った。つまり、ご褒美が必要!」
「まあ、否定はしませんが」
「と言うわけで、こちらがデザートになります!」
テーブルに置いてある皿から布を取ると、そこには黄金に輝くデザートがある。
「これは綺麗ですね」
「でしょ? トシーノ・デ・シエロって言うんだ」
「……またまた初めて聞く名前ですね」
「昔の文献では、修道院にいる女性の方々が作ったんだとか」
確かスペインで作られてる代表的なお菓子だったはず。
これの特徴と良いところは、牛乳を使わないことだ。
通常、牛乳を使わないプリンとも呼ばれているとか。
「相変わらず、変な知識だけはあるのですね」
「だけとか言うなし。ささ、みんなで食べよう」
全員に配ったら、早速食べてみる。
「……ごくん……うまっ」
濃厚な卵の味がダイレクトに伝わってきた。
牛乳を使ってないからこそ、この卵の味が伝わる。
カラメルソースの苦味と、砂糖の甘みが合わさり、複雑な味を醸し出してもいる。
「エルク様、お代わりを要求します」
「アニキ! うまいっす!」
「主君! こんなに美味しいの初めてです!」
「うむ、これは悪くない」
「いやはや、私のような老人でも食べやすいですな」
「お兄さん! これおいしー!」
と、それぞれが感想を言ってくる。
それを見ていると、こっちも幸せで嬉しくなってくる。
うん、もっともっとこういう時間を過ごしたい。
そのためには、スタンピートを防がないとね。
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