第59話 賢者、土木工事をする02
森に入り、用水路へと続く川を遡っていく。
見たところ確かに水量が少ない。
元はそれなりの水量があっただろうことは川幅から見て明らかだ。
しかし、今は小川程度のちょろちょろとした流れがあるのみ。
これではとても村の畑を賄えない。
私はそんな惨状をみながらサクラとともに川沿いの道を進んでいった。
道は狭く所々に岩や木の根が張り出しているが、サクラは苦も無く進んでいく。
さすがはユックといったところだろうか。
サクラもどこか楽しげで、それに、どこか誇らしげだ。
やがて、その細い道も無くなりいったん森の中に入らなければならなくなった。
地図を見ながらさらに上流を目指す。
そして、日が暮れかかってきたところで、野営の準備を始めた。
「にゃぁ」(今日は米が食いたいぞ)
というチェルシーの要望で、簡単なリゾットを作る。
ベーコンをややカリッとするまで炒め、チェルシーが好きなチーズをたっぷりと入れてやった。
「にゃ」(いただきます)
と言ってチェルシーがリゾットをはぐはぐし始める。
私もさっそく口に入れたが、今日のリゾットは少ししょっぱかった。
(チーズとベーコンの塩気が思ったよりも強かったな…)
と反省しつつリゾットを食べる。
するとチェルシーもややしょっぱかったのか、
「にゃぁ」(水じゃ)
と言って水を要求してきた。
「すまん。ちょっと失敗した」
と謝りつつ小皿に水を注いでやる。
「にゃ」(うむ。わかっておればよい)
と鷹揚に答えてまたリゾットをはぐはぐし始めるチェルシーに苦笑いを返しながら私もそのややしょっぱすぎるチーズリゾットを口に運んだ。
翌日。
日の出を待って再び上流を目指す。
サクラは今日もご機嫌なようで森の中をスイスイと進んでいってくれた。
突然、
「にゃ」
とチェルシーが声を上げる。
その声にあわてて周囲を警戒すると、遠くにわずかだか魔物がいるような気配がした。
「にゃ」(小物じゃな。どうする?)
というチェルシーに、
「放ってもおけんだろうな」
と苦笑いで返し指し示された方向へ進む。
そして、チェルシーの見立て通り、数十匹のゴブリンの群れがいるのを発見した。
(本当どこにでも湧いてくるな…)
とため息交じりにサクラから降り、その群れに向かっていく。
剣を抜き、
(やっぱり杖を手放したのは早計だったか…)
と苦笑いを浮かべつつとりあえず目の前にいるゴブリンを手当たり次第に斬っていった。
やがて戦闘が終わり、目についた魔石を拾って再び出発する。
野営を挟んで翌々日。
時々見晴らしのきく場所に出て川の様子見つつ進んでいると、やがて遠くに土砂崩れを起こしていそうな場所があるのが見えた。
(よかった。そこまで大規模じゃないな…)
と、その場所を遠目から観察して少しほっとしつつそちらに向かって進んでいく。
時々険しいところを迂回しながら進んでいくこと数時間。
やがて日が暮れるかという時間になってようやく目的地のそばまでたどりついた。
とりあえず野営できそうな場所にチェルシーとサクラを残し、現場の様子を見に行く。
現場を見てみると、土砂というよりは大きな岩がいくつか重なってちょっとしたダムを作り、川の流れが変わってしまっているのが確認できた。
(なるほど…。しかし、これなら土系の魔法が不得意な私でもなんとか応急処理くらいならできそうだな)
とほんの少し安堵しつつチェルシーとサクラのもとに戻る。
そして、いつも通り、
「にゃ」(飯じゃ)
と言ってくるチェルシーに、
「あいよ」
と答えると、さっそくパスタをゆで始めた。
今度こそ塩加減を間違えずチーズを絡めたショートパスタを作り食べる。
どうやら今回のパスタはチェルシーの基準で及第点を超えていたらしく、
「にゃ」(うむ。この程度ならよい)
というまぁまぁの評価を得ることができた。
(料理の道は険しいな)
とここ10年ほどでやや上達したもののいまだにムラのある自分の料理の腕前に苦笑いを浮かべる。
しかし、そんなことを考えながら食べる和やかな夕食はどこか楽しい味がした。
翌朝。
さっそく現場に赴き、もう一度詳細に状況を確認するとさっそく作業に取り掛かる。
まずは川上側に立ち木刀にしか見えない杖を取り出すとかなり集中して小さく小さく絞った魔力で水流の魔法を放ち、慎重に岩の周りに積もった土砂を削っていった。
徐々に水が本来の流れるべき方向に流れ始める。
私はそれを確認しつつ、さらに魔力を絞って丁寧に土砂を削っていった。
ある程度土砂を取り除き、ダム状になったところの水位が下がると、今度は周りの土砂を土魔法で軽く固めていく。
そして、また余計な土砂を削り、必要な土砂を固めるという作業を繰り返しながら徐々に天然のダムに溜まった水を元の流れに戻していった。
昼を挟み作業を続け何とか元の川に半分ほどの水量が戻ったところでいったん作業を中断する。
そろそろ夕暮れが近い。
「ふぅ…」
と息を吐き、疲れた肩を軽く揉みながらチェルシーとサクラのもとに戻ると、案の定チェルシーから、
「にゃ」(飯じゃ)
という声が掛かった。
「あいよ」
と、いつも通り苦笑いで答えてさっそく米を炊く。
慣れない土木作業で疲れたからだろうか、それとも、例の杖を使い集中して魔法を使ったせいだろうか、よくわからないが、私もがっつり米を食いたい気分だった。
米を炊いている間に簡単にカレーを作る。
「にゃぁ」(おお、カレーか…)
と言って鍋の側に近寄って来るチェルシーを、
「ああ。もうちょっと待っててくれ」
と言って撫でてやりつつ、カレーを煮込んでいった。
やがて、飯が出来上がり、
「にゃ」(いただきます)
「ああ。いただきます」
と言って2人でがつがつと食べ始める。
私は、
(明日もまた、土木作業だ。しっかり食っておかねばな)
と思いつつ、やや煮込み方の足りないカレーを思いっきり頬張った。
「にゃぁ」(やはりカレーはよいのう…。もう少し煮込まれていれば最高じゃが)
と言いつつ、口を拭けと言わんばかりに顔を突き出してくるチェルシーの口周りを拭いてやりながら、
「ああ。時間があればもっと丁寧に作ったんだがな…」
と言い訳をする。
「にゃぁ」(うむ。仕方あるまい。次からは頼むぞ)
と、いつものように鷹揚に答えるチェルシーに苦笑いしつつ、私も軽く口を拭い食後のお茶を淹れ始めた。
何事も無く夜が明け、翌日。
再び現場に赴く。
そして、天然のダムの水量がずいぶんと下がったのを確認しから、最後の仕上げ、大きな岩の除去に取り掛かった。
上流にある小さな岩の上に立ち、杖を取り出す。
集中し、魔力を練り、岩が縦半分に割れるように大きな風の刃の魔法を放った。
(くっ…やっぱりけっこう持っていかれるな…)
と思いつつ、結果を見る。
直径5メートルはあろうかという岩が縦に割れ、ドシンという音を立てながら縦半分に割れた。
天然のダムに溜まっていた水が徐々に抜けていく。
私はそれを確認すると、最後の仕上げに、半分に割れた大きな岩を粉々にしていく作業に取り掛かった。
再び川を堰き止めてしまわないよう、慎重に作業をしていく。
そして、昼を挟み、午後からはサクラにもちょっとした岩の移動を手伝ってもらったりしながら、なんとか夕方前には応急処置を済ませた。
(よし、これくらいやっておけば当面は大丈夫だな。あとは村人に任せてもいいだろう)
と思いながら、その場を後にする。
そしてまた、
「にゃぁ」(飯じゃ)
と言うチェルシーに、
「あいよ」
と返すとさっそく米を炊き、肉を炒め始めた。
ちょっとした焼肉丼を頬張り、ゆっくりと休んだ翌日。
もう一度軽く現場の様子を確認して、帰路に就く。
そして、帰路は特に何も無く無事村に帰り着いた。
さっそく村長宅を訪ねる。
すると、
「おお。お待ちしておりました。ありがとうございます」
と本当に泣きそうな顔でお礼を言われた。
「なに。ただの応急処置をしたまでだ。やはり上流で土砂崩れがあったみたいだから、これからちゃんと整備をした方がいい。大変なのはこれからだろうな」
と、一応の事実を伝えて村長宅のリビングに行き、さっそく土砂崩れのあった場所や詳しい状況を説明する。
そして、その日は村長宅で心尽くしのもてなしを受けると、翌日、私はまた旅に戻った。
街道に続く田舎道を行きながら、
「にゃぁ」(長い寄り道じゃったな)
とやや皮肉を言ってくるチェルシーに、
「ははは。ここからも真っすぐ進むとは限らんからな。覚悟しておいてくれ」
と半分冗談、半分本気の言葉を返す。
「にゃぁ」(相変わらず、風来坊よのう)
と、苦笑いで答えるチェルシーを軽く撫でてやり、
「まぁ、ゆっくり行こうじゃないか」
と、こちらも苦笑いでそう答えた。
ふわふわとした雲がたなびく空の下。
また、のんびりとした旅が始まる。
(さて、次はどの町に寄ろうか)
そんなことを思いながら眺める空はどこかのんびりとした色をしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます