第69話 愛を取り戻すアルよ!

【前回のあらすじ】

レもん「ミナたんが助けてくれてキスしてきて……理解が追いつかないよぉ!」


   #   ♪   ♭


 七伯爵は人間界征服の尖兵として、魔王エムロデイの命により送り込まれた組織の一つだった。

 レモノーレとミナノミアル。数合わせで入った二人はしばらくの間、雑用や偵察をを任されていた。


「――あっ、いたいた。もう、ミナたんはすぐ迷子になるんだからぁ」

「ご、ごめんなさ……え? 『ミナたん』……?」


 あだ名呼びに照れる彼女を、初めて可愛いと思った。


「そ。同期なんだし、仲良くしたいじゃん。仕事に慣れるまではあーしと一緒に行動しよ?」

「わ、われみたいな鈍くさいのがそばにいては、レモノーレさんにご迷惑が……」


 放っておけなかったのは、何も善意からだけではない。


「そんなことないって。どうしても気が引けるなら……代わりに武術教えてくんない? あーし、強くなってドナツィエルの奴を見返してやりたいんだ」


 生まれつき感覚が鋭いレもんは、ミナが力を隠していることに気づいていた。

 ミナの強さの理由。

 それは二人だけの秘密だった。


 この戦いが起こる前までは――。



  *



 重ねた唇を通して、レもんの身体に魔力が送り込まれてくる。


(ミナたんの力が……あーしの中に……)


 みるみるうちに痛みが消え、傷が癒えていく。ミナが唇を離す頃には、レもんは動けるまでに回復していた。


 だけど、すぐには動けない。

 何故って――緊急措置とはいえ、キスしてしまったばかりだし、顔の距離も近いし、気まずいから!


(……な……何か言ってよぉ! ミナたぁん!)


 眼鏡の奥から、ミナのとろけた眼差しがレもんへと注がれ続けていた。少なくとも、向こうもレもんを憎からず思っている――はずだ。


 ミナの気持ちを確かめる勇気はなかったが、レもんは差し当たっての疑問を投げかける。


「そ、そういえば、どうしてミナたんはあーしがここにいるってわかったの?」

「崖の上からシアティが落ちてきたから……」

「あーね」


 レもんは即刻理解した。

 元より、ゆっくりと話している暇はない。迫り来るひづめの地響きは、レもんたちに脅威の帰還を告げていた。


「ゴルァ!! どこの組のモンじゃワリャあァ!!」


 雌山羊の相貌に怒気をあふれさせたヴェルデンベラムが舞い戻って来る。ツノの片方が根本から折れていた。


「レもんちゃんはここにいて」


 言い聞かせるや、ミナはヴェルデンベラムを果敢に迎え撃つ。襲い来る拳をかわしざま、土手っ腹へ後ろ回し蹴り。巨体は揺らぐも、倒れず。


「んん~、どうしたぃ? さっきみたいな勢いがないじゃないかぁ」


 銀羯公ぎんかつこうの逆襲が始まった。横薙ぎの張り手、叩きつけられる拳、それらを巧みにいなしながら、ミナは掌打を、体当たりをヴェルデンベラムに見舞う。

 だが、やはり敵をひるませるまでには至らない。


 レもんは気づいてしまった。


(もしかして……あーしに力を分け与えたせいで……!?)


「軽いんだよォッ!!」

「う……っ!」


 ひら蜘蛛ぐもからのぶちかましがミナをはね飛ばす。即座に追撃へ移るヴェルデンベラムとの間に、レもんは衝動的に割って入っていた。


「ミナたん!」

「どきなッ! 死にぞこないがッ!!」


 ヴェルデンベラムの剛腕がレもんに襲いかかる。

 喰らったら今度こそ一巻の終わりだ。死と隣り合わせの状況に、研ぎ澄まされた感覚が、レもんの身体から最新の記憶を呼び起こした。


っちにかけられた技で……――ひっくり返す!)


 聴勁と化勁を組み合わせた「疑似」合気掛け。手首を返されたヴェルデンベラムがまんまと体勢を崩す。

 そこへ引き返して来たミナが、


「レもんちゃんに……手を出すなぁっ!!」


 威力不足は手数で補うとばかりに、嵐のような乱打を繰り出した。


(あれはミナたんの十八番、〈ぎょくひゃくげつけん〉!)


「あ痛たたたたたたっ!」


 ヴェルデンベラムは痛めつけられた膝を抱え、地面を転げ回って離脱する。引き際を見極めた狡猾な立ち回り。しかし、その顔には屈辱の色がありありと浮かんでいた。


「今の技はまさか……――いや、そんなこたぁどうだっていいッ!! あたしをコケにしてくれた礼をくれてやるよッ!!」


 公爵の証、三対の黒翼が空を舞った。地上戦に見切りをつけたヴェルデンベラムは、上空から砲撃の構えを取る。


「対ジュンセリッツ用の切り札だったんだがねぇ……お前さんほどの使い手に出し惜しみは無用だ」


 禍々しい闘気オーラがジュンセリッツの掌に集まり始めた。

 狙いは言うまでもなく――


「ミナたん!」

「大丈夫。レもんちゃんが一緒なら、我は負けない」


 ミナはレもんに微笑むと、同じく空へ向けた両手に闘気を凝縮させる。

 時を移さずして、天から降り注ぐ銀青の光柱、


「仲良く地獄へ落ちなッ――〈とが魔滅まめ徹砲てっぽう〉ォ!!」

「〈ぎょくおうしょう〉!!」


 天へと駆け昇る紫紅の光柱とが、中空で激突する。

 一瞬、拮抗したかに見えた二つのエネルギー波だったが、均衡の時は長くは続かなかった。




 轟音とともに墜落してきた巨体を、レもんは遠巻きにうかがう。

 ヴェルデンベラムは微動だにせず。殺気も感じない。勝敗は決したのだ。


 息を整え近づいてゆくミナの後を、レもんも追った。


 今際の際、ヴェルデンベラムはミナへ尋ねかけてきた。


「この銀羯公をくだした、強者の名を……聞こうじゃないか」

ぎょく心拳しんけん伝承者、ミャオ蜜娜ミナ

「やっぱり……ミントーネん所の家出娘だったかい……親子揃って……あたしの邪魔ばかり…………――」


 三公爵の一人、玉兎公ミントーネこそ、ミナノミアルの実母にほかならなかった。

 ミナは人間の武術家であった亡父から技を受け継ぎ、修業の旅へ出て数百年あまり、端なくもレもんたち七伯爵と巡り合ったのだ。


「我は、レもんちゃんのために戦っただけ……アルよ」


 誰にともなくつぶやくミナの前で、ヴェルデンベラムの亡骸は無数の粒子へと崩壊していく。おびただしい量の霊質が、吸い込まれるようにして空を流れていった。


「あっちの方角にマキナ……あーしの今の仲間たちがいる」


 レもんはミナに、マキナが異世界へ帰るため悪魔の霊質を集めていることを説明した。


「色々……あったんだね」

「ごめん。急に組織を裏切ったりして」


 他にも話したいことはたくさんあったが、今は時間がない。レもんは、ことが金獅公ジュンセリッツとの戦いを控えているとだけ伝えた。


「金獅公? そんな危険な相手と二人だけで?」

「本当は四人で当たるつもりだったんだけど、途中で……――って、ヤバい! もう戦い始まってる!」


 スマホの時刻を確認し、レもんは慌てふためいた。仲間たちからの連絡は来ていない。なつとは合流できたのだろうか。ことの無事が心配だ。


 ミナはそんなレもんの様子を見て、静かに言い放つ。


「……我も行く」

「でも、ミナたんは……」


 ミナは純粋な悪魔ではないので、飛ぶための翼を持っていなかった。

 そんな彼女の選択はただ一つ。


「レもんちゃん。連れてって」

「……わかった。しっかり掴まっててね」


 ミナを抱えたレもんは四翼を広げ、空へ舞い昇った。

 首筋に回されたミナの腕の柔らかさが、それ以上に自分を見つめる眼差しの意味が気になるけれど。

 今はただ、大切な人とともに、大切な仲間のもとへ急ぐ。


(…………何か忘れてるような……ま、いっか)


 なお、崖下に放置されたシアティからは後日、たっぷり文句を言われた。



  *



「おい、マキナ……冗談は顔だけにしろよ」

「ワタシは本気さ。ことクン、キミとはここでお別れだ」

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