第83話 東のダンジョン03

翌日。

重たい空気の中を進む。

先程チェルシーが、

「にゃぁ…」(やたらとでかいぞ…)

と言ったので、おそらく相手はミノタウロスよりも大きいのだろう。

(下手をしたら…)

私はそんな最悪の事態を想定しつつ、慎重にダンジョンの中心へ向かって進んでいった。

やがて昼時、パンにハムとチーズを挟んだだけのものを食べる。

緊張でそこまで空腹感は感じていなかったが、ここで食べておかないと体が持たないかもしれない。

そう思ってとりあえず胃に詰め込んだ。


そしてまた進むことしばし。

突然森が切れた。

その場所はところどころに草が生えている大きな窪地。

間違いようがない。

竜の巣だ。

どうやら今巣の主は出掛けているらしい。

私は少し迷ったが、先に鎮静化をしてしまって、竜の巣の近くで寝込んでしまうのだけは避けたい。

そう思って、私はここで先に勝負をつけてしまう方を選択した。

少し戻って準備を整えつつ様子を窺う。

すると、ほどなくして大きな気配が動き、チェルシーが、

「にゃぁ」(お出ましじゃぞ)

と言った。

「ちょっと良い肉屋にいってくる」

「にゃぁ」(極上のを狩ってこい)

と軽い冗談を交わしてさっそく先ほど見つけた竜の巣に向かう。

森を抜け、例の窪地の様子をそっとうかがうと、その中央に全長10メートルはあろうかという火竜が堂々と鎮座していた。

「ふぅ…」

とひとつ深呼吸をする。

そして、自分の頬を軽く叩き気合を入れると、杖を取って、竜の元へゆっくりと歩み寄っていった。


私が近づいても竜は動かない。

おそらく私を小者だと認識しているのだろう。

事実、大きさだけ見ればそうだ。

それに、竜はどうやら自分より強い存在がいないと認識しているらしい。

(まったく。傲慢なトカゲだ)

と心の中で軽口を言いつつ、杖を構える。

そして、一気に魔力を練るといきなり風の矢の魔法を竜の顔めがけて撃ち込んだ。

竜が「クワッ」と目を見開き、慌てたような様子で翼で顔を覆う。

私の魔法はその翼に軽く穴を空けた。

だが、どうやら顔までは完全に届かなかったらしい。

「ギャオォッ!」

と、やたら大きな声で叫びながら、怒るように翼を広げた竜の頬の辺りにかすり傷がついている。

私は、一応、

(ちっ…)

と心の中で軽く舌打ちを打って苦笑いを浮かべた。


竜が大きく口を開く。

その中に真っ赤な炎が見えた。

私は冷静にそれを見極めると、その炎めがけて、こちらも炎の魔法を放つ。

2つの炎が空中でぶつかった。

どうやら相殺できたらしい。

しかし、激しい爆風が私を襲う。

私はその激しい爆風をなんとか防御魔法でやり過ごすと、素早く動いて竜の懐に飛び込んでいった。

(魔法の打ち合いは不利だ。なんとかヤツの懐に…)

そう思っての行動だったが、さすがに竜ともなると知恵が回る。

私のその行動を読んでいたかのように竜が尻尾を叩きつけてきた。

私は慌てて飛び退さり、それをかわす。

しかし、かわしきれず体勢を崩されてしまった。

ごろごろと地面を転がりなんとか止まる。

そこへまた竜の尻尾が追い打ちをかけてきた。

また、無様に転がってそれをかわし、なんとか再び立ち上がる。

そして、素早く牽制程度に風の矢の魔法を放った。


最初の一撃が効いていたのか、竜が再び翼で顔を覆う。

私はその隙に今度こそ竜の懐に飛び込んだ。

とりあえず竜の足をめがけて風の刃の魔法を放つ。

しかし、その魔法は硬い皮に阻まれ、かすり傷程度しかつけられなかった。

それでも竜にとっては意外だったのだろう。

また、

「ギャオォッ!」

と喚き散らして、怒りをあらわにする。

竜はその傷をつけられた脚を振り上げると私を踏みつけるようにその足を振り下ろしてきた。

すんでのところでかわしてまた同じようなところに魔法を放つ。

するとまたかすり傷をつけることができた。

また竜が喚く。

まるで地団太を踏むように暴れる竜の足元を抜け出し、背後に回ると今度は尻尾の付け根辺りを狙って思いっきり風の矢を放った。

パッと鮮血が散る。

(なるほど、刃よりも矢の方が効くらしいな…)

とそんなことを確かめつつ、また同じような所を狙おうとしたところで、竜が尻尾を振った。


(あ…)

と思ったが少し遅かったようだ。

なんとか防御魔法を展開したものの、まともに竜の尻尾の攻撃を食らって吹っ飛ばされる。

私はまた無様に転がされてしまった。

なんとか起き上がり体勢を立て直す。

しかし、どうやら先ほどの尻尾への攻撃はそれなりに効いていたようだ。

竜が痛そうにデタラメに尻尾を振っている。

私はそれを見て、痛む体を押し、風の矢の魔法を連続で放った。

また竜が嫌がる素振りを見せる。

その隙に私はまた竜の懐に飛びこんでいった。


そんな攻防を何度続けただろうか。

お互い傷だらけになったところで、また竜が大きく口を開けた。

今度はそれをまともに受けず身体強化を使い速さでかわす。

素早く動く私の後で大きな爆音がした。

私はその爆風を背に受けつつ、なんとか踏みとどまって竜の首元に風の矢の魔法を放つ。

すると、それが、逆鱗の近くに当たって、竜が大きくのけぞった。

また、

「ギャオォッ!」

と喚く竜の首筋に続けざまに魔法を撃ち込んでいく。

たまりかねた竜がデタラメに翼を振り回してきた。

私はそれを冷静にかわしさらに竜の懐深くに入り込む。

そして、血だらけになっている竜の脚にまた風の刃の魔法を放った。


「ギャオォッ!」

と、先ほどよりも大きな叫び声を上げ、竜が脚を上げ、バランスを崩す。

そこへ私は何の属性もないただの魔力塊をぶつけ、竜を転ばせに掛かった。

上手いこと倒れてくれた竜に続けざまに魔法を放つ。

竜はそれを嫌がって翼をバタバタと振って何とか防ごうとした。

その瞬間首元に隙が出来る。

私はその隙を逃さず竜の首元めがけて飛び込んでいった。

刀を抜きそれを思いっきり逆鱗に突き刺す。

「グギャァ…」

と、なんとも言えない断末魔の叫びを竜が発し、やっと戦いが終わった。


その場にへたり込み、仰向けに転がる。

「はぁ…はぁ…」

と息をするのがやっとだった。

気が付けば日が陰っている。

(そんなに戦ってたのか…)

と今更ながらにそんなことを思った。


「ひひん!」

と声がして、首だけをそちらに向ける。

すると、サクラがこちらに走って来るのが見えた。

サクラが側にやって来たのをみて、

「あはは…」

と精一杯微笑んで手を伸ばす。

すると、サクラは心配そうに、

「ぶるる…」

と鳴き、私の手に頬を当ててきた。

「…だいじょうぶ、だ…」

となんとか声を絞り出す。

そこへチェルシーが、

「にゃぁ」(とりあえず休め)

と、珍しく優しい言葉を掛けてきてくれた。

「…すまんな…」

と言って目を閉じる。

そして、私はそのまま意識を手放してしまった。


おそらく翌日。

「てしてし」という感覚で意識を取り戻す。

私は目を開けたが、一瞬の眩しさに思わずまた目を閉じてしまった。

どうやら、相当眠っていたらしい。

日はもう十分に高くなっている。

「…おはよう」

と、私を「てしてし」やっていた主に声を掛けると、

「にゃぁ」(いい加減腹が減ったわい)

という声が返って来た。

「すまんな…」

と言って、重たい体をなんとか引き起こす。

そして、遠慮がちに寄って来たサクラを優しく撫でてやると、ひとつ大きく伸びをして、

「よっこらせ」

と言いながら立ち上がった。


「とりあえず、なにか腹に入れよう。竜はそれからだ」

と言って、荷物の中から、パンとハムを取り出す。

そして、まずはチェルシーにハムを食わせてやると、私もハムサンドにかじりついた。

ぼそぼそとしたパンを水で胃に流し込む。

そんな普段なら辟易としてしまうはずの、なんの変哲もないただのハムサンドがやたらと美味しく感じられた。


やがて、人心地つき竜の解体に取り掛かる。

まずは胸元に包丁を入れ、何とか胸元にある魔石を取り出した。

バレーボールほどの大きさがある多面体の魔石を見て、改めて自分が何を相手にしていたのかを思い出す。

そして、ふと、

(ああ、千切りだったな…)

と変なことを思い出した。

とりあえず皮を薄く切り出して、まな板の上に乗せてみる。

気合を入れて慎重に魔力を操作しながら、その皮に包丁を入れると、本当に竜の皮が千切りに出来てしまった。

「にゃぁ…」(なにをやっておるんじゃ…)

とチェルシーが呆れたような言葉を掛けてくる。

その言葉に、私は、

「ははは。世界初の偉業だぞ?」

と冗談を返す。

すると当然のように、

「にゃぁ」(そんなことをしている暇があったらさっさと肉を焼け)

というお叱りの声が飛んできた。


「あいよ」

と苦笑いを返してさっそく肉を切り出す。

そして、とりあえず1食分程度を取り出すと、さっそく焼く作業に取り掛かった。

「じゅぅ…」

というなんとも美しい音色を発して竜の肉が焼けていく。

その瞬間かぐわしい香りが辺りに漂った。

これをなんと表現したらいいのだろうか。

とにかく華やかだ。

肉と魚と、あと、キノコ類を焼いた時のような重層的なうま味が臭いからも感じられる。

しかし、いっさい生臭みがない。

お香を焚いているというと言い過ぎかもしれないが、実際、そのくらい癖がない、「とにかくいい香り」という物だけが私たちの鼻を刺激してきた。


「にゃぁ…」

とチェルシーがうっとりしたような表情で声にならない声を上げる。

私もただそれに、

「ああ…」

とだけ返した。

やがて、肉が焼け、いよいよそれを口に運ぶ。

私は、口に入れる前から美味かった肉が口に入るといったいどうなってしまうかという妙なことを考えながら、その肉を口に入れた。

言葉など出ない。

いや、必要ないだろう。

筆舌に尽くしがたいとはまさにこのことで、肉とも魚とも違う、その両方を合わせて、なんなら野菜や茸を突っ込んでも太刀打ちできないほどのうま味が溢れる。

私もチェルシーもただただその感動に酔いしれ、ひと口食べては放心し、現実に戻ってはまた食べるということを延々と繰り返した。


「美味かったな…」

「にゃぁ…」

という短い言葉を交わし、会話が途切れる。

満腹の幸福と、目の前の肉がなくなった寂寞の念が入り乱れ、私たちの心は結局無に近づいてしまった。


いつの間にか更けた夜がいつの間にか明ける。

私もチェルシーもなんともぼんやりした感じで目覚めた。

体は驚くほどすっきりしている。

きっとあの肉を味わったせいだろう。

私は、あえて朝食をいつものように簡単な物で済ませると、さっそくダンジョンの鎮静化作業に取り掛かった。

前回までの反省を活かし、今回は事前にチェルシーの昼飯を用意しておいた。

(これで心起きなく倒れられるな…)

と思った瞬間、過労という言葉が頭をよぎる。

(あんな言葉今までの私には無縁だったはずだがな…)

と自嘲気味に笑いつつも、私は集中して鎮静化の作業に取り掛かり、そして、案の定そのまま倒れた。


また、「てしてし」という感覚で目を覚ます。

今回、竜を倒した時と違っているのは目の前が真っ暗で星が瞬いていたことだった。

「にゃぁ」(おい。肉を焼け)

という言葉に重たい体をなんとか引き起こして火を熾す。

そして、また至福の時間を味わい、私は今度こそ安らかな眠りに落ちていった。


翌日。

昼までの予定で解体作業を行う。

皮は諦め、肉をサクラに積める分だけ取った。

素材の回収はギルドが上手くやってくれるだろうと思いつつ、帰りの支度を始める。

「さぁ、お家に帰るまでが冒険だぞ」

と冗談を言うと、

「にゃぁ」(お主にお家は無かろうが)

とチェルシーに返されてしまった。

「ははは。じゃぁ一生冒険だな」

と笑って返す。

すると、チェルシーも、

「にゃ」(ふっ。風来坊めが)

と言って笑った。

厳しい戦いを終え、また楽しい冒険の日々が始まる。

私はそのことを心から嬉しく思い、颯爽と帰路に就いた。

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