第10話 視察

……なんか悪寒がする?


「へっぷし!」


「あら、風邪ですか? やはり、冷やし過ぎもよくないかと」


俺のくしゃみに反応して、部屋の隅で本の整理をしていたクレハが近くにやってくる。

確かにこの部屋の四方には、バケツに入れられた氷が置いてあって涼しい。


「いや、そう言うんじゃない気がする。これは、誰かが噂してるな?」


「噂ですか?」


「あぁー、昔のことわざみたいなものだよ」


「へぇ、そうなのですか。確かに、良く禁書録とか歴史の本は読んでましたね」


「ま、まあ、そういうこと」


ふぅ、あぶないあぶない。

たまに、前世の知識が出てきちゃう。

王族しか見れない本や、暇潰しに色々と本を見ていたから助かった。


「噂ですか……国王陛下達辺りですかね?」


「確かに、黙って出てきちゃったし」


「ふふ、今頃心配してますよ。それで……本日からどうしますか?」


「とりあえず、都市の視察から始めるかな」


昨日は疲れから、少し食べた後朝まで寝てしまった。

そもそも、俺の身体はシグルドおじさんみたいに丈夫ではないのです。

なまじ自堕落王子とは呼ばれてない……なんの自慢にもならないですねー。

そんな会話をしていると、ドアをノックする音がした。


「エルク殿下、入ってもよろしいでしょうか?」


「あっ、モーリスさん。うん、平気だよ」


「失礼いたします」


きちんと礼をしてから、モーリスさんが入ってくる。

今日も髪がピシッとオールバックで、いかにも仕事が出来そうな感じだ。

現に今までは、一人で取り仕切って来たんだよね。


「どうかしたのかな? 朝ごはんの時はいなかったけど……」


「申し訳ございません。住民達や兵士達に説明をしてまいりました。これよりは、エルク殿下が領地を治めると」


「そうなんだ、わざわざありがとね」


「いえいえ。それで、本日のご予定ですが……」


「視察をしたいんだけど良いかな?」


「それは……こちらからお願いするところでした」


「それじゃ、決まりだね。クレハ、行くよ」


そうしてクレハとモーリスさんと共に、都市の中を歩くことにした。

改めて見ると、外壁のあちらこちらにヒビが入っている。

建物の劣化も進み、人々に活気が見えない。

都市というだけに広さはあるのに、人が少なく見える。


「昨日来た時は夕方だったから気づかなかったけど……」


「ええ、この時間でも人が少ないですね」


「都市とは名ばかりで、今では精々街といった規模になってしまいました……あちこちに点在していた村々も、徐々に廃村になっている状態でございます」


「若い人達はどうしたの? ここにくる時も、あんまり見かけなかったけど」


いたのは女性や老人、それと少数の子供達といったところだ。

男性の大人もいたが、割合は高くなかった。


「若い者達は兵士として徴兵されたり、稼ぎを求めて冒険者になったりしますので……それを止める権利は我々にはございません」


「あぁー、北の国境と西の国境に戦力が必要だしね。王都周辺の魔物や魔獣を狩るために、冒険者も必要だ」


「ええ、わかっております。辺境の南に位置するドワーフやエルフは攻めてくることはございません。皮肉なことに、それが辺境を放置される理由の一つなことも」


「そっか、戦争がないだけマシって見方もあるのか。どちらも大変なことに変わりはないとは思うけど」


「その通りでございます、国がなくなっては元もこうもありませんから。あちらを立てればこちらが立たず、その逆もまた然りということかと」


ふむふむ……なるほどね。

みんながそれぞれ頑張ってるけど、自分達のことで精一杯って感じかな?

そのためには、何かしらの方法でこの状況を打破する必要があるってことだ。


「それじゃ、昨日言った通り、ここから変えていきますか。まずは人手がないことには話にならないよね?」


「おっしゃる通りです。街の整備もそうですが、魔物退治や魔獣を狩る者達も必要です」


「うーん、先に食料があったほうがいいよね。まずは体力や気力を回復させないと話にならないよ」


栄養不足や空腹というのは恐ろしいもので様々な要因を起こす。

機嫌も悪くなるし、具合も悪くなるし、元気がなくなるので良いことがない。

逆に満足に食べられるなら、それだけで生きていける。


「そうなると、戦える者がいります……ですが、うちにはもう戦える者がほとんどございません」


「そうなの?」


「ええ。傷を負って戦えなくなった者、体力が低下してしまった者など様々です」


そんな会話をしつつ都市を歩いていると、それまで黙っていたクレハが俺の服をくいくいと引っ張る。


「どうしたの?」


「エルク様、あそこの建物に動きのない人が沢山いますよ」


「ん? ……あぁ、気配でわかるんだっけ」


「はい、その場から動かない人達がいます」


銀狼族のクレハの耳は特別らしく、音と同時に気配も拾うとか。

前世で言うところの、センサーがあるみたいな感じかな?

目に見えてなくても、そこに何かがあるとわかるとか。


「モーリスさん、あそこの建物は?」


「そ、それは……実は、先ほど言っていた怪我人や病気の者達がいるのです」


「そうなの? それなら連れて行ってよ。そしたら、俺が無料で氷魔法を使うからさ。暑いとさ、怪我や病気も良くならないって聞くし」


「……はっ? い、今なんと?」


俺の言葉にモーリスさんが目を丸くする。

基本的に魔法は貴重なもので、それを平民に使うことは少ない。

魔法は高貴なモノというくだらない考えが浸透しているからだ。


「とにかく、あそこに行こう」


「は、はい、ご案内いたします」


そうして、近くにある大きな建物に入る。

そこは前世の記憶でいうところの、体育館のような感じだ。

仕切りがなく天井は吹き抜けで、広い一つの部屋になっていた。


「うぅ……」

「苦しい……」

「暑い……」


そこでは年齢や種族問わず、ベッドの上で人が寝転んでいた。

皆苦しそうに悶えていて、その横には看病をする人の姿がある。

どう見積もっても、百人以上は病人がいる。


「これは……酷いや」


「中々ですね」


「すみません……これが、辺境の現状です。冒険者も大しておらず、無理をして狩りや魔物退治に行った方々……栄養不足により引き起こされる病などに倒れる者が続出しております」


モーリスさんが申し訳なさそうに下を向く。

良く良く見れば、モーリスさん自身も痩せている。

きっと、ギリギリまで頑張っていたに違いない。

……これって、結構危ないんじゃない?


「父上は知ってるの?」


「はい、一応は……あと少しだけ耐えてほしいと。王太子も結婚し、子供が無事に産まれたら国内から改革に乗り出すと」


「それって間に合わなくない?」


「……おっしゃる通りでございます」


どう頑張っても、二、三年はかかるってことだ。

少なくとも、目の前にいる人達は助からない。

それどころか、辺境全体が保つとは思えない。

父上達は、もしかして状況を把握しきれてない?


「まあ、実際に目にしないとわからないかぁ……」


「それはあると思います」


「うんうん……その責任は、王子である俺にもあると」


「そ、そのようなことは……」


「ううん、良いんだ」


前世はともかく、今世の俺が甘やかされてきたのは事実だ。

飢えも知らないし、ぬくぬくと生きてきた。

だったら……その分くらいは還元しないとダメだよね。

俺は黙って中央辺りに進んでいく。


「エ、エルク殿下?」


「まあ、見ててよ。あのさ、中央にある大きな穴は何?」


広い空間の中央には、四角いスペースがある。


「じつは、ここは元々は大浴場だったのです。今では水不足もあり使われていないので、床を張り替えてこのような場所にした経緯がございます」


「ああ、なるほどね。それじゃ、水浸しになっても平気?」


「ええ、もちろんです」


「んじゃ、いきますか。出でよ氷の氷塊——アイスブロック!」


特大の魔力を込めて、温泉の跡地に幅高さ共に五メートルくらいの氷塊を生み出す!


「おおっ……! 冷気が……!」

「涼しい……」

「苦しみが和らぐ……」


よしよし、ひとまず成功だ。

暑さは体力や気力を奪うし、病人にはよくない。

魔力も、そこまで減ってない。


「こ、これだけの氷塊を……いや、そもそも氷魔法? 一体、どれほどの魔力を?」


「まだまだ余裕はあるよ。それに、大事なのはこれからだ。これはいっときの気休めに過ぎないし、次は栄養のつくものを食べないとね」


「エルク殿下……感謝いたします」


そう言い、モーリスさんが頭を下げる。


……なんだがむず痒くなってしまうエルク君なのでした。


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