第57話 卒業旅行02
オークの魔石を拾い集め、次に向かう。
3人の実力は十分に分かったが、あのオークを倒した後の嬉しそうな表情を見ていたら、もう1度くらい魔物の相手をさせてやりたくなった。
それに私の杖の試用もある。
(さて、あの杖はどのくらいのものなのだろうか?)
私はそんな威力への期待と自分が果たして使いこなせるだろうかという不安を抱えながら、今度は先頭に立って進み始めた。
昼を挟み、
「にゃ」(あっちじゃ)
というチェルシーの指示に従って進む。
すると今度はゴブリンらしき痕跡を発見した。
(ゴブリンか…。あまり手応えは無いが、連携を試すのにはちょうどいいかもしれんな)
と思いつつ、3人を振り返り、
「ゴブリンだがどうする?」
と、一応聞いてみた。
「矢の練習にはちょうどいいと思います」
「そうだね。連携も試せるし」
「ええ。任せてください」
という返事が返って来たので、うなずき返して痕跡を辿っていく。
そして、問題なくゴブリンの集落を発見した。
数は5、60だろうか。
今の3人には物足りないだろうが、それこそ連携の練習だと思ってもらえばいい。
そう思いつつも、
「冒険者最大の敵は油断だ。気を引き締めてかかれ」
と念のため注意しておく。
その言葉に、3人は、
「「「はい!」」」
と引き締まった表情で返事を返してきてくれた。
私はうなずいて、3人を送り出す。
3人はまた、
「行くよ!」
というツバキの短い言葉を合図にゴブリンの集団へと向かっていった。
目の前のゴブリンを的確に捌いていくサユリとツバキを援護するようにやや遠くの敵をアヤメの矢が撃ち抜いていく。
私はその基本に忠実で危なげない戦いを見ながら、
(そうだ。そのままでいい。そのまま強くなっていってくれ…)
と心の中でつぶやき、3人のこれからの成長を祈った。
やがて戦いが終わる。
また、私に期待の眼差しを向けてくる3人に、
「いい連携だったぞ」
と言って、近寄り軽くハイタッチを交わす。
また、どこか嬉しそうにはにかむ3人の顔を見ていると、
(教えてよかった…)
というなんとも言えない充実感が湧いてきた。
魔石を拾い集め、
「さて。次に向かおうか」
と言って、移動を開始する。
そして、日暮れ前適当な場所を見つけると、その日はそこで野営の準備に取り掛かった。
サユリ特製の鍋焼きうどんをすすりつつ、
「明日からはかなり奥を目指すことになる。油断せずについて来てくれ。いざとなったら戦ってもらうからそのつもりでいてくれよ」
とみんなに声を掛ける。
また、
「「「はい!」」」
というしっかりとした返事を聞き、頼もしく思いながら、その日は交代でゆっくりと休んだ。
翌朝。
さっそく森の奥を目指す。
「にゃ」(あっちのほうじゃな)
と適当に指し示してくれるチェルシーの指示に従って、どんどん進んでいった。
昼過ぎ。
辺りの気配が重たくなってきた頃。
「そろそろだから気を付けてくれ」
と一応、みんなに声を掛ける。
しっかりとうなずいてくれるみんなの表情には油断も変な緊張感も無い。
私はそのことを頼もしく思いつつも、丹念に周囲の痕跡を探った。
やがて、やや大きな痕跡を発見する。
ずるずると地べたを這いずり回ったような跡。
根こそぎやられている下草。
(…もしかしてステゴサウルスか?)
と一瞬にして凶悪なトゲと鎧のような皮膚に覆われた巨体が思い浮かべた。
「ジーク様、これって…」
とその痕跡を見て、やや驚きながら聞いてくるサユリに、
「おそらく、ステゴだ。戦ったことはあるか?」
と聞くと、サユリもツバキもアヤメも首を横に振った。
そんな3人に私は、
「難しい相手じゃない。しかし、やたら硬くてな。相当手数が必要になる相手だ。この痕跡の感じだと、2、3匹で群れているかもしれん。様子を見ていけそうだったら1匹任せる。なに、慎重に深追いせず徐々に削っていけばいいだけだから心配するな」
と、簡単にステゴの特徴を教えてやる。
その説明を聞いて、
「「「はい!」」」
と、引き締まった表情で答えてくれる3人に軽くうなずくと、私たちはさっそくその痕跡を追っていった。
やがて、ぽっかりと空いた草地に出る。
そこにはのんびりと草を食むステゴが3匹ほどたむろしていた。
「よし。まずは私が中に突っ込む。2匹は私が引き付けるからあとの1匹はたのんだぞ」
「「「はい!」」」
という短い会話で行動を決める。
そして、
「行くぞ」
という声とともに、4人でステゴの群れに突っ込んでいった。
(まずは足止めを)
と考えながら集中して魔力を練る。
そして、とりあえず牽制の意味で風の刃の魔法を放った瞬間、予想以上に魔力を持っていかれる感覚がした。
(くっ…)
と一瞬歯を食いしばって耐える。
(やっぱりじゃじゃ馬だったか…)
と思って、魔法が飛んで行った先を見ると、1匹のステゴが魔石に変わっていた。
(なっ…)
と思いつつも集中して再度魔法を放つ。
すると今度も予想以上に魔力を持っていかれる感覚に襲われて、魔法を受けたステゴが魔石に変わった。
唖然としたい気持ちをなんとか抑えて杖を納める。
そして、すぐさま剣を抜くと最後に残った1匹へと向かって行った。
私が向かった先ではサユリ、ツバキ、アヤメの3人がステゴ相手に奮戦している。
凶悪な突起が付いた尻尾が振り回され、それをツバキが何とかいなすと、その隙にサユリが突っ込んで行って斬りつけていた。
アヤメの矢も的確に突き刺さり、相手を徐々に削っていっている。
私はその様子を頼もしく、微笑ましく見つめながら、一応、油断なく剣をかまえた。
相手の動きが徐々に精彩を欠いてくる。
サユリとツバキの額には汗が浮かんでいるが、まだ大丈夫そうだ。
(勝ったな)
と思った瞬間、かなりの魔力が込められたアヤメの矢がステゴの額に突き刺さり、同時にサユリが脇腹の辺りを深く突き刺して、ようやくステゴが魔石に変わった。
「お疲れ。よくやった」
と言って、サユリとツバキに近寄る。
2人はやや肩で息をしつつも嬉しそうな微笑みを私に向けてくれた。
アヤメが小走りにこちらへやって来る。
「最後の矢は良かった。最後まであの集中力が保てるようになったのはすごいぞ」
と褒めてやると、こちらも嬉しそうに微笑んでくれた。
そんな3人を微笑ましく思いながら、もう一度杖を取り出す。
私が手に持っているその杖はどこからどう見てもちょっと短い木刀にしか見えない。
私はそんな何の変哲もない木刀を見ながら、
(これはとんだじゃじゃ馬だな…。とてもじゃないが、普段使いにはできん…)
と、そのあまりにも良すぎる性能のことを思って苦笑いで軽くため息を吐いた。
やがて、魔石を拾って帰路に就く。
帰りもゴブリンの集団を2つほど潰したが、それ以外は何事もなく無事出発地点の村に辿り着いた。
「「「「乾杯!」」」」
と言ってジョッキを合わせ、ゴクコクとビールを流し込む。
冒険で疲れた体に、アルコールの刺激が程よくしみわたり、みんなが、おもわず、
「「「「ぷはぁ…」」」」
と息を漏らした。
私たちの間に一瞬の沈黙が流れる。
そこでサユリが、
「…明日でお別れなんですね…」
と、寂しそうに目を伏せてひと言そう言った。
私はその寂しげなひと言に、
「みんな強くなった。そのまま真っすぐ進めばいい。その先にはまた壁があるかもしれないが、その時はこれまでの訓練を思い出してくれ。きっと答えは基本に立ち返ったところにあるはずだ」
といかにも師匠らしいことを言って微笑みを見せる。
すると、サユリもツバキもアヤメも少し涙ぐみながら、
「「「はい!」」」
と力強く答えてくれた。
その力強く真剣な表情を嬉しく思い、
「よし。今日は飲もう」
と声を掛けると、私は率先してビールを口にした。
翌朝。
清々しい気持ちとほんの少しの酒の重たさを感じて目を覚ます。
荷物をまとめ宿の食堂に行くと、そこにはすでにサユリ、ツバキ、アヤメの3人が待っていてくれた。
軽く挨拶を交わし、冒険者らしくテキパキと朝食を済ませて宿の玄関をくぐる。
村の門までは来たところで、私は3人を振り返り、
「達者でな」
と簡単に声を掛けた。
涙ぐむ3人から、
「「「はい!」」
という元気な返事が返って来る。
私はそれに軽くうなずくと、さっそくサクラに跨ろうとしたが、ふと思いついて、
「アヤメ、この杖をやろう。多少年季は入っているが使いやすいものだ」
と言って、アヤメに私が普段使っている杖を差し出した。
「え!?」
と驚きながらもアヤメが杖を受け取る。
「あ、あの…」
と言って私を見てくるアヤメに、
「大丈夫、使いこなせるさ」
と言って、その肩をポンポンと叩いてやる。
すると、アヤメはついに泣き出して、
「…ありがとうございます。家宝にします」
と、やや大袈裟な礼を言ってくれた。
「ははは。普段使いにしてくれ。杖は使ってなんぼの武器だ」
と笑って今度こそサクラに跨る。
そして、私は、3人に、
「じゃぁな」
と、あえて軽い別れの言葉を告げると、深々と頭を下げる3人に向かって、後ろ手に手を振りながら、さっさと街道へと進んでいった。
やがて、田舎道から街道に入り、いつものようにのんびりとした気持ちで進む。
すると、チェルシーが、
「にゃぁ」(次はどこじゃ?)
と、こちらものんびりとした口調で聞いてきた。
「ああ。ドルトネス共和国に行こうかと思ってる」
と、何気なく答える。
その答えを聞いて、
「にゃぁ」(ほう。ドワーフの国か。なんでまたそこなんじゃ?)
と、単純な疑問を浮かべるチェルシーに、
「ん?せっかくオーガ鉄も手に入ったことだし、剣を新調しようかと思ってな」
と今回の旅の目的を教えてやった。
「んにゃ?」(杖じゃなく、剣か?)
と、私が先ほどアヤメに杖を渡したのを見ていたチェルシーが疑問を投げかけてくる。
私はその質問に軽くうなずきながら、
「ああ。オーガ鉄なら魔力の通りもいいし、魔法も放てる剣が作れるんじゃないかと思ったんだ。そしたら、剣と杖を両方持ち歩く必要もなくなるし、放浪生活にはもってこいだろ?」
と、ややドヤ顔で答えた。
「にゃぁ…」(お主は面白いことを考えるのう…)
と感心したような呆れたような声でそう言うチェルシーに、
「はっはっは。我ながらいい思い付きだろ」
と笑いながら答える。
そんな私に、チェルシーは、
「にゃぁ」(考え無しじゃのう)
と言って、軽くため息をついた。
一面の蓮華畑から春風に乗って爽やかな香りが漂ってくる。
(いろいろあったが忘れかけていた初心というやつを思い出させてもらえた。今回の経験は本当にいい経験だった)
と私はエルドの町で過ごした半年余りのことを振り返り、そんな感想を持った。
サユリ、ツバキ、アヤメの3人を筆頭に、自分の成長を目の当たりにして楽しそうな笑顔を浮かべる従士たちの顔を思い起こす。
そして、
(もしかしたら、こういう生き方もありなのかもしれんな…)
と、誰かの成長を手助けするということの喜びを思って、ふと微笑んだ。
ヒバリだろうか?
どこかで何かの鳥が鳴く。
それを聞いて、私は、
「長閑だねぇ…」
とつぶやくと、
「にゃぁ…」(長閑よのう…)
と、チェルシーも同じようにつぶやいた。
「ぶるる!」
とサクラが楽しそうな声を上げる。
私はその首筋を優しくポンポンと撫でてやると、
「さて、行きますか」
と声を掛けて、サクラに「ほんの少し速足」の合図を出した。
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