第36話 聖剣の一割、魔絶破(マゼッパ)

【前回のあらすじ】

こと「ラッパースの剣に倒された、絶体絶命のオレが目にしたのは……」


   #   ♪   ♭


 時を少しさかのぼる。


 発端は、まいの前でベッドに横たわっていたレもんが、突如として飛び起きたことだった。


「――ヤバい! ボスがここに向かって来てる!」

「えっ、ボスって誰?」


 聞き返すまいに、レもんは元バイト先の上司だとか、しどろもどろになって答える。

 そのうちに、何故かなつとマキナが部屋に駆け込んできて、レもんに質問を浴びせかけていた。


 まいには、三人が何の話をしているのか分からなかった。

 ただ、悪魔という単語と、ことに危険が迫っているらしいことだけは聞き取れた。


ことちゃん、誰かに狙われてるの……?」


 まいの問いに、なつとマキナは満足な答えを返すことなく、競うように別荘を飛び出して行ってしまった。

 残るレもんも、その点は同様で。


「ぴあんにも外に出ないよう、言いつけとかないと」


 車酔いでフラフラだったはずのレもんが、無理を押してまで動こうとするほどの事情を、まいとて察しないわけにはいかない。


「レもんちゃんはゆっくり寝てて。ぴあちゃんには私が知らせてくるから」




 ぴあは一人、管理人室にいた。


鱧肉はもにく先輩、これって……」


 監視カメラが映し出す浜辺の映像に、まいは釘付けになる。


 モニターの中で、ひょうの頭と二対の黒い翼を生やした怪物が、剣を振り回していた。

 一見して特撮番組のロケかと見紛う、非現実的な光景。

 だが、そこにはなつもマキナも、こともいる。


 予感めいた胸騒ぎが、まいの身体を突き動かす。


ことちゃん――!」


 居ても立ってもいられない。後ろでぴあが声を上げるのも聞かず、まいは別荘を出て丘を駆け下りていた。


(ねぇ、聞こえてるんでしょ? 私の中にいる……妖精さん? 神様? それとも、ご先祖様? お願い、今だけ私に力を貸して――!)


 誰よりも大切な人を守るために。



  *



 満身創痍のことは、力を振り絞って上体を起こす。


(何が起こってやがる……?)


 魔剣ヴァイエルを振り上げ、ことにとどめを刺す寸前だったラッパースが動きを止めていた。

 その両手両足、首と胴には、それぞれ輝く弦のようなものが巻き付いている。


 六本の弦の先をたどると、そこには長い黒髪をたなびかせた、ことの想い人の姿があった。


まい先輩!! ……いや、違う)


 常とは異なる金色こんじきの瞳は、まいが内に宿す超常的な存在の顕現けんげんを示していた。


「お前は、えっと……ウケハリ……そうだ! うけ玻璃はりめのかみ!」

「そっか。これは神様の力だったんだね」

「えっ? や、やっぱり、先輩なのか……!?」


 戸惑うことに、まいは微笑みを浮かべ、黙ってうなずく。

 その間も、ぴんと張り詰められた光弦は、ラッパースをじわじわと締め上げていた。


「ぐふっ……小娘が……奇っ怪な方術を……!」


 ラッパースは抵抗を試みるも、まいは腰を深く落とし、力強く踏みこらえてそれを阻止する。


「絶対に離すもんか……! ことちゃんは私が守るんだからぁっ……!!」


 まいの両手がより一層強く光弦の束を握り締める。手のひらや指に弦が食い込み、赤い血潮が弦を伝って一滴、また一滴と砂地にこぼれ落ちていた。


「先輩っ! もういい……もういいから、逃げてくれ……!」


 傷付いた体を横たえたまま、ことは絞り出すように訴えた。

 まいは笑って首を横に振る。


「ありがとう、ことちゃん。音楽しか取り柄のない、こんなダメな私のこと、今まで見放さずにいてくれて。嬉しかった……大好きだよ」

「……まい……先輩……」

ことちゃんさえ助かるなら、ギターなんか弾けなくなったっていい。こんな指も手も要らない。私の命だって……くれてやる…………!!」


 弦の上を一際ひときわ強い光が走り、ラッパースに着弾する。大爆発とともに飛び散った火花の中で、痛苦に満ちた絶叫がこだました。


 しかし、敵将はたおれず。仕掛けたまいの方も見るからに消耗している。


「おぉ……くなる上は……――!」


 ラッパースが渾身の力で戒めを引きちぎった、その刹那。

 ことは目にした――丘の上から、何者かが流星のごとく飛来するのを。


(アイツ……!)


 漆黒の翼を広げた黒ギャルが、ラッパースに飛び蹴りをかまして墜落した。

 双方とも砂上に伏すも、先に起き上がったのはラッパース。


「レモノーレ……貴様……ァッ!!」

「すいません、ボス。あーし、悪魔の掟より親友の方が大切みたいです!」


 レもんはすかさずラッパースの足に飛び付いて動きを止める。

 さらに、もう片方の足には、


「もうヤケクソよぉ!! 特別手当を請求するわぁあ!!」


 半狂乱になったシアティが涙目でしがみついていた。

 怒りを露わにしたラッパースは、裏切りの部下たちを振りほどこうと暴れ出す。


「おのれ……斬り刻んでくれる……ッ!」

「――レもんちゃん!」


 まいが再び弦を射出し、ラッパースの手から魔剣ヴァイエルを絡め取った。

 千載一遇の好機に、ことは身を奮い起こそうともがく。


 そこへ、ふと手を差し伸べる者があった。


「立て、ことなつだった。「奴にとどめを刺せるのはオマエだけなんだろう?」

「ありがてぇ」


 手を借りて立ち上がったことのもとへ、もう一人。


「頼んだよ、ことクン」


 マキナが、拾い上げた聖剣ブルクミュールをことに手渡す。

 機は熟した。


「ああ、任せとけ」


 身体に残った最小限の力で構えを作る。なつから教わった古武術の術理、いわゆる「骨で立つ」がここで活かされた。


 今自分が戦うのは、ひとえに愛しい人や仲間たちのため。

 我を捨てたとき、内面に湧き上がる、静やかであたたかな感覚。

 ことは、彼方の世界とのつながりを確かに感じ取っていた。


(この一瞬だけでいい。力を借りるぜ、勇者サマよぉ――!)


 剣身に宿った蒼光が虹色へ変わり、やがて紅く燃え上がる。


「最初で最後だ……喰らっとけぇッ!!」


 ひるがえした刃は炎をあおり、緋色の月牙を形作ると、ラッパースめがけて一直線に疾駆させた。


「聖剣技――〈ゼッ〉!!」


 ことはその目で、豹頭の悪魔の最期を見届ける。

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