美少女に懐かれたようですがこの娘、ライバルじゃないでしょうね?
数日後、騎士団でいつまでもなくならない書類仕事に悪戦苦闘していると、来客があると呼ばれた。これ幸いと応接室に行くと、副団長がいてその対面に先日の夜会で助けたエリエール男爵令嬢が居た。先日のドレス姿と違い今日は質素なワンピース姿だ。
「先日はありがとうございました、婚約者もそばに居なくてどうなるかと」
「いや、無事でよかった、エリエール男爵令嬢」
「こちらはお礼の品です」
そう言いながら袋を差し出す。香りからすると中はお菓子が入ってるようだ。
「すみません令嬢、団の規則で受け取ることができないのです」
「シンシアと」
何を言っているのかすぐにはわかったがわからないふりをする。
「シンシアとお呼びくださいませ、マリーゴールド様」
あらら、この娘もそういうタイプか。しかも結構ぐいぐい来るタイプだね。
「申し訳ありませんが、そのようなことは騎士団の規則で出来かねるのです」
「そんなぁ、せめてお名前を呼ばせていただけないでしょうか」
あらら、今度はウルウルと。純情そうな顔をして結構やるね。でもここで負けちゃだめだ。
何度かこのようなやり取りをして騎士団の規則を盾にようやく突き放すことができた。やばいね、団員に通知しておかないと。
そう思ってたら副団長がサムズアップしていた。うん、さすが副団長。
しかし彼女の辞書には「諦める」という言葉はないようだ。三日と開けず騎士団の訓練場に見学に来る。見学は制限してないのでやめさせるわけにもいかない。訓練が終わると近寄って来るがその距離感が絶妙で無下にもできない。そして、下から見上げる表情が……かわいい。なんか知らない世界が開けそうで怖い。
いつの間に何人かの団員はメロメロにされている。そして、団長がいるときにはいち早く団長のそばに近寄る。これはまずい、強力なライバルになりそうだ。団長も、私みたいな女よりシンシア嬢のような庇護欲をそそられるような女性が好みではないのか。そんなことを考えると辛いので、仕事がない時はとりあえず剣を振る。今までもそうだった。これからもそうだろう。
彼女に触発されたのか見学者の令嬢が増えた。私が訓練を終わるとさぁっと近寄ってくる。それにつられて男性騎士も張り切っている様だ。今日は馬上でのランスを使った訓練だったが、ちょっと出口に近くないか? そう思っていると思いきり振るったランスが折れて穂先がこちらに向かって飛んできた。
「危ない!」
そう叫ぶより先にエリエール男爵令嬢が目の前の令嬢を押し倒した。危なかった。
「なっ、何をなさいますの、こんな泥だらけに」
そう怒っている令嬢に私が声を掛ける。
「危ないところでしたね、もう少しでこれが当たるところだった」
そう言いながら拾った穂先を見せると令嬢は顔が青ざめた。
「あっ、ありがとうございます」
さすがにこれがぶつかったらただじゃすまないだろう。それがわかったのか、令嬢も素直にエリエール男爵令嬢にお礼を言っていた。
それにしてもあの反応、訓練しているのかな。家によっては護身のため訓練をしているところもあるからそれなんだろうなぁ。そのときはそれほど気にしていなかった。
◆◆◆
夜会から一月後、王宮から重大な発表があった。
一つ 王太子のリチャード殿下が病気を患い離宮で療養に入られる。
一つ 側妃のサリバン殿下も以前から患っていた病気が悪化したため離宮にて療養生活に入られる。
一つ リチャード殿下は王太子から王太子候補に格下げ、従姉の公爵令嬢イザベラ様も王太子候補になる。
公爵令嬢のイザベラ様はリチャード殿下の元婚約者だ。
リチャード殿下はいずれ王太子候補からも外され幽閉されて一生を過ごすことになるのだろう。そして、イザベラ様は公爵令嬢から公女になった。なのでこれからはイザベラ殿下とお呼びすることになる。これはいろいろ忙しくなりそうだ。なにより、サリバン妃の実家の伯爵家とその背後にいる侯爵家が黙っていないだろうから。
そのころ、副団長から呼ばれた。
「マリーゴールド ジンジャー参上いたしました」
「あぁ、忙しいところをすまない、座ってくれ」
「はい、失礼いたします」
副団長が対面に座り話を切り出す。
「先日の夜会でのお前のドレスがなかなか好評だったようだな」
珍しいな、副団長がドレスの話をするなんて。
「どこの店で作ったか教えてくれないか」
えっ、マダムアンソニーの店を紹介? 私はおいといて、あそこって「紳士」向けのドレスの店ですよね。ってことは副団長にもそんな趣味が……。
「何を考えているか知らんが、俺じゃないぞ。さるお方が興味を持たれてな。それでそのお方のドレスを作ってもらいたいのでな」
まぁ、問題ないでしょう。連れて行けばいいのかな?
「いや、紹介状だけ書いてくれ」
さいですか。とりあえずその場で紹介状を書かされた。念のためデボラからの紹介ということも伝えておいた。
紹介状を書きながら、副団長のドレス姿を想像してみたけれど、どうも萌えない。では団長のドレス姿は、いいかもしれない。結婚式には私が騎士服でドレス姿の団長とかいいかもね。
顔をあげるとじっと見つめる副団長が居た。
「おまえ、よからぬことを考えていないだろうな。今すぐその考えを捨てろ」
副団長ったら堅物なんだから。ちょっとだけ萌える結婚式のこと考えてもいいじゃないか。
団長との結婚のことを考える暇もないくらい忙しい毎日になった。デボラとお茶する暇もなく、当然、夜会もあのあと一度も参加できず。なぜなら新たに王太子候補がとなった元公爵令嬢、現公女のイザベラ殿下に関係する行事があちらこちらで開かれているからだ。公女が移動すれば護衛もつく必要がある。近衛だけでは手が足らず我々にもお鉢が回ってくる。特に、来月行われる神殿での行事は一番大切な行事でこれは失敗できないから我々の責任も重大だ。
そんな折、イザベラ公女襲撃の計画が浮かび上がってきた。ただ、情報が不足していてあちらがどう動くのかまではつかめていない。そのため、私が侍女の格好でイザベラ公女の護衛となることになった。しかし、私に合う侍女服など……あった、用意されていた、しかも予備まで。当然かつらをかぶることになるが私の地毛より濃い色の髪となる。あとは化粧をすれば遠目には私だとわからないだろう。
「どこでこんなものを……まさかこの間の紹介状は!」
「君だけじゃないよ。紹介しようハッセ君、おいで」
目の前に来たのは、後輩のハッセ。背が低く中性的な顔立ちだが割とできる奴。彼が……どこのお嬢様ですか?と聞きたくなるかっこうで立っている。
「さすがに立ち居振る舞いは仕方ないが馬車の中とか移動中ならごまかせるだろう」
「公女殿下は……」
「面白がっていたよ。というか君のことを聞いた殿下の提案だ」
はぁ、さいですか。
その時、私達はシンシアの存在を忘れていた。うかつな団員がぽろっとシンシアに漏らした言葉があったことも知らなかった。
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