第46話 森の異変02
森の端に到着してその日はそこで野営にする。
サユリの得意料理だという「ほうとう」をみんなで食いながら、再度詳しい打ち合わせをした。
出てくるのはゴブリンみたいな小者からミノタウロスのような大物まで様々。
ただし、ミノタウロスのような大物がいるということは、その奥にいるのはもっと大物であることに違いないだろうという想定で陣形などを確認していく。
当然私は前衛で、他の3人はマユカ殿の護衛に専念してもらうのが基本だ。
撤退の判断と殿は当然のように私が引き受けることにした。
その日の夜は早々に体を休める。
私も、
(序盤はともかく、奥に何がいるか…)
と思いつつ、少し甘えてくるサクラにもたれかからせてもらってゆっくりと休んだ。
翌朝。
それなりの緊張感の中でいよいよ世界樹の森を出る。
世界樹の中を出た途端、森の雰囲気ががらりと変わった。
いや、正確に言えば普通の森になったと言った方がいいだろうか。
(やはり世界樹というのはなんとも不思議なものだな…)
と思いつつ、普段慣れ親しんでいる普通の森の感覚を思い出しつつ進む。
するとやがて、こちらも普段慣れ親しんでいるあの重たい空気が漂い始めた。
「にゃぁ」(近いぞ)
と言って方向を指し示してくれるチェルシーを軽く撫でてやってから、みんなに、
「こっちだ」
と言って進んで行く。
みんなは少し怪訝な顔をしたが、それでも私を信じてついて来てくれた。
(せめてマユカ殿には説明しておくべきだっただろうか…)
と反省しつつ、ずんずん進んで行く。
気配は小さい。
おそらく小者だろう。
そんなことを思いながら進んでいると、案の定ゴブリンの気配に突き当たった。
私が、
「さっさと片づけてくる」
と言うが、それにサユリが、
「この程度でしたら」
と言って待ったをかけてくる。
私は、
(3人の役目はあくまでもマユカ殿の護衛だ…)
と思って迷ったが、一応3人の実力を実際に見ておきたいと思って、マユカ殿に軽く視線を送ってみた。
マユカ殿がうなずく。
私もそれにうなずき返して、3人に向き直ると、
「任せた。こちらは任せろ」
と言って、すぐそこにいるであろうゴブリンを3人に任せることにした。
盾を持ったツバキを先頭に進んで行く。
ややあって、より気配が濃くなったところで、ゴブリンの巣を発見した。
数はおよそ50。
(3人いれば間違いないだろう)
と思っていると、3人はそれぞれにうなずき合い、ゴブリンに向けて駆けていく。
ある程度行ったところでまずはアヤメが少し足を止めて続けざまに矢を放ち、次々とゴブリンを魔石に変えていった。
(ほう。すごいな)
と感心してみる。
アヤメが動き、また矢を射る。
その間にサユリとツバキが突っ込んでいって、さらに魔石の数を増やした。
ツバキの盾はそつがない。
的確に相手を受け止め、倒していく。
サユリもそれを信頼しているのだろう。
完全に背中を預けてただ目の前のゴブリンを斬る事だけに集中しているように見えた。
(なかなかいい連携だな)
と思いつつ眺める。
そして、間もなく戦いは終了した。
「お疲れ様。いい連携だったな」
と軽く言ってこちらに戻ってきた3人を出迎える。
3人はそれぞれにやや照れくさそうにしながらもニッコリと微笑んで私の言葉を受け取ってくれた。
一応、目についた魔石を拾い集めてその場を後にする。
やや進んで次に出てきたのは熊だった。
また3人に任せる。
アヤメが矢で牽制し、ツバキが盾でやや強い当て身を食らわせると、サユリが一刀で仕留めて終わった。
私はそれを、
(初日の小者とはいえ、なんだか楽をさせてもらっているようで申し訳ないな…)
と思い、苦笑いを浮かべながら見つめる。
そして、また3人がどこか楽しそうな表情を浮かべて戻って来ると、軽く、
「お疲れ」
と声を掛けてまた先を目指して進み始めた。
その日の野営で、
「なんだか楽をさせてもらってすまんな。明日は私も真面目に働こう」
と冗談めかして声を掛ける。
すると、3人は少し遠慮したようだが、マユカ殿は、笑いながら、
「はっはっは。きっといい勉強になるぞ。じっくり見せてもらうとよい」
と3人にそう声を掛けた。
その言葉に期待の眼差しを向けてくる3人に、私は、
「おいおい。そんなに期待せんでくれ。ちょっと魔法を使う程度だから参考にはならんかもしれんぞ?」
と言って、苦笑いを返す。
しかし、それでも、アヤメは、
「いえ。賢者様の魔法が見られるのですから、いい勉強になるはずです」
と言って、さらにキラキラとした目を私に向けてきた。
翌日。
なんとも言えない気恥ずかしさの中さっそく現れた5匹ほどのオークに相対する。
私は、マユカ殿にチェルシーを預けると、
(魔法で一撃でもいいが、せっかくだし、剣も使って各個撃破していくか)
と思って剣を抜いた。
その行動におそらく驚いたのだろう。
みんな意外そうな顔をしている。
私はそれに、
「あー。ちょっと運動がしたい気分なんだ」
とおどけて答えると、さっさとオークの方へと進み出ていった。
まずは先頭のオークに何の属性も無いただの魔力をぶつけて出鼻をくじく。
そして、出鼻をくじかれたそのオークを斬り捨てると、次に突っ込んできたヤツを杖も使わず風の矢で仕留めた。
さらに突き込まれてきたこぶしを軽く防御魔法でいなし、懐に飛び込んで斬る。
あとは、普通に振り下ろされるこぶしをかわして斬り倒すということを2度繰り返して戦いは終わった。
魔石を拾ってみんなの所に戻り、
「歳はとりたくないものだな…」
と言いつつ冗談っぽく腰を叩いて見せる。
「相変わらず、いや、キレが増したか?」
というマユカ殿に、
「いやいや。どちらかと言うと鈍りつつあると思うぞ?」
と答えると、ややあっけにとられたような表情の3人に向かって、
「少しは参考になったか?」
と訊ねてみた。
「は、はい!」
と真っ先にサユリが我に返り、続いて、ツバキが、
「いい物を見せてもらいました」
というと、アヤメが無言で、「コクコク」と首を縦に振った。
「そうか。なら良かった」
と言ってさっそく魔石をしまう。
そして、
「さて、次だな」
と言うと、またサクラに跨り、さらに森の奥を目指して進み始めた。
途中、少し大きな熊を一撃で仕留めてさらに奥を目指す。
するとまた空気が重たくなってきた。
「にゃぁ」(群れじゃな)
というチェルシーの言葉にうなずいて、みんなに、
「マユカ殿の護衛をしっかり頼む。おそらく狼だ。撃ち漏らしがあるかもしれんから油断しないでくれよ」
と声を掛けて、さっそく戦いやすそうな場所を探して移動する。
やがて、森の切れ目、少し広い草地に出てサクラから降りる。
みんなも馬を1か所に集めて、3人にはしっかりとマユカ殿の護衛に付いてもらった。
やがて、周りで空気がうごめき始めたのを見て、後ろにいる3人に、
「魔法で行くからあまり参考にはならんぞ」
と冗談を言って、杖を構えた。
「グルル…」
と唸りながら次々と現れる狼を見て、
(20…いや、もう少しか。少し多いな)
と思いつつ、さっさと風の刃を放って適当に何匹かを仕留める。
すると狼たちがまとまって一斉に飛び掛かってきた。
何匹かはマユカ殿たちがいる方へ向かったようだが、
(させるか)
と心の中でつぶやき、風の矢を放つ。
そして、まとめてかかって来たヤツらもほぼ同時に放った旋風の魔法で巻き上げるように切り刻み、一瞬で魔石に変えた。
「ふぅ…」
と息を吐いて、とりあえず魔石を拾う。
3人もこちらにやって来て手伝ってくれた。
「ああ、すまんな」
と言いつつ魔石を適当な麻袋に入れてサクラの側に寄る。
怖い思いをしていないかと思って、まずは軽く撫でてやると、サクラは実に落ち着いた様子で、
「ぶるる」
と鳴いた。
そのまるで「お疲れ様」と言ってくれているような感じの鳴き声に、
「ああ、ありがとう」
と返して、さらに撫でてやる。
すると、チェルシーが、
「にゃ」(腹が減ったぞ)
といつものように声を掛けてきた。
私はそれに苦笑いしながら、
「あいよ」
と軽く答える。
そして、
「すまんが、チェルシーの腹が限界みたいでな。ここで飯にしないか?」
と、みんなに向かってそう言うとさっそくその場で昼食の調理に取り掛かった。
簡単にパンを焼いて、ソーセージを挟む。
そして、細かく切ったチーズを乗せて軽い火魔法で炙るとあっと言う間に定番のチーズドッグが完成した。
みんなでそれをかじりながら、
「あまり参考にはならんかっただろう。すまんな」
と先ほどの戦いを振り返りながら3人に軽く謝る。
すると、アヤメがやや興奮したような様子で、
「あの同時に魔法を放つというのはどうやるんですか?」
と食い気味に質問してきた。
「ん?あれか?あれは別に同時ってわけじゃないぞ。ただ単に魔法を連続で放っているだけだ。本当にやばい時は同時に放つこともあるが、それだとやはり集中できない分威力が落ちるからな…。ああやって2つの魔法の間をできる限り短くする方が効率的なんだ」
と教える。
すると、アヤメはあっけにとられたような顔で、
「えっと…」
と言ってきた。
「ああ。最初はびっくりするかもしれないが、練習次第でけっこう簡単にできるようになるぞ。最初はひとつの的に何回も連続で撃つ練習から始めるといい。それで、段々コツをつかんで来たら今度は違う魔法を連続で放つ練習に変えて、最後は違う方向に違う魔法を連続で放つ練習という感じだな」
と、今度は練習のコツを教えてやる。
すると、アヤメは、真剣な顔で、
「精進します!」
と力強くそう言ってくれた。
(…若者に刺激を与えられたなら良かった)
と思いつつチーズドッグをかじる。
そして、
「にゃぁ」(もうちょっとよこせ)
というチェルシーに追加でチーズがかかったソーセージを少し分けてやると、一応、和やかなうちに昼食の時間は過ぎて行った。
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