王妃と騎士の密会

 カマセドッグ帝国の調査から戻ったアーサスは、深夜にレクリナと密会を交わした。アーサスの部屋に訪れたレクリナは、早速依頼した調査の結果を聞きだす。


「やはりカマセドッグ帝国は凄惨なものでした。街中が炎で破壊しつくされ、目を覆いたくなるほどの大量の死体が横たわっておりました」


「あらそう? でもそっちの報告はいりませんわ。大賢者ビスモアは見つかりましたの?」


 無慈悲な話の切り上げ方をされ、どこか冷酷さを感じるアーサス。だがそのまま頭を切り替え話を続けた。


「……我々が宮殿の牢獄を調査したところ、その最奥には厳重に閉じられた部屋がありました。その部屋の扉は魔鉱石でできた魔法障壁が張られており、その扉も4人がかりでやっと開けられるほど重いものでした。ですが、中は全くの無人でした」


「……そうですか。では捜査は徒労に終わったということですね」


「いえ、そうとは限りません。確かにその部屋には誰もいませんでしたが、そもそも誰もいない部屋にわざわざ魔法障壁を張ってまで扉を封印することなどあり得ましょうか? 部屋は豪奢なものであり、生活の痕跡も見受けられました。そこには明らかに誰か高貴な身分の者が捕らえられていたはずです。そして恐らくそれこそが大賢者ビスモアです。彼ならきっと魔術を使って、厳重に閉ざされた扉を開けることなく脱出できるはずですから」


「なるほど。つまり大賢者ビスモアは生きてる可能性があると……」


 アーサスの推理を聞き、レクリナは口元を緩めて不敵に笑う。


「コイントスで裏が出る確率が上がりましたわ」


 レクリナはほくそ笑んで呟いたが、アーサスにはその台詞の真意を理解できなかった。


「あの、レクリナ様。あなたは何故私に大賢者ビスモアの死体を探させたのですか? 何か事情があるのですか?」


 アーサスは尋ねるが、そんな理由などとうにわかっていた。だが確信を持つために、レクリナの腹の内に探りを入れる必要があったのだ。万が一自分が勘違いしているだけの可能性もある。そうであれば、この女はどこまでもカクトの味方だということだ。アーサスは愚鈍を装って言葉を待った。


「アーサス、あなたは主君を裏切ったことはありますか?」


 ふいにレクリナは質問を質問で返す。テーブルから紅茶のカップを取って口に付ける。


「いえ、ありません。私はこの国の一兵卒として仕えた時から、忠義を尽くすことを誓っております」


「なら、あなたは主君を殺したいと思ったことはありますか?」


「いえ、ありません。私はこの国と王を守るために命がけで戦場を駆けました」


「なるほど、ならあなたは――」


 レクリナはカップを置き、アーサスを鋭く見据える。


「あなたは、タナカカクトを殺したいと思ったことはありますか?」


「はい、何度もあります。もし殺せるなら今すぐにでも殺したいです」


 レクリナのギラリとした眼光をアーサスは真っすぐに受け止める。


「いい答えですわ。あなたもただの傀儡だったわけではないようですね」


 レクリナは顔を綻ばせる。そして角砂糖の入った包み紙をトレイから取り、3つほど紅茶の中に落とした。


「……少し質問を変えましょう。あなたは私に命を預けるつもりはありますか?」


 レクリナは白い塊が浮かぶ紅茶にスプーンを入れ、虫を踏み潰すように沈める。


「私は元はただの奴隷の小娘です。教養もなければ力もない。ただ少し他人の顔色を窺うのが得意なだけです。カクトに近づいたのも奴隷の身分から解放されたかっただけですし、私のような小娘でもバカな王を操るのは簡単でしたわ。所詮私は人に媚びるぐらいしか能がありません。この国の王妃になったのもただの成り行きでしかありませんわ」


 紅茶の中で完全に白い塊が溶けて消えていく。レクリナの瞳は沼に沈んだように真っ暗だった。きらびやかなドレスの下には、どれだけの深い心の傷と陰謀を隠し持っているのかわからない。


「……レクリナ様には私の命を助けていただいた恩があります」


 アーサスは慎重に言葉を切り出す。


「あら、そんなことしましたっけ?」


「とぼけないでください。私がディファイ王国との戦争に負けた時、カクトは私を処刑しようとしました。ですがあなたはそれを止めてくれた。私はあなたに忠義などありませんが、その恩義に報いるために戦うことはできます」


「……あなたは本当に義理固い殿方ですわね。生かしておいて正解でしたわ」


 レクリナは口元に手を添えてクスクスと笑う。紅茶を掻きまわすことにも飽きて、スプーンをゆっくりとトレイに戻す。そしてティーカップを超えてアーサスに手を伸ばした。


「なら、私たちは同盟を組みましょう。タナカカクトを殺すための同盟を。有能な手駒は多いに越したことはありませんわ」


「ええ、従いましょう。私はこの国を守るためなら、偽りの王の命を奪うことなど厭いません」


 アーサスはレクリナの手をしっかりと握りしめる。その瞳には静かなる闘志が燃えていた。


「これで同盟成立ですわね。なら今後の行動についても相談しておきましょう。まずあなたは今後も大賢者ビスモアの捜索を――」


「あれぇ? レクリナ、なんでアーサスと一緒にいるのぉ?」


 レクリナの背後で突然下卑た声が響いた。慌ててレクリナとアーサスは手を離す。振り返ると、そこにはニコニコと満面の笑みを浮かべたカクトが立っていた。


「俺もついさっき起きたばっかりなんだけどさぁ、レクリナが隣にいなかったから寂しかったんだぞぉ? お前、今まで何してたの?」


「カクトさまぁ♥ 私、少し眠れなかったので夜風に当たろうと思ったんですわぁ。そしたらばったりアーサスと会ったんですぅ。それで眠くなるまで話相手になってもらおうと部屋までお邪魔したんですわぁ」


 甘ったるい声を上げるレクリナ。先ほどまでの陰謀深い歪められた顔が、完全にとろけたものとなった。


「あっそう。じゃあさお前、何でアーサスの手握ってたの?」


 笑顔のままカクトは、射すくめるような視線でレクリナを見下ろす。それでもレクリナはニコニコと媚びへつらった顔を崩さなかった。


「握力を確かめてみたかったんですぅ。戦士の殿方って、どれだけ力持ちなのかって気になってぇ。私、アーサスとちょうど普段どんな訓練をしているのかって話してたところなんですわぁ」


「ふ~ん、そう? てかお前さ、最近夜抜け出しすぎじゃね?」


 貼り付けていたレクリナの笑顔が途端に凍りつく。何とか表情を曇らせることだけは堪えられたが、それでも一瞬眉をしかめることだけは避けられなかった。カクトの柔らかだった表情が、一瞬で険しいものへと様変わりする。


「……もしかしてお前、浮気してる?」


「そ、そんなことないですわぁ! カクトさま以外の殿方を好きになるはずないじゃないですかぁ♥」


「ふ~んそう。でもお前ヘラゲラスとも最近仲いいじゃん。文字の勉強してんだろ?」


 どんどん態度を硬化させ、怒気を含んだ声をカクトは露わにする。


「そ、そうですわぁ! 私、カクトさまのために詩を作りたいって思い立ったんですわぁ。カクトさまへの抑えきれない愛情を形にしてみたかったんですぅ♥」


「別にそんなことしなくていいよ。俺、頭のいい女とか大っ嫌いだから」


 カクトはレクリナの愛情表現をすげなく否定する。もはやレクリナは貼り付けた笑顔すら浮かべることができなかった。わなわなと体を震わせ首を項垂れる。それでもその狼狽の色をカクトに拒絶されたショックの表れであるかのように演じる。レクリナの瞳からぽろぽろと涙が零れ落ちた。


「ひどいですわカクトさまぁ……私、こんなにカクトさまのことをお慕いしてるから頑張ってるのに。大嫌いなんて、ひどい……」


「あっ、そうだ! 明日ティモンに命令して国中の美少女集めることにしよ♪」


 カクトの不機嫌な表情が途端ににこやかなものへと変化する。


「俺さぁ、前から思ってたんだよ。やっぱ一人の女だけ愛するのって無理だわ。いくら付き合ってもおんなじ反応しか返ってこないからすぐ飽きちゃうんだよねぇ。だからハーレム作ることにするわ。生足スベスベなロリどもだけ集めて毎日セックス三昧! まぁガキが妊娠したらその場で腹殴って中絶させるけどなぁ!」


 カクトはクヒャヒャヒャ! と嗜虐的な高笑いを上げる。その下劣な欲望を躊躇もなく曝け出されて、レクリナもアーサスも吐き気を催すほどの不快感を覚えた。一通り笑い終えると、カクトは『ワープホール』の呪文を唱える。


「んじゃ俺、そろそろ寝るわ。レクリナ、お前今日は自分の部屋で寝ろよ。王妃でいられるのも時間の問題かもなぁ!」


 そして侮蔑の籠もった眼差しをレクリナに投げつけると、黒い靄へと消えていく。レクリナはただ唇をきつく噛みしめ、体を震わせることしかできなかった。

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