第14話 番外編② もう『勇者』をやめたくなってきた勇者

「まったく、『勇者』たるものがなんたる体たらくだ! くだんの卑劣漢に制裁を加えるならば良いものの、酒場で談笑するなどなにを考えているのだ!?」


「えっと、その……ぼくも、制裁ではないですけど、卑劣な行為をやめるように言いに行ったんです。それが、場の雰囲気に飲まれてしまったと言いますか……」


「ずいぶんと仲の良いことだな、追放した者とされた者であろうに!」


「幼馴染なので、多少は……」


「情に流されている場合か! 『勇者』の役目をなんだと考えているのだ!」


 アランたちがミュルズの街を出立した頃、セシルたちは教会に呼び出されていた。


 どうやら酒場での一件が耳に入ったらしい。なので今回はセシルだけではなく、シンシアも同席している。後ろにはランドルフも控えている。


「シンシア殿もシンシア殿だ。衆人環視の中、ラーゼアスの聖女が淫らな行いをしているなどと罵倒され、しかもまともに反論できずに逃げ出したそうではないか!」


「申し訳、ありません……」


「もっと聖女たる自覚を持て! 異教徒に論破されるだけでもラーゼアス神の顔に泥を塗るおこないであるというのに、あんな罵倒を許していてはどれだけの悪評が立つか。あの場で聞いていた者たちはみな、我ら聖職者が裏では禁欲を破っていると考えるのだぞ!」


「弁明のしようもありません……」


 シンシアは悔しさからか、それともあのときの羞恥心が蘇ったためか、うつむいたまま顔を赤くする。


 怒鳴り散らしていた司教は、続いてランドルフに目を向ける。


「ランドルフ殿、あなたほどの方が一緒にいて、なぜこのようなことになるのです?」


「わしは子守ではない。常に監視などしてはおれぬ」


「ですが、ランドルフ殿、女サムライに付け狙われて逃げ続けているとも聞いております。今回も、それで勇者殿たちから離れていたのでは?」


「わしがあの小娘を恐れていると? 相手にしていないだけだ」


「以前ならそれで納得できました。が、その女サムライは、あの卑劣漢アランとの勝負に負け、その仲間に引き入れられたとか。その程度の相手から逃げ回っていたと噂になれば、ランドルフ殿……ひいては『勇者』パーティの実力さえ疑われてしまいます」


「それで? どうして欲しいのだ?」


 ランドルフは苛立ちを滲ませつつ問いかける。司教は気圧けおされつつ答える。


「今回の悪評の原因はすべてアランたちにあります。悪評は揉み消しにかかりますが、このまま彼らを放置することはできないと考えます」


「……潰せというのだな?」


 司教は頷いて、改めてセシルに顔を向ける。


「勇者セシル並びにそのパーティには、アラン・エイブル率いるパーティの拘束を命じる。抵抗すれば、殺すこともやむを得まい」


「そんな! アランたちの行動は確かに行き過ぎですが、人間の味方ではあるんです! 説得してやり方を変えてもらうだけでいいはずです」


「黙れッ! もとはといえば貴様があやつを御しきれなかったのが原因であろうが! 責任を取る機会をやるだけありがたく思え!」


 ランドルフが睨みを効かせてくれていたためか、司教はそれ以上は言わず、長いお説教もなくセシルたちは解放された。


 しかしセシルにとっては、気が重すぎる状況だ。


「なにをしているのです、セシル様。はやくアラン様たちの行方を追いましょう! あの異教の聖女、次はただでは済ましませんっ!」


「そうだセシル、あまり離れられては面倒だ。さっさと行くに限る。面倒だが、あの小娘……二度と剣が持てぬ体にしてやるしかあるまいな」


 シンシアとランドルフはやる気満々だ。


 セシルは大きくため息をつきつつ、先導するふたりについていく。


 やだなぁ……。


 これが『勇者』の役目だっていうんなら、もう『勇者』なんかやめたいなぁ……。


 いやでも魔王軍と戦うには、この肩書があったほうが有利だし、たくさんの人も救えるはずだしなぁ……。


 でも……なんでぼくは今、魔王軍じゃなくて、やり方は違えど人のために戦うアランを追わなくちゃいけないんだ……?


 それにアランは、『勇者』の肩書がなくったって、自分のやり方で結果を出したじゃないか……。


 アランたちの足取りを追う中、ミュルズの街のあちこちで笑顔が花開いていることにセシルは気づく。


 これこそがセシルのやりたかったことだ。今のように、教会のメンツのために、かつての仲間を追うことじゃない。


 セシルはとてもやる気は出なかったが、シンシアとランドルフはとにかく精力的に動き、アランたちの行先を掴んでくる。


「モステルの街へ向かったとのことです」


「モステルか……。いかんな。追うのは中止だ。教会もそう言うだろう」


「はい……。残念ですが、今回は諦めましょう。理由はわかりませんが、モステルに近づくことは禁じられておりますし」


 ふたりのその手のひら返しぶりに、セシルは逆に頭にきた。


「理由もわからないのに? 中止? アランを追えって言ったり、行くなって言ったり、なんなんだよもう!」


 立ち止まったふたりを置いて、セシルはモステルの街のある北へ向かって歩き出す。


「セシル様、いけません。教会の意向には従うべきです!」


「そうだセシル。教会も、モステルならば仕方なしと文句は言うまい」


「アランたちを追うのも教会の意向なんでしょ! だったら大急ぎで追いかけて、街に着く前に止めればいいんでしょ!」


 ヤケクソ気味に言って、セシルは足を早める。


「いや……うむ、そうだな。アランたちにも、あの街に行かせるわけにはいかぬな。急ぐか」


 考え直したか、ランドルフとシンシアが追いかけてくる。


 ……モステルの街になにがあるっていうんだ?


 メンツのためにアランを追えと命じるような教会が、近づくなと言っている街……。


 教会を信頼できるのか、セシルにはもうわからない。


 だからこそセシルは、その街に教会のメンツを崩壊させる秘密かなにかがあるのではないかと察した。


 アランを追うという口実があれば、モステルへ近づくことも、もしかしたら入ることもできるかもしれない。


 モステルの街になにがあるのか。セシルはそれを見極めるべきだと思った。


『勇者』を続けるか、辞めるか、決めるのはそれからでいい。




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次回、アランたちがモステルの街で見たものは!?

『第15話 人間と魔物が共存しているということ、ですの?』

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