第35話 SS海鮮三昧
海沿いにあるニアの町に居つくようになってもう何か月たっただろうか。
私とチェルシーは相変わらずこの町でのんびりしている。
そんなある日。
私とチェルシーは、宿の部屋でのんびりしながら、
「にゃぁ…」(そろそろフグの時期もしまいよのう…)
と寂しそうに窓の外を見つめながらつぶやくチェルシーに、
「ああ。そうだな…」
と私も一抹の寂しさを感じながらそうつぶやき返した。
「にゃぁ…」(寂しいのう…)
と、本音を漏らすチェルシーに、
「ああ。しかし、春には春の美味い魚がある。そう落ち込むな」
と言って励ます。
その言葉にチェルシーは、
「にゃぁ」(そうじゃの)
と言って、なんだか諦めたような顔をした。
私はその元気の無さそうな顔を見て、
(ああ、寂しいのは私も同じだよ…)
と心の中で思いながら、
「よし、もう一度食いに行くか」
とチェルシーと自分を励ますように、そう言った。
「にゃぁ!」(じゃの!)
とチェルシーの目が途端に輝き出す。
私はそのキラキラとした目を見てうれしくなり、つい、
「ああ。いっそのこと春が来る前に冬の海の幸を食べつくしてしまおう。ブリしゃぶもいいし、カニもいいな。ああ、アンコウもあるしタラもあるか…。どれからいく?」
と言って、これからしばらく食道楽な日々を送ろうと提案してしまった。
「んにゃぁ!?」(なんじゃその魅力的な提案は!?)
と叫んでチェルシーの目がさらに輝きを増す。
私は、若干、
(大見栄を切り過ぎたか?)
とも思ったが、結局はチェルシーを喜ばせつつ、自分の欲求を満たすことにした。
「にゃ!」(まずはフグじゃな!)
というチェルシーとともに、フグ料理屋を訪れる。
この店には少し前に一度きたが、なかなか感じのいい店だった。
(まぁ、料金もなかなかよかったがな…)
と苦笑いしつつ、個室に入る。
建物は木造で、どこか明治や大正の時代の洋館を思わせるような作りをしており、開け放たれた窓からは夕焼けに染まる美しい海が見えた。
「『てっさ』と『てっちり』、あと、から揚げをくれ。酒は辛口の米酒で頼む」
と注文し、
(お好み焼きの件といい…。この世界には関西人の転生者が多かったのか?)
と妙なことを考えつつ、酒とフグを待つ。
やがて、酒とお通しがやって来た。
ひと口つまんで、ゆっくりと飲み、
(ああ、沁みるなぁ…)
と心の中でしんみりとつぶやきながら、そろそろ暗くなり始めた空と静かな海を眺める。
微かに聞こえる波の音を、柄にもなく風流な気持ちで聞いていると、そこへ待望の料理がやって来た。
「お待ちどうさまでした」
と言って、料理が並べられた瞬間、チェルシーが、
「にゃ!」(いただきます!)
と元気な声を上げる。
その声に私も料理を持ってきてくれた仲居さんも思わず微笑んで、さっそくチェルシーに「てっさ」をひと掬いとってやった。
「んみゃぁ!」(美味い!)
と叫んでチェルシーが「てっさ」をがっつく。
私もひと掬いとって、さっそく紅葉おろしとともに口にいれた。
あっさり、こりこりとした第一印象のあとねっとりとした甘みと濃厚なうま味がやってくる。
(ああ、これは当たってしまう危険を冒してでも食いたくなる味だ…)
と最初にフグを食べ始めた人間の気持ちを推し測りながら、次にいい感じに煮えてきた「てっちり」をつまんだ。
(おお…。すごいうま味だ。身はほろほろとしていて癖がない。いや、この強烈なうま味を癖というならものすごく癖が強いということになるかもしれんが…)
と思いながら、フグの身とその出汁がしみこんだ野菜を食う。
「んみゃぁ!」(こっちも美味いぞ!)
とから揚げをはぐはぐするチェルシーを微笑ましく眺めつつ、また酒をちびりとやり、
「ふぅ…」
と息を吐くと、酒のうま味とともに、フグの香りが鼻に抜けていった。
最後を雑炊で〆、とろんとした気持ちで店を出る。
「にゃぁ…」(明日はブリしゃぶかのう…)
とチェルシーが心から幸せそうな表情でそう言った。
そんなチェルシーを見て、一応、
「ああ。そうだな。少しあっさりしたものを挟んでおきたいな。その後は少し散歩に行こう」
と同意しつつも、少し間を開けようと提案してみる。
案の定チェルシーは、
「んにゃ?」(なぜじゃ?)
と不可解な顔をした。
「おいおい。サクラの散歩が必要だろう?それに、運動した方が飯が美味い」
という私に、
「にゃぁ」(まぁ、それもそうじゃの)
とチェルシーがなんとなく賛同してくれる。
私はそんな一応言うことを聞いてくれたチェルシーを撫でてやりながら、
「はっはっは。散歩に行って次はアンコウ鍋なんてどうだ?そのあとカニすきを挟んでまた散歩。帰ってきたら海鮮鍋で一気に冬の味覚を味わい尽くすんだ」
と、この世の物とは思えないほど魅力的な行動計画を発表してやった。
「にゃぁ!」(なんじゃその夢のような日々は!)
と大袈裟な反応を示してくれるチェルシーをまた撫でてやりつつ、
「はっはっは。我ながら恐ろしい計画を立ててしまったと思っているよ」
と、やや冗談交じりに言う。
すると、チェルシーが、
「にゃぁ…」(賢者とは恐ろしきものよ…)
とひと言そう言った。
とっぷりと暮れた冬の夜空にきらきらと星が輝く。
私はその空を見上げ、
「ふぅ…」
と満足の息を吐くと、鍋と酒で温まった息が、ふんわりと白く染まった。
(かなり楽しい冬休みになりそうだな…)
と思って目を細める。
「にゃぁ」(明日も楽しみじゃ)
と言ってチェルシーが笑った。
「ああ。そうだな」
と答えてそっとチェルシーを撫でてやる。
私の手にふんわりとした温もりが伝わって来た。
(ああ、明日もきっと楽しい)
私はそう確信して、宿への道を軽やかに歩く。
「ふみゃぁ…」
とチェルシーがあくびをして、今日という一日も平穏のうちに終わりを迎えた。
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